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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
145/153

19. 夢の中での話し合い

 

「君は、本当に……」


 呆れた声。

 パチパチと火花が爆ぜる音と頭を優しく撫でる手。   

 ──……そして肉の焦げるにおい。


「!!!」


 慌てて飛び上がるとファリャという炎の中に手を突っ込んでいたルートヴィヒが苦笑する。


「精神世界で死んだら、現実世界でも死ぬのだぞ。その不用意な癖はいつになったら治るんだ」

「フェニックスと同化してるから大丈夫だよ。いや、それよりも離して」

「……フェニックス。その奇怪な羽か」


 焼け爛れ、皮膚がくっついた手を顎にあて、神妙に頷く貴族様。いくら夢の中でも痛いものは痛いはず。この少年の頭の中は一体どうなっているのか、他人事なのに眩暈がする。


 あたりを見回すと夢魔と人魚姫の姿がない。気配もきれいに消えている。

 まさか、……斃した?

 恐る恐るルートヴィヒを見ると、穏やかに微笑みを浮かべる。


「大丈夫。話し合いが終わっただけだ。互いの情報交換も終えたから、先に外に出ると言っていた」

「あ、そうなんだ」

「後は自由にここを使っていいとも言っていた。──ほら、好きに空間を書き換えられる」

「ほえー」


 ルートヴィヒが踵を鳴らすと、黒い床面が柔らかなカーペットに変わる。赤い絨毯が広がったかと思うと、彼の好む、革張りのソファーが現れ、ティーテーブルにはティーセットと簡単な軽食が並ぶ。


「サーシャは果物の方がいいか」

「俺は何でもいいよ。そもそも夢の中だし、食べ物に意味なんてないでしょ」

「しかし雰囲気は大事だ。君に会えて私がどれほど嬉しいか、気持ちくらい表現したい」


 柔らかな笑みと共に、果物とスイーツがテーブルに現れた。

 テーブルから溢れそうな食器の数々に圧倒していると、突如背後に大きな家具が出現する。彼も背後の存在を見て、眉を顰める。


 ピンク色のキングベッド。

 怪しく光るそれは、ルートヴィヒではなく、夢魔の悪戯のようだ。彼は舌打ち一つでベッドを粉砕し、こちらを振り返る。瞬間人が変わったように穏やかに表情を変えた。

 ……まったく意味が分からない。



「では、本題に入ろうか」


 優雅にお茶を注ぎ、カップをファリャに手渡す。布ずれを起こしてソファーに身を沈め、操舵室にいた時よりもずっとリラックスした様子で笑う。

 というよりもずっとルートヴィヒは笑っている。始終目を離さず、指の腹で首を撫でるので何故か胃がぐらぐらする。この子ども扱いはなんなのだ。


「また会えて嬉しい。元気にしていたか」

「うんうん」

「何年経っても君は変わらない。この世界で唯一の救いに思う」

「どういう意味?」

「相変わらず思慮に欠け、知性不足で、私の足を引っ張る。成長がない」


 急に暴言。

 確かに先ほど、ルートヴィヒはファリャだけに秘密を打ち明けようとしてくれた。にも関わらず、思いもよらない情報に感情が暴走し、魔物たちを巻き込んでしまった。

 閉口していると、クスリと少年は息を漏らした。


「冗談だ。いや、今のはむしろ助かった。結果的に私たちだけの閉鎖空間を得られたのだから。私が欲しいのは君の持ちうる情報の全て。それで仮説は実証されるはず」

「……夢魔と人魚姫からの情報は、意味がなかった?」


 緩やかに首を縦に振り、「まあな」と答える。


「彼女らは彼女らの契約者に最も重きがある。それに沿った話を渡しただけ。私たちの目的はループからの脱出。そうだろう?」

「うん」

「君が、今世でも無知性を演じてくれていたおかげで、彼女らは得るものがないと判断し離れて行ってくれた。展開的にも喜ばしい」

「バカは素ですけど?」

「そうかな?」


 優雅な微笑みを変えず、空間魔法の施されたカバンを脇から取り出した。ルートヴィヒが指をスナップする。カバンは六面体の形を展開図のように広げ、中に入っていた羊皮紙が飛び出した。

 何百枚もある羊皮紙は意志を持っているかのごとく上下左右に隊列を作り、あっという間に一枚の巨大な紙になった。魔術師学園の黒板よりも何百倍も大きい。大きすぎて端の方は見えない。


「私の五回分の人生から得た仮定と結論だ。君の分も合わせてくれ。答え合わせをしよう」

「ぼ、膨大すぎる……」


 一応見てみるが、内容が難しい。理解不能な数式やグラフ、立体数列?、回転算?、化学式? のような謎な研究成果で全く読み解ける気がしない。

 書き足そうにも何の分野について書いているのかわからなすぎて、手も足も出ない。


 困っていると手を握られる。指を開かれ、指の間に羽ペンが滑り込む。ルートヴィヒの期待を込めた眼差しと圧が凄い。本当にこれ、俺がわかると思ってんの?


 数式とにらめっこしていたが、頭を持たれ無理やり違う方向を向かせられた。どうやらみるべきところが違った模様。若干笑いの滲む声に促され、対面を望まれたのは『年表』に該当するスペースだった。


「時系列の部分だな。私の予想ではこの世界のタイムリミットは十五年。もっと言えばサーシャが十五歳の年に終わりが来る」

「そうかも。十六歳になったことはないから」

「サーシャが死ぬことが、ループのトリガーだということは、すぐにわかった。また、十五年とは言え、決まった日時はない。現に五回前は処刑直後に世界が暗転した。十五年を待たずに再構築される世界線もあったはず」

「俺にはよくわからないけど、そうだと思う」


 アマデウスが同じようなことを言っていた。


「サーシャが死んだ後に、私が観測者になろう。そのためにはある程度の対策を立てなければ」


 そう言って、貴族は次なる質問のために口を開いた。


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