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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
144/153

18. 精神世界、再び

 

「……ループの根源、そして記憶の継続がいかにして起こるのか。仮説を用意してきた」


 言葉の意味が脳内に染み渡ったところでファリャは飛び上がる。


 ループの根源はファリャ自身の死であることをアマデウスに聞いた。しかし記憶の継続なんて範疇外で。

 継続方法が分かれば、自分一人でなく、みんなで未来を目指して問題解決に臨める。みんなで力を合わせれば、実はあっさり解決できたりして! やっと、やっと、次の段階に進める。


「それってルートヴィヒが過去を覚えてるの、わかったってこと!? どうやったの? 教えて教えて!」

「……サーシャ」


 がっかりした様子。自分にだけ内密に打ち明けたかったようで、しかし、能天気にはしゃいだものだから、ルートヴィヒからため息が漏れる。その所作すらも能天気に懐かしく眩しく思う。


 ファリャの言葉に夢魔たちの眉がピクリと動いた。それと同時に部屋が黒く塗りつぶされ始める。床から、天井から、インクを零したように漆黒が広がり、ルートヴィヒの髪色さえも闇に溶けてしまいそう。

 所在を確かめるべく髪に触れると、強く腕を取られた。再び近寄る顔は子供叱るような表情を浮かべている。


「ほら、やはりこうなる。君はもう少し慎重に行動すべきだ」

「どういうこと?」

「本当に相変わらずだな。ある意味羨ましいが」


「うふふ~。その話、詳しく聞かせてくれるかしら~」

「ワタシも、聞きたいわ」


 夢魔から立ち上る黒い瘴気。長いまつ毛に宝石を散りばめ、美しい瞳を覗かせる人魚姫。声なき声で歌を歌い、強制的に眠りに落とし、精神世界に閉じ込めた。周囲の状況を察知するも、ファリャはどうしても一拍遅い。

 精神世界の中では夢魔の独断場である。閉じ込められた者は夢魔の意のままに操られ、生気を吸われ命を失う。妖しく微笑む彼女らだが、貴族の少年は慌てた様子はなく、諦めにも似たため息をついただけだった。


「君は夢魔だな。私に淫夢など無意味だ。精神攻撃は嫌というほど鍛えた」

「……あら、本当ねん。術中に落とせばすぐに理想の相手()が現れるはずだけどお」

「夢魔さん、でもこれって、もしかして」

「……あらあ。そういうことお?」

「……望みは薄いですのに」

「あはははは」

「うふふふふ」


 二人同時に笑い出したのでファリャは面食らう。

 笑われている対象はルートヴィヒだけではない。ファリャも笑われているのだが、なぜかルートヴィヒと違って、憐憫の感情が混じっている。

 ルートヴィヒは何かを言いかけたが、結局口を結ぶ。苛立たし気にファリャを見て「誤解するな」とつぶやく。何のことだかわからない。


 ひとしきり笑ったところで彼女らは顔を上げた。


「術は効かないし、もう面倒だから直球で聞いちゃうわぁ」

「どうしたら記憶を来世に持ち越せるのでしょう? ワタシもアマデウス様と同じ世界軸を生きたい」

「そうそう。アマデウスちゃんは隠し事が多いし~」

「少しでもあの方のお役に立ちたいのです」


 魔物だというのに純粋に契約者であるアマデウスに傾倒している。嘘偽りのない真摯な望みをぶつけられ、ルートヴィヒは眉を寄せつつ微かに頷く。


「私が持つのは仮説に過ぎない。過去五回分の人生で集めた情報は限定的で、断定まではできない」

「なら私が持っている情報をあげるわ。あなたはハルハドの人間だから、ミーティ事情は明るくないでしょお?」

「ワタシの分も。アマデウス様に命じられて各地を回ったりもするんです」

「わかった。助かる」


 三者利益が合致し、頷き合う。

 ファリャも遅れて会話に混じろうとするも、しかし、話の内容が難しすぎる。自分が知っている時系列のことなのにルートヴィヒが「それはつまり」「可能性として」とあらゆる仮定を引っ張り出してくるので聞いているうちに混乱してきた。

 一時間ほど粘って聞いていたが、限界が早く、離脱させていただいた。



 情報交換に熱を燃やす三人を置いて、ファリャは精神世界を探索することにした。無論何もない、真っ暗で虚無すら感じる空間だ。しかし距離と平衡感覚は設定されているらしく歩けば歩くほど仲間たちから遠ざかる。

 フェニックスの翼を伸ばし、一旦縮小させる。魔力を内に込めた後、飛翔のため一気に飛び上がる。そこそこ速度を上げて上昇するも天井という天井がない。どこまでも突き抜ける漆黒を進み、気づけば自分がどこにいるのかわからなくなった。

 仲間たちの姿はもう随分前に見えなくなった。


 迷子になったことを懸念したが、いざとなったら夢魔が助けてくれるだろう。

 特段危機感も感じない。


 突き進む速度により風圧が重い。耳の付け根が裂けるのではないかと思うほど痛い。風に混じるノイズが耳の中でざらざらと響く。

 飛んでいるうちにノイズはただの雑音ではないことに気づいた。意味を成しているようだが、聞き取れない。一旦停止し、風の音に耳をすませてみたが雑音が消えてしまった。


 あの音は風に混じっているのだ。

 いや、違う。混じっているのは速度の方か?


 思い直し、飛ぶ方法を改めた。探索ではない、全魔力を速度に捧げる飛翔。指先、つま先、髪の先、体の端々から中央に魔力をかき集める。根こそぎ持ってきてしまったせいか、端から魔力が枯渇し壊死が始まる。

 腹の中で膨れ上がる魔力の暴走を無理やり圧縮させ、飛翔による解放に備えた。


(うわ、……さ、寒い)


 魔力切れはイコール死に直結する。

 いくらフェニックスの力があるにしても、死ぬのは痛くて辛くて泣きたい。顔中を苦痛の涙で濡らし、けれども必死の思いで飛翔に向かう。


 囂々と燃え上がる体。

 耳たぶが裂け、肉体の中で骨が砕けた。精神世界だというのに設定が雑すぎる。普通に痛い。けれども骨信号によるものか、残った鼓膜が機能してくれたのか、ノイズがやっと形になる。


『タ───チュ─』

『まだ終わらないのか?』

『もしかして、忘れてるのかな』

『助けが必要なら、そちらに行くか?』

『いつでも、駆けつけるよ。──チュア』


 ノイズは会話であった。常軌を逸する速度であるにも関わらず、二人の人影が目の前に現れる。姿をよく見ようと、目を見開くも、柔らかく暖かな感触に視界を塞がれる。抱きこまれたのだと理解した途端、すさまじい衝撃が全身を襲った。


 どうやら飛翔の方向を誤ったらしい、と思ったのは生死を彷徨う境のこと。地面方向に飛んでいたらしく隕石のごとく落下し、会話は途中で途切れる。


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