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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
143/153

17. 以前の名前

 

「サーシャ」


 呼ばれた名前が空気中を振動し、しっかりと耳に届いた。


「……サーシャ」


 あれ? なんか、泣いてる?

 単語の発声以前に声が震えている。体から火花が爆ぜる。足音が自分の前で止まり、相手が身を屈める。自分とは違う熱源、燃え上がる炎ごと抱き込もうとする男の気配を感じ、ギョッとした。


「えっ、えっ、ちょ、ちょっと……」

「あなた、誰なのぉ?」

「…………」


 ファリャと男の間に何者かが割って入る。声と魔力の気配から察するに夢魔と人魚姫だ。彼女らはこちらを慮りながらも、敵意を前面に押し出して男に対峙する。膨れ上がる攻撃の前兆。男の方も同様に、舌打ちと共に魔力を増幅させる。

 己を焼く炎の外側からなのに、感じる臨戦体制。


 口が焼けて皮膚がくっつく。喋れない。眼球はすでに溶けている。のたうち回ることでしか己の意志を表せない。筋をふんだんに使い、前後左右に体を甲板にぶつけた。

 超絶に無様な様が逆に良かったのか、両者の意識が再びファリャへと傾く。


「ファ、ファリャちゃん?……苦しいのん?」

「…………(オロオロ)」

「……サーシャ」


 息を呑んだ男は夢魔へと言葉を投げる。


「この火はなんなんだ。彼に害をなすものか」

「……復活の炎だから、痛くはないはずなんだけどお」

「しかし苦しんでいるのだが」

「…………(オロオロ)」

「私に出来ることは?」

「そ、そんなのこっちが聞きたいわ〜」


 険悪なムードが飛散し、動揺が伝播した。


「背中でも叩くか。少しは痛みが紛れるかもしれない」

「え? って、……ええ?!」

「…………!!」


 ジュッと肉の焼ける音。

 男の端正な顔が歪められ、けれど痛みを厭わず、炎の噴き上がる背中をさする。

 マジか。

 全員が度肝を抜かしたところで、ファリャはもう起き上がれないはずの体を起こした。たまらず男の手の中から抜け出す。


「あ、サーシャ」

「〜〜〜〜〜〜!!」

「待て、逃げるな。どこに行く」

「〜〜〜〜!」


 炎に包まれ、逃げる野生児と、それを追いかける身なりの良い少年。普通に抱きしめる格好で後を追う様子に魔物の口が引き攣る。夢魔ですら仰天する、ぶっ飛んだ性分の男がもう一人。


「な、なに、してんの〜…。あの子たち……」


 すっかり戦闘意思を無くした魔物たちは静々とその場を後にする。甲板に転がる子供たちを一人一人拾い上げ、手近なベッドを勝手に拝借するのであった。



「サーシャ、会いたかった」


 漸く復活を遂げたファリャに軽く抱擁すると、男は大変幸せそうに笑う。所々火傷を負っているのに、手当を後回しにファリャの隣に身を寄せる。


 所変わって操舵室。

 ソファーに体を沈めて寛ぎ、緊張感ゼロ。夢魔と人魚姫も対面の席に座るが、こちらも気持ちが緩んでいる。互いの戦意が喪失したところで、再び「よし、気を取り直して殺し(ヤリ)合うか」とはならない模様。

 というよりも交戦の基準がファリャに敵対するか否からしい。どちらも友好的であると確認すると同時に戦闘の意思は彼方に飛んで行った。


 けれど、そうは言っても対面の夢魔の目つきが険しい。彼女の視線の先を追うと、隣の男の手にぶつかる。いつしか彼の手は自分の手に重なり、指と指が絡み合い、水かきを撫でたかと思うと手のひらをくすぐる。完全にブラコンのそれ。

 懐かしい感覚に呆れていると、夢魔が不機嫌に鼻を鳴らしたので顔を上げる。


「で? あなたは何なの? ファリャちゃんはアマデウスちゃんのものよ。あまり馴れ馴れしくしないで」

「…………(コクコク)」


 自分の手で軽く遊びながら、貴族の少年はにこやかにほほ笑む。夢魔に問われたくせに、ずっとこちらを見ている。問いの答えをファリャに求めている。と同時に共有部分の確認したいのだ。一つ咳払いをして夢魔に向かう。今、思い出した内容を、口に出した。


「えーと、彼の名前はルートヴィヒ・リリエンタール。俺の双子の弟だよ」

「ファリャちゃんの弟~?」

「正確に言うと前世の『サーシャ』の弟だよ。ファリャになってからは一度も会ってないし」

「それは君が一度もハルハドに来ていないからだろ。私はずっと探していたのに」

「……ええ~」


 困惑する夢魔。やや拗ねてみせるルートヴィヒ。無言のままうろたえる人魚姫。

 夢魔をはじめ、アマデウスを囲む魔物たちはこの世界がループしていることを伝えている。ループ事態を認知していないものの、アマデウスやファリャの日頃の行動から凡そ事実であると彼らは飲み込んでくれている。

 アマデウスもファリャも、実年齢からはありえないほどの経験則と知識と力量を備えているから。何回も繰り返してきました、と言われたほうが納得しやすいというもの。


 しかしそうは言っても、実際目の前にループの証言者が現れれば、一同押し黙ってしまうのも無理はない。勿論一番初めに口を開くのは無能者と称される自分だ。


「えーと、ルートヴィヒもループを認識してるってこと? このパターン初めてなんだけど、いつから?」

「五回前からだ」

「五回前?」


 五回前といえば騎士団学校の世界線だ。その際何かループのきっかけになることでも起こっただろうか。

 騎士団学校時代の記憶としては、多くが新たな試みだったと思う。魔術師学園にない経験ばかりで、可能性が乱立している。つまり、わかりません。


 不意にルートヴィヒがファリャの首を撫でた。

 彼が着ている魔術師の学生服を認識し、突如拘束術の一種であるレースの紐が記憶として蘇る。

 慌てて体を離したところで、彼の瞳を目の当たりにし、己の勘違いを恥じた。彼に拘束の意思はなく、何かを思い出している様子。あまり良くない思い出を。


「ルートヴィヒ?」

「…………」

「どうかした?」

「うむ」


 一度瞳を閉じたルートヴィヒは、悪い思い出を振り払うように首を振る。そして振った頭をそのままファリャの肩口に落とした。ファリャにだけ聞こえる小さな声色で囁く。


「サーシャ、二人だけで話がしたい」

「うん?」

「……ループの根源、その継続がいかにして起こるのか。仮説を用意してきた」

「…………」


 思わぬルートヴィヒの言葉に、ファリャは返事を忘れる。


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