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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
141/153

15. 変化の兆し

 

 ファリャがキメラ化して五年が経った。現在十五歳。


 この数年で変化したのは多々あるが、何よりも激変したのはミーティの慣例だった。ミーティでは「七つまでは神の子」という文化があり、アマデウスとの接触が特段の事情がない限り断たれている。体の弱い幼子が毒素の強い彼に近づくことは即ち死を意味するから。

 しかし現在、ファリャを一個体分摂取したアマデウスの毒素は、もうない。大人も子供も人並みの交流が可能。アマデウスの住まいを村の中心へ移しても良さそうだが、今のところ彼にその動きはない。「長年一人でおったし、静かな方が気楽でよい」、とのこと。

 一方で毒霧が消滅したことで、村を守る壁がなくなってしまった。魔物やミーティを狙う斥候の侵入が危惧されたものの、アマデウスの魔物の増強という力技で要らぬ心配と化す。元々尋常でなかったアマデウスだが、更に天井知らずに成長中だ。彼は一体何体と魔物契約をしているか、全くわからない。


 また、アマデウスが魔物契約の全てを担ったため、供物用の底なし沼は用無しとなる。上位の魔物は、人肉よりも魔力を好む。アマデウスの魔力を喰らい、不足分はファリャで補う。魔物用に体を書き換え、無尽蔵に魔力を放出できるファリャはそこそこ便利らしい。


 *


「お兄ちゃ〜ん! いらっしゃいますか〜?」


 日課となっている午前中の魔書解読(読書タイム)にて、書架の外より元気な声が上がる。このコロコロと愉快に転がる声は非常に馴染みがある。彼の妹、エルーシュカの声だ。

 目前にいる「お兄ちゃん」へと目を向けると彼も書物から顔を上げ、やれやれと苦笑い。


「お兄ちゃん! 遊びましょう! 今日も良い天気ですよ!」

「…………」


 溜息を吐くだけでアマデウスから返答はない。彼は基本的に無口だ。自分や魔物たちといるときに比べ、外では遠慮しているように見える。毒素を振りまくという呪いがずっと続いたためか。今更習慣化された癖を簡単には直せない模様。それは村の大人も一緒だが。しかし、例外が、外に。


「おにーちゃーん!」

「呼んでるよ」

「わかっておる。しかし面倒じゃ」

「自分の妹じゃん」


 また苦く笑いながら溜息を一つ。


「エルーシュカだけならばな。()()()()()の世話までする気はない」


 うんざりした視線が外へ流れたその瞬間、一斉にひな鳥の囀りが書架一帯に響き渡る。いや、違う。普通に子供の声だ。エルーシュカを筆頭に里の子供らが集まっている。彼らは口々に遊びの催促をしている様子。周囲の賑やかさに耳を傾けていると、観念したお兄ちゃんが首を振る。


「ファリャ」

「ん?」

「アレは我を呼んでおるがファリャに遊んでほしいのじゃ。いまだ里の者はファリャを生粋の魔物と思っておる。契約者である我に先に伺いを立てているに過ぎぬ」

「あー。誤解を訂正してないもんね。まあいいや。わかった~」


 ちょうど魔書の解析も飽きてきたところだ。解析の最中に呪いを受けたが、動けないほどではない。アマデウスを部屋へ残して外へ出ると即座に歓声が上がる。


「天使様!」

「天使様だ! 遊んで~!」

「抱っこして! 空飛びたい~!」


 腕の中に飛び込んでくる小さな子供たち。可愛い。

 ぎゅっと抱き込んで翼を伸縮させると、同じタイミングで夢魔と人魚姫がどこからか現れる。


「今日のお仕事は終わったのん? なら私も遊びたいわあ」

「…………」


 妖しく微笑む夢魔に、コクコクと頷く人魚姫。子供も魔物も一様に頬を染め、これからの遊びに期待している。ファリャが加わると遊びの幅が格段に上がるから。多少の無茶ができるというもの。


「どこか行きたいところがあるの?」

「少し遠い渓谷に行きたいの。子供だけじゃ危ないってママに止められているけど」

「天使様と一緒ならいいってー」

「きれいな野草がいっぱいあるんだって!」


 見えない尻尾を左右にふる子供たち。数えてみると二十人少しいる。全員風に乗せれなくもないが、行き返りを考えると結構時間がかかる。それに……。

 渓谷の場所を聞いて頭をかしげる。


「いいんじゃないの~? 里の守りはホーリードラゴンがするって言ってたわよお。少しくらいゆっくりしても~」

「…………(コクコク)」

「でもこの渓谷って」


 言いかけて、途中でやめた。そういえば今の時期は繁殖期だ。子供守るに危惧するあの魔物はいない。

 一転して了承の意を込めてファリャは頷いた。


 *


 目的の場所はミーティの里より3500キロほど離れたメルエ渓谷だ。

 複数の子供たちと魔物二人を風に乗せ、自由気ままに空を渡っていく。浮遊の範囲内なら各自自由に移動が可能だ。

 精霊魔法に比べると精度は低いものの、魔物の力もそう悪くはない。攻撃に特化しすぎているのが玉に瑕であるが、飛行については範囲を多めに張ればよいので簡単。浮遊範囲にいるものは自分で飛んでいる感覚になるため、ファリャの人気はその部分が大きい。


「天使様ー! 見て! 空中二回転ひねり!」

「私も回れるよー!」

「楽しいねー!」


 空の真ん中ではしゃぐ子供たち。

 空中を飛びながら、遠くに金冠鳥の群れを発見し更に喜び転がりまわる。


「俺、天使じゃないよ」

「でもエルーシュカちゃんが『天使様』って言ってたよ」


 自分のことを人外であると勘違いしている子供たち。魔物についてはまだしも、天使ではないと訂正はしていた。けれどその都度聞き流されてしまう。

 更にファリャという名前があることを伝えると、困ったように耳を塞いでしまうので謎だ。


「天使様はアマデウス様のだからー」

「僕たちで名前を共有したら怒られちゃう」

「…………?」


 曖昧に笑う子供を前にしてファリャは解せない。

 そういえば以前『名で契った意味』と、アマデウスは思惑を持って動いていた。

 また、精霊たちとの関係においても『名前』は重要な意味を持つ。真名の交換は互いの魂の解放。肉体の檻を壊し精霊の色を融合させ心身共に一体となる。


 しかしファリャの真名は現在行方不明中である。よって本契約は不発に終わり、世界は継続されることなく破滅しループしているのだ。


 真名がわからなければどうすればいいのか。

 記号に過ぎない名前には意味がない。「サー**」も「ア**クス」も。記号の殻を脱ぎ捨て、その中の本当の核となる部分を曝け出さなければ。……しかし、どうして、そんなに真名が重要なのだろう。どんな名前であれ、自分は自分なのだ。ただの個体を示す単なる記号なのに、記号ごとに本質を区別されているようで収まりが悪い。


(……)

(…………)

(………………?)


 随分な時間を置いて、急に違和感が身の内に走る。

 ──以前の名前が思い出せない。


 初夏の澄み渡った太陽の元、場違いなほどファリャの心は混沌へと落ち込んでゆく。


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