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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
136/153

10 アマデウスの流儀

 

 翌日。


「──というわけで、修行の旅に行ってくるね」

「…………」


 自分の非力さを嘆いた故に出た一言。

 ノルマの最中に悩みを打ち明け、アマデウスはピタリと動きを止めた。男の口を拭う布ずれの後、唸るように喉を鳴らす。


「修行ならしておるじゃろ」

「してるけどさー」


 日課として戦闘技量の維持は組み込まれている。

 午前は礼拝、魔書の解読。午後からは近辺区域の警護、夜はアマデウスへの食事の提供、その後治療し就寝。決まったタイムスケジュールの中にある『警護』が修行の括りになっている。

 ダンジョンに潜っている最中はこなせないものの、大方一日はこんな感じ。


 警護中にエンカウントする魔物との戦闘がレベルアップに繋がるのならば、こうまで悩んでいない。

 低級の魔物ごとき、いつの世であっても倒せたはず。半泣きで戦っているとアマデウスが横から倒してしまうも悪い。全く成長できない。


「もっと戦えるはずなのに、体が上手く動いてくれない。アマデウスだって不便でしょ」

「何がじゃ?」

「俺、足手纏いだよね? 全然戦闘の役にたってないよね?」

「……ああ」

「それどころか、年々弱くなってるような……」


 男は含みを持たせて笑う。


「まあ、確かにファリャの不満はわからんでもない。肉体の欠如は髪の長さで補えると思っておったが、それでも寧ろ、」

「髪の長さ?」


 首を傾げたところ、男は呆れたように口角を上げた。


「そなたは魔術師であろう。髪に魔力を宿らせ増幅を得意とする。我の捕食によって奪われた生命力を、髪の魔力で補えると考えておったが」


 なるほど。

 アマデウスが髪を切らせてくれない理由はそこだったのか。改めて納得するが、自分とは反対に次第に男の眉間に皺が深くなってゆく。ファリャを見て瞳を揺らし低く呟く。


「いや、……そうじゃな、確かに」

「アマデウス?」

「うむ。ファリャに言われて気づいた。肉体の欠損が魔力の欠損に繋がるのは摂理じゃが、それにしては戦闘力が低すぎる。そなたからは死人と同等の魔力量しか感じられん」

「実際満身創痍だしね」


 立って歩く、剣を振るう、簡単な日常動作はできるが、それは全てアマデウスが都度鎮痛剤を処方してくれているためだ。薬の効果が切れたらきっと痛みでのたうち回る。


「日々幸福のあまり考えが足りなかった。迂闊じゃな……」


 ぼそりと呟くアマデウス。

 何を考えているかわからないが、アメジストの瞳に自分の間抜けな顔が映った。その筐体の中で頭をなでられている。子供か。


 今夜の欠損部を手早く処置すると、男は難しい顔をして立ち上がった。


「少々調べ物をしてくる」

「なんの?」

「伝えるのは結論が出てからじゃ」


 言い方からして魔書を所蔵する書庫に行くのだとわかる。

 アマデウス一人では一から解読ができないので、今まで読んだものの中に彼の目的のものがあるのだろう。


「それから三日ほど留守にする。ファリャは里から出ず、大人しく待っておれ」

「え」


 一方的にそれ言うと男は住居から出て行ってしまった。

 麻酔が聞いている今、すぐに追いかけることができない。気持ちとは裏腹に押し寄せる眠気に打ち勝つことはできなかった。



 翌朝も、その次の朝も、アマデウスの言った通り彼の姿はどこにもいなかった。


 里内をウロウロしていると人魚姫と出会う。

 姫と呼ばれるものの、彼女は立派な魔物である。アマデウスが使役する魔物の一人で、マリンブルーの長い髪と魚のヒレのような耳が特徴的だ。多分に水分を含んだ毛髪は重力を無視して空中を漂い、瞳は開かれることなく、長いまつ毛に宝石が散りばめられている。


「人魚姫」の名前に負けない恐るべき美貌である。アマデウスの魔物は美女が多い。彼の趣味だろうか。


「人魚姫はアマデウスについて行かなかったの?」

「…………」

「夢魔が一緒に行ったのかな? その代わり君が里の警護?」

「…………」


 無表情にこくりと頷く。

 彼女は声を発することができない。地上にいるときは足の代償として声を失うらしい。人魚の基本戦法は歌で敵を状態異常にし命を奪うと言ったものだ。従って人間に扮した人魚姫の戦闘力はどうしても低くなる。


 加えて、この「人魚姫」は常の魔物に比べて好戦的でない。気づくと無表情で寝ているのだから気が抜ける。どこぞの精霊神を彷彿させるほど。


「…………」


 軽く挨拶をして別れを告げると袖を引っ張られた。

 表情に変化がないので何を考えているのか全く分からない。或いは本当に何も考えていないのか。

 夢魔と違ってコミュニケーションの取り方が難しい。


「……一緒にお散歩する?」

「…………」


 首を縦に振る。その僅かな所作でまつ毛の宝石が零れ落ちそう。

 了承を示すと一瞬嬉しそうに目尻を下げた、気がした。いや、よくよく見ると全く表情は変わっていない。

 袖ではなく手と手を合わせて散策を再開する。


 人魚姫とダンタリオンだと思われている自分。魔物二匹の散歩が珍しいのか、遠くからファリャたちを拝む様子を見せる住人達。

 何年たっても慣れないミーティでの暮らし。


 アマデウスとの件がひと段落したら、あの懐かしの寮塔に帰りたい。

 大きな黒い犬が恋しいし、神たちとの生活もまんざらでもなかったから。


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