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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
135/153

9. しっぺ返し *閲覧注意

※閲覧注意

痛い描写が多いので苦手な方は飛ばしてください。

一番下に9話の概要まとめてます。

 

 それからまた数年が経った。


 ファリャの記憶の鍵とは?

 アクラの毒はいつの話?

 一向に解けることなく積み重なっていく宿題の数々。溜まるばかりのファリャと対照的に、アマデウスの方は着々と記憶を取り戻しているらしい。彼は愉快げに微笑んで肉を食らう。


ブチブチブチ。


「…………」


 少し前に血液の摂取が終わり肉に移行した。

 怖いだろうという配慮から室内を暗くし、ファリャの目を布で覆う。痛み止めの魔香を存分に炊かれ、脇腹に歯を立てる。

 彼はナイフを使わず、直接肌を抉る。


「ぐええええー」

「……大丈夫じゃ。直ぐに済ませるから、体の力を抜け」


 やっている行為に反して、信じられないくらい声色は優しい。


「痛むか?」

「普通に気持ち悪いー。皮膚の伸長とか筋肉が断絶する感覚とか。衝撃がそれなりに来るし……、って、ギャ!!」

「ん」


 話している最中に裂かれた。

 痛みはなくともこの削られる感覚はいつになっても慣れない。彼なりに遠慮して食べているようだが、一口が小さいとその分長く時間がかかる。


 ダバダバに溢れてくる涙腺が、己の愚かさを嘲笑う。


 我ながら考えが浅かった。

 墓場のダンジョンにて告げられたアマデウスの望みを安易に承諾してしまったのを。

 いつの世も最後はファリャが死んで幕が降りる。例外ないループ現象ゆえ、どんな死に方だって大差はない。少しくらいアマデウスに協力しても良いと思ってしまった。


「えーん。もうやだー」

「別のことでも考えておれ。……今日の分が終わり次第治療をしよう。少し食べ過ぎた」

「ぎょえー」


 見えないがアマデウスの口回り、自分達が寝転がるベッドの状態は殺人現場と化しているのだろう。スプラッターでドロドロな状況を想像し気が滅入る。


「てか、ずっと聞きたかったんだけどなんで生食? 味付けして火を通した方が食べやすくない?」

「……ふふっ」


 可食部に息がかかった。こんな状況下でも出る間抜けな質問に笑ったのだとわかった。

 確かに立場的に出るべき内容ではない。しかし男は間抜けについては指摘をしなかった。


「このまま食した方が新鮮かつ食感がよいからのう」

「せめてナイフを使ったら?」

「肌の感触も楽しい。これほど美味なるものはファリャ以外にいない。もっと自分の味に自信を持つが良いぞ」

「こわーい」


 そんな事聞いてない。

 冗談半分に肌をすり合わせ、非難を告げると次の瞬間また削られた。噛みちぎる濁音と出血の噴射音。液体を多く含む咀嚼音も辛い。

 食べ過ぎたという割に止める気配がない。今、ロープ状のものが腹から抜けた。食事の領域が臓器に到達している。


「あわわわ……」

「……ハァ、……ファリャ」


 麻酔で眠らせて事に及べばいいのに、何故こんな酷い目に遭わなければいけないのか。

 以前要望を出したことがあるが、残念ながら了承を得られなかった。

 ファリャの顔面は涙でぐちゃぐちゃに汚れている。一方で男の方は恍惚とした吐息で息を継ぐ。食事ではなく別の何かであると錯覚してしまうほど色っぽい。

 けれど次なる衝撃に一気に現実に押し戻される。


「……限度、考えてよね」

「ファリャが泣き声は癖になるの。ホホホ」


 自分もおかしいが、アマデウスのおかしさは数段上だ。

 場に似つかわしくない明るい雰囲気のまま捕食は続く。


 それほどアマデウスの呪いの根は深いのだろうとファリャは結論づける。望まぬ呪いを受け、彼は他者から遠ざけられてきた。

 ずっとずっと続いた長い呪いが、自分に咎があるのならばこうして仕返しを受けるのも仕方がない、気もする。


 知らずため息をつくと、男は最後の一口を飲み込み傷口を舐めた。どうやら今日のノルマはこれで終わりらしい。

 日々ノルマの時間を設けられているが、大抵一区画、そして致命傷でないところで終わる。今日は珍しく長かった。


「さて、治療に入るか」

「お願い。あ、何か思い出した?」

「うむ。興味深い記憶を得られたぞ。お陰で止め時が分からず食べ過ぎてしまった」

「ふーん」


 どうせ聞いても教えてくれない。

 粛々と進む治療に、退屈を感じてベッドに再度横たわる。


 記憶はさておき、アマデウスの毒素はだいぶ減少してきている。昔に比べて、毒消しを飲まずとも男と共にいられるようになった。とはいえ住人たちの交流まではまだ至っていないが。


 また、里の瘴気の壁も薄くなる。知性の低い魔物が時折迷い込み、そのまま里まで突破してくる。大抵の魔物は瘴気に当てられ瀕死の状態だが、問題は中型以上。

 毒の濃霧を抜け住民に襲い掛かるのを何度か見たことがあった。


 しかしその瞬間夢魔が魔物を深い眠りへと落としてしまう。

 ヤギの足で軽やかに大地を蹴り、妖艶にほほ笑む。

「里を守るよう契約してるのよねん」、とのこと。


 彼女の淫靡さは大人のアマデウスにそっくりだ。どちらがどちらに似たのか知らないが、二人並ぶと妙に落ち着かない気持ちになる。年齢制限が付きそう。


 大人のアマデウスの正確な年齢はわからない。おそらく四十前後だとは思う。戦士さながらに鍛え抜かれた体はしなやかで麗しく、放射状に伸びる紅梅色のロングヘアは視覚に華々しく映える。

 前世の野暮ったさは一掃され、外見も所作も性格もはっきり言って美丈夫に振り分けられるだろう。呪いというハンデさえなければあらゆる場面で女性に言い寄られそう。


 そんな完璧な男は今自分の腹を手早く包帯を巻いている。いつの間にか縫合は終わった模様。早い。

 治療を終えたアマデウスは室内灯を灯した。血だらけの室内が明るく照らされる。


 一皮剥けたアマデウスとは反対にファリャの惨状は酷い。

 空白の残る腹も、包帯だらけの体も、結局伸びっぱなし髪が全身を覆い髪の毛のおばけと化しているのもそうだが、それよりもさらにファリャを悩ませているもの。

 今までと決定的に異なる自分自身。


(……弱すぎるんだよなー)


 もともと強いという自負はなかったが、『器』なりの強さはデフォルトで所持していると思っていた。

 それなのに何年たっても小さな魔物一匹仕留められずアマデウスの足を引っ張っている。頭では出来るはずの戦闘が空回りばかりで混乱する。


 眉を寄せて落胆を示すと、男の腕が伸びてくる。


「ふふ、御馳走様」

「お粗末様でした」

「……ファリャ」


 幸せそうなアマデウス。なんとも複雑な気持ちになり、黙って目を背けた。


9話まとめ

①ファリャは美味しい

②食事量に伴い、アマデウスの記憶は戻りつつある。毒素も減少

③今世のファリャの戦闘力は非常に低い

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