表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
134/153

8. アマデウスの望み②

 

 魔書の記述によりアマデウスの痕跡が分かった。

 とはいえ彼が導き出してほしい答えはそんなことではない。彼はずっと言っていたではないか。


『そなたと共にいたい』

『そなたの体が欲しい』


 字面だけだと誤解を受けるが、無論その種の意味ではない。寧ろ直接的すぎる表現だ。

 魔書には「供物」の意味と「食し方」が詳細に書いてある。


 魔物信仰のミーティならでは、といった印象を受けた。魔物が人を供物にして食すように、魔書の恩恵を受けたければ人を食らえと言っているのだ。

 また、その食べ方が想像を絶するほど残酷。生きたまま腐らせ、発酵させ、一日決まった分量だけ食す。食べる方も食べる方だが、供物側は楽になるまで相当な日数を強いられるということ。

 胃が痛む。


「……何か、思い出したか?」


 無意識に体が強張っていたらしい。腹の前で大人の腕が交差する。緊張をほぐす様に膝を優しく叩かれる。


「いや。痛そうだなーって思っただけだよ」

「その点ならば心配無用じゃろう。我ならば魔香にて痛覚を鈍らせることなど容易い。……今まで痛かったことなどあったか?」

「そういやないや」


 日々血を吸われているが確かに痛みはない。あるのは異物感だけ。正直気分は全くよくないが。


(…………、)


 ここまで来てようやくアマデウスの言いたいことが分かってきた。


 ファリャの体が欲しい理由。

 彼は大昔に食した人間をファリャであると思っているのだ。


 当時『継承の放棄』を望んで人を食らったが、思ったような効果を得られなかった。それどころか毒素を振りまくという厄難を抱えてしまい、解術を求めてきたのだろう。


 毒は薬になる。腐った肉を食べて呪われたので、新鮮な肉でリセットしようという考えだ。少し笑えてくる発想だが、当事者としては全く笑えない。

 むしろどうして自分だと思ったのか教えてほしい。


「俺を食べて呪いが解けなかったらどうすんの? 心当たりを手あたり次第試すの?」

「……ふむ?」

「ていうか呪いの解析から着手した方が早いと思うんだけど。まずはこの本をじっくり読んでみようよ」

「ホホホ。そなたは本当に愚かじゃな。全く人の話を聞いておらぬ」


 首を傾げて男を見上げると、「まだ思い出しておらぬことがあるじゃろ」と促す。


 アマデウスがファリャに焦点を当てている理由。


『我はそなたの生き血を飲んだ分だけ思い出してきたぞ』


「…………」


 彼は自分の知らない記憶の天井裏の部分を既に入手しているのだ。


 それは魔書を読む以前にもっともっと前から。知識としてではなく、実体験から正解を導き出している。

 ファリャの焦点が合うのを見ると、男は愉快気に笑う。


「まあ、殆ど偶然の産物じゃな。前の世にて、蝙蝠に耳を裂かれたことがあったろう。その際我が毒にて麻痺させ縫合を行うべくそなたの血を舐めた。何というか懐かしい味じゃったな」

「え」

「それどころか非常に美味であった。その後も助けることは出来たが敢えて怪我を負わせたりしての。看病と称してつまみ食いもした」

「…………」

「そして多く食すうちに我の体に変化が出てきた。毒が体内で中和され、排出が弱まったのじゃ。本来ならば我の毒は耐性のあるミーティ以外の民にとって即効性の猛毒のはず。じゃが、ファリャの摂取を境に効用が落ちた」

「……じゃあ」

「ハルハドを毒で滅ぼすのに時間を要してしまう、ということ。そしてそれ以上の変化として、そなたとの夢を見る機会が増えた。寝ても覚めても、まるで白昼夢のように」


 そこで、アマデウスは一旦言葉を区切る。

 喉の奥で反芻させ、声として外には出さないがじわりと体に熱を灯す。いつしか自分の手が痛いほど握られている。


「何度も繰り返し見ているうちに気づいた。あれは正しく我とそなたの昔の記憶じゃ。世界が一変する前の。それまで我らは共にあったのに」

「…………」


 その記憶を有してるのはアマデウスだけ。

 片割れの喪失を嘆き、切なそうに瞳を揺らす。


「初めからそなたは異質な存在であった。世界の理りに介入出来ることもそうじゃが、もっと初歩的な問題。そもそも我の毒が極端に効かぬ。何故そなたは我に触れることが出来るのか」


 いつの、何の、どこの話をしているのか。

 時系列が飛んだので話の整理に時間がかかる。アマデウスが言葉を足したので、前の世(何回前かは不明)でファリャとアマデウスが出会った時のことだと合点がいく。


 イグニスと花祭りを楽しんだその帰り道、女性の姿をしたアマデウスが時計台から落下するのを目撃した。

 彼はハルハド殲滅の任務中であったのだが、落下を事故と勘違いしたファリャが彼を助けたのだ。その際しっかりと抱きとめ手と手を合わせた。


 近くに寄るだけで死に至るのに、触れても子供は平気そう。そこから一気にアマデウスの関心はファリャに傾いた。時折毒消しという名の投薬は行われたが、常人に比べ極端に少ない。

 むしろ近くにいる神たちに影響が出た。


「話していて気づいたのじゃが、そう言えば水の神も不可解であったな」

「???」

「あれはそなたの傍を離れるのを極端に厭う。だのに惰眠を貪っておったじゃろ。理由なく神は眠らぬ」


 瞳を細め、薄く笑うアマデウス。皆目見当がつかず間抜け面を晒すと呆れたため息が吐息となって漏れ出る。


「毒に耐性があるのはファリャだけ。神ですら目に見えぬ毒に苦しめられる。となれば毒のルーツも明白。そしてファリャに最も近しい水の神は毒をより多くその身に蓄積されておるのかも」

「……………」

「これで眠る理由に説明がつくじゃろ。睡眠によって毒を中和しておるのじゃ。我と同様、世界をリセットしても体に残ってしまう毒の呪いを」

「うーん?」


 ダメ。限界。……何の、いつの話をしているの?

 言語として成り立っているくせに全く内容が頭に入ってこない。

 アマデウスはわざわざ難解に物事を話していないか? そもそも主語も目的語も省略しすぎなのだ。険しくなる眉間にシワを刻むと、背後で男が笑う。

 そこで意図を察した。


 男は初めから懇切丁寧な回答など用意していない。

 アクラと同様、正解は全てファリャ自身で導き出せと言っているのだ。宙ぶらりんで放られる身にもなってみろ。もどかしくて仕方がない。


「……とは言え、我かて全てを把握しておるわけではない」

「そうなの?」

「多くは推測だ。全ての解はファリャを隈なく食すことで明らかになる。……記憶の鍵は我とファリャで共有しておると思っておったのじゃが、思い出すのは我だけのようじゃな」

「えー」

「そなたの鍵はまた別の場所にある。ふふふ、そんな顔をするな。我らの時間は余りあるほどある。ゆっくり思い出せば良い」


 優しいのか意地が悪いのか、よく分からない笑顔でそう言った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ