6. アマデウスの呪い
ホーリードラゴンの口内に渦巻く光の渦。
放射のタイミングを計る間も無く光の帯がファリャを包む。視界全てが白で塗りつぶされ、眩しさのあまり視界が閉じる。
削れていく我が身を思いながら必死に目を開けると、死角からヒョイっと男の影が白の空間に加わる。
「ア、アマデウス?」
「うむ」
殺すつもりではなかったのか。
思いの外敵意のない返答に拍子抜けしてしまう。
確かに落ち着いてみればこの光の帯は痛くも痒くもない。突然の事態に動揺してしまったが回復魔法に似ている。
ようやく周囲の光が収まってきた時、目前のアマデウスが肩を竦めた。
「ダンジョン攻略の準備をしてこなかったからの。思いの外ここは瘴気が強い。我もそなたも状態異常が重複しておったゆえ、手っ取り早く浄化しただけぞ」
「…………」
「殺されるとでも思うたか? ……先にも言ったが、もう前のようなことはせぬ。少しは信用しろ」
やや眉尻を下げて弁解する男。
浄化するつもりならば先に言え、とも思わなくもない。勝手に慌てふためいた自分がバカみたいだ。
気を取り直して歩を進めつつ、アマデウスの言葉を脳内で反芻する。
アマデウスのかかっている呪いとは?
それに関与しているのが自分? 当然そんな覚えはない。
しかし全否定するにもファリャには空白が多すぎる。自分自身が信用できない。
「さっきの話だけど」
「うむ」
「呪われてるってどういう意味? 体は丈夫そうだよね」
「呪いとは、厳密に言うと我自身では無く周囲に及ぼす現象じゃ。ファリャも感じた筈。我を見て、我といて、我と時間を共にするようになって、大きな影響はなかったか?」
「…………」
ある、と即答できた。
だってこの瞬間であってもまだ胸がドキドキしている。彼が近くにいるだけで全身が熱い。
消え失せた筈の恋心がまた浮上し始め、額に汗が滲む。こんな、非合理なこと、全力で否定したいのに。
話しながらも目前のアマデウスは襲いかかる魔物を薙ぎ払う。一瞬ファリャに目を向け、答えを求めるように体を反転させた。
その回転が軸となり周囲の毒虫も散り散りに砕ける。
極めて優雅な戦闘。しかし。
「君の呪いって魅了?」
こけた。
しかもその不用意な動作故に一発攻撃を受けてしまう。彼の死角から襲い掛かったゴーストが背中を切り裂いたのだ。尋常ではない血飛沫が噴出したがアマデウスは表情一つ変えずファリャへと向き直る。
「……そなたは、」
「うわー、大丈夫?」
「本気で言っておるのか? 前世から何も学んでおらぬのか?」
「……いや、あの」
アマデウスの足元に血の池ができる。その上先ほどのゴーストが追撃に飛んできている。そちらに対応しようとファリャは剣を抜いたが、その瞬間ゴーストは弾け飛んでしまった。
目前のアマデウスから邪気が上がっている。ファリャに向かい合いつつ殺気だけで敵を倒してしまった。
やはり彼の戦闘力は桁外れだ。
アマデウスはため息を交えながら続きを求めた。
怒っているかと思われたがそうではない。戸惑っていると言っていい。
「『魅了』と思った根拠はなんじゃ?」
「え。……えーと、普通に胸がドキドキするから? アマデウスを見てると心拍数が上がる。これって恋の症状だよね?」
「…………」
「全身熱が上がったように熱いし、頭がクラクラする。手指は震えてくるし」
「…………」
「だんだん息も苦しくなってきた。お腹が痛くて吐きたい」
「……呆れた。よもやと思うたが、流石に酷い」
男は心底げんなりした様子で頭を落とすと、鞄から錠剤を取り出して少年の口に放り投げた。
訳も分からず飲み込むといくらか気分の悪さが緩和される。
ファリャの顔色を確認し、大丈夫だと判断するとダンジョンの先へ向かっていく。自分も急いでその後に続く。
「ファリャは恋愛感情と無縁のようじゃ。そなたが言う動悸は恋愛とは一切関係がない」
「え?」
呆れた、けれどほんの少し残念そうな顔をしてアマデウスが真実を唱えた。
その一言があまりにも想定外で、理解を一時拒む。
「───……拒絶反応?」
「さよう。我から排出される毒素がそういった症状をもたらす。通常は体の異変に気付いたときにはもう遅い。ものの数分で息絶えるように出来ておる」
「はえー」
アマデウスの呪い。彼本人の及ぼすのではなく周囲に影響が出る、というのはこういう意味であったのか。足りない頭で頷くとアマデウスの眉間が深くなってゆく。どうやら自分の理解がまだ追いついていない模様。
「まだ合点がいかぬのか? 毒と聞いてこれまでのことが一つに繋がるじゃろ? その上で先の話がしたい。ファリャの体が欲しい理由。我から話すのは簡単じゃが、そなた自身が答えを導き出し、納得して我に捧げてくれると嬉しい」
「…………」
やばい。何を言っているのかさっぱりわからない。
何故こんな遠回りな方法で回答を求められるのか、手法も謎だ。
けれどある種の期待がこもった瞳で見つめられ黙るしかなかった。




