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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
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5. ミーティでの生活

 

 言語を教えろ、とは言われたもののアマデウスの学力は非常に高い。


 ファリャが一つ教えるだけでその先の単元まで自力で進めてしまう。稀に顔を上げ質問をする、そしてまた躓くまで自己学習。

 単なる見守りに過ぎない語学授業に眠くなってきた。


「ファリャ、……ファリャ」

「……うー?」

「ここがようわからぬ。先ほど教わった動詞の活用法と違うようじゃが」

「名詞によって動詞の形が変わるのは言ったよね。教えたのは女性名詞と男性名詞の活用法だったけど、極例外として無性名詞もあるんだ」

「ふむ」

「発音も特殊で、ちょっと言ってみるね」

「…………」


 発音してみるとアマデウスは熱心にメモを取る。メモの内容は独自の発声記号だ。確かに発音は文字として確立していないので自分なりにわかりやすく理解したほうがいい。

 むしろアマデウスに指摘されて気づいたが、表音文字が発声記号の意味を成していない。ファリャの前世の名もまた然り。語学としてガバガバ過ぎる。

 誰だ、こんな不完全な言語を流通させたのは。



 こうした午前中の授業が日々のルーティーンに組み込まれた。


 一日が二日に。

 一週間が二週間に。

 一ヶ月が二ヶ月に。

 月日は瞬く間に過ぎ、ファリャが里に訪れて三年が経過した。


 目覚めとともに吸血、朝食後に集会所にて礼拝、その後昼まで三時間の語学授業。

 午後からは里近くのダンジョンで基礎体力の向上と戦闘技術の鍛錬。


 目覚めるまでの五年間、寝て過ごしてしまったので足腰の弱りが凄まじい。覚醒した当初、アマデウスの変貌も驚いたが次に仰天したのは自分の枯れ木のような手足。

 歩くことは以ての外、動くことすら非常に難儀しもっぱら彼に担いで移動している。これではいかんと、リハビリがてらのダンジョン攻略である。


 語学授業が終わり、アマデウスがファリャを持ち上げる。

 三年も経てば自立して歩ける。当然のように行われる介助を辞退すると、耳のすぐ傍で男が笑う。


「大事なファリャ()を歩かせるわけにはいかんのでな」


 面白そうに唇を歪めたので、嫌味と捉えた。


 アマデウスが自分を大事に扱う理由の一つに、里の者の目があった。

 ミーティは決して豊かではない。己の食い扶持すら稼げない人間は魔物への供物とされる。それ故足腰不自由で、明らかに他人種のファリャは一番に供物候補に挙げられそうなのに。


「ファリャ様、ごきげんよう」

「ファリャ様、お出かけですか?」

「どうか今日日も変わらず我が里にご加護を」


 アマデウスの屋敷を出た途端、里の者に声をかけられる。あるいは祈られる。

 朝の礼拝。魔物信仰の根深いミーティ。里の者の態度。……連想ゲームは簡単だ。

 薄目でアマデウスを見るとやはり笑みを深くするのみ。


「俺、なんで魔物だって勘違いされてんの? アマデウスがそう言ったの?」

「ホホホ、里の者の勝手な思い違いじゃ。我は好都合ゆえ黙っておる」

「えー」

「ファリャの見目が人間離れしておるせいじゃろう。加えて我が急激に歳をとった御技。あらゆる書物に通じる知識。大方ダンタリオンとでも思われとるのでは?」

「それ、魔物じゃなくて悪魔じゃん」


 ツッコミどころは多いがアマデウスがあまりに愉快に肩を震わせるので、とりあえず黙る。自分が口を開くといつも笑われる。口からバカが露呈しているのか? 悔しい。




 里を出て、程なくしてダンジョンの入口に立つ。アマデウスより地上に下ろされると、長く伸び切った飴色の髪が草葉の上に渦を巻いた。

 生まれてこの方一度も切っていない。自分の身長の倍ほどの長さで鬱陶しいが、アマデウスが勿体無がるのでとりあえずそのまま。折を見て一気に切りたい。


 侵入者の気配を察してダンジョンの扉が開く。

 古びた石造り、錆びた鉄製の門。その先に見えるのは異臭漂う墓地である。


「このダンジョンは初めてだねー」

「里近くのダンジョンは大方攻略してしまったでな。ここで最後じゃ」

「雰囲気から察するに魔物はアンデット系? 火属性で一掃できるかな」

「我の光属性魔法が良いじゃろう。そなたはサポートを頼む」


 どっかの誰かのように見学とかマラソンとか言わないところが優しい。


 一歩足を踏み入れると鼻が曲がるほどの異臭。肉が腐敗し、内臓が発酵する生暖かな匂いと空気に満たされる。

 目を開けるのですらヒリヒリするのに、隣のアマデウスはいたって普通である。それどころか頬を赤らめている。


「うむ。やはりと思うたが、身に覚えがある香りじゃ。懐かしいのう?」

「?」


 問われたが、意味がわからない。

 だんだん鼻が麻痺してきた。人間の五感で一番弱いのは嗅覚だ。目を擦りながら周囲の敵に意識を向けるが、先行する男が早すぎる。


 光属性のホーリードラゴンを召喚し、危なげなくゾンビやヘルハウンドを殲滅してしまう。アマデウスとファリャの歩く範囲が隈なく浄化され、最早サポートの意味がない。


「ファリャには覚えがないかの? ……まあ、無理もない。そもそもそなたに顔があったかどうか怪しい」

「???」


 何の話をしているのか分からず、質問しようとしたが、目の前にネクロマンサーが現れたので黙った。

 彼に詠唱時間を与えると倒したはずの魔物が全て蘇る。流石に数で押し負け部が悪い。


 なんて、全然そんなことはなかった。


 何でもない会話をしながら、アマデウスは歩幅を緩めず距離を詰め、アッサリと切り捨ててしまった。

 ちょっと待て。アマデウスのレベル、高過ぎないか? ダンジョン内なのに散歩と相違ない緩さである。


「我はそなたの生き血を飲んだ分だけ思い出してきたぞ。やはり記憶の鍵となっておるのはファリャじゃ」

「え?」

「我を呪い、我の体を不浄なものにしたのはそなた。精霊魔法を禁じ、魔物との親交を余儀なくさせた。……そろそろ我らの最後の枷を外そうぞ」

「…………」


 男の背後で光の粒子が収縮する。

 ドラゴンの口内で爆発的な魔力が生まれているのがわかる。射程には自分だけ。


 あれ? ここで俺死ぬの?


 やっぱり話の流れが掴めず、ファリャの顔に間抜けが張り付く。

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