4. お手伝い
アマデウスの話しぶりから、自分の処刑に関与した負い目を感じた。大の男がすまなそうに頭を下げる。
以前のアマデウスは自分を煩わしく思っていたはず。
形勢が逆転し、ご機嫌を伺うアマデウスがなんだかおかしい。というか気持ち悪い。
早く昔のアマデウスに戻ってほしい。
「しぬのは、なれてるから気にしなくてもいいよ」
「じゃがそれでは我の気が済まぬ。今世では我を殺し、手打ちにせぬか?」
「君らしくない、ムダなていあんをどうも。というか今の話を聞いて、いわかんが」
「…………?」
今までのアマデウスの境遇、ミーティが置かれている立場、延々とループする世界。
自分が知らない視点からの世界の見え方に、一つ疑問が湧いてきた。
「さっき言ってた、『突然途中で暗幕が降りる』って、しゅうまつのひゆだよね。決まった日時がないように聞こえたんだけど。それって」
見たくない問題を、ずっと裏返しにしてやり過ごしていた。
解決しようにも手段がわからない。そんな言い訳をして好き勝手に世界をこねくり回したツケがようやく己の身に降りかかる。
──彼は俺が、この世界の規律を乱している戦犯だと言っているのだ。
直接ではなく、かなり遠回しな表現ではあったが。『ファリャだけが既定路線の書き換えができる』
『ファリャが死ぬと、直ちに幕が閉じて振り出しに戻る』
そう聞こえた。
アマデウスの顔に答えを求めて見つめるが、彼もじっとこちらを見つめている。
その瞳の色は戦犯を責めるでなく、何故か寧ろ優しい。
「ファリャには話したいことが山ほど有る」
「うん」
「そなたも我に何でも話せ。必ずや助けになろう。共にこの巡り続ける世界を脱出しようぞ」
「……うん」
戦犯というより仲間に向けられる類いの言葉。思いがけず何だか嬉しい。
起こした体を再び寝台に投げ出し転がると、アマデウスが頭を撫でてくれる。冷たい手のひらが気持ちいい。
瞼が再び重くなり、体の力が抜けてくる。子供の体は体力がない。心地よさを感じながら、二度目の誘惑に身を委ねかけたところ、……突然の事態に眠気が一気に吹き飛んだ。
「ちょっとっ。えっ、なに?!」
「ファリャは寝ておれ。後は勝手にする故」
上半身半裸のアマデウスが自分を抱きこむ。それは良いが、首筋に顔を埋め犬歯を当ててきたので戦慄した。
「はっ? なあ?!」
「痛みはない。ほら、麻痺の魔香を焚いてあるじゃろう。十数えておるうちに終わる」
「だって、なんでッ。……ぎゃあああ!」
皮膚に食い込む。確かに痛覚への訴えは少ないが、体内に及ぶ異物感が気持ち悪い。アマデウスの喉が上下し、唇の端から血液が滲む。
アマデウスの体を引き剥がすべく腕をあげ、そこでファリャの身体中が噛み跡だらけであるのに気づく。自分が目覚めるまで、毎晩毎晩施されてきた印。
その様を目に入れて、遅れて彼がファリャの目玉を食べてしまったことを思い出した。
ミーティの歴史より早く、聞くべきだった問いはこっちだったのでは? 選択を誤った気がして頭が痛い。
男は言葉の通り、数秒血液で喉を潤し、一言二言何かを言って部屋を出て行った。
ファリャは再度ベッドに脱力。
彼は複数の魔物と契約している。意思ある魔物たちの契約内容は千差万別。人を喰らい体内に血肉を取り入れる、なんてトリッキーな提案をする魔物がいてもおかしくはない。
少しずつ身を削られる拷問の経験があるファリャには恐ろしい話だ。
今世は少しずつ食べられて死ぬのか?
鳥肌が全身隈なく芽吹いた。
気づいたら就寝しており、朝であった。
おそらくこれも魔香の影響。寝るつもりなんて無かった。
アマデウスが朝食を手に、寝室に入ってくる。
「ファリャ、食事が済んだら頼みがあるのじゃが」
「……やだ」
間髪入れずにお断り。食事をやるから食事になれ、なんてまるで家畜だ。
当然拒否を示すとアマデウスは一瞬固まり、シュンと頭上の犬耳を下げた、ように見えた。
直立するアマデウスはおそらく190センチを超えている。大きな男がわかりやすく項垂れ、ちくりと胸が痛む。
「いたいのはやだし。どうしてもっていうのなら、わけを話してよ。まもののたいしょほう、いっしょにかんがえようよ」
「……意味がわからぬ。訳なら昨晩話したじゃろう?」
「ぼかしすぎてて、そうぞうでほてんするしかないせつめいは、せつめいじゃないよ」
「ほうか。そういえば、そなたはアホであったな。つい同じ土俵で話してしもうた」
「…………」
あれ?
アマデウスの雰囲気が変わった。
優しい瞳はそのままだが、生緩い感情がプラスされる。弱者に対する、幼児に対する、庇護対象に対する、全力の抱擁感。
この目はよく知っている。過保護者アクラから嫌というほど注がれてきた。最近でいえば弟のルートヴィヒからも。
やめて、泣きたくなるから。昨晩とは違った意味で鳥肌が立ち、近づく男の顔を押しのける。
けれどもアマデウスは意に介さず言葉を続けた。押しのけた両手は容易く男の片手に掴まれて、もう片方の手で抱き上げられた。
そのまま部屋を出て、驚く村人たちを遠目に、家を脱し、幾多もの分かれ道を通り過ぎ、たどり着いた廃屋の前で降ろされる。
突然の展開に言葉もないが、ファリャは恐る恐る男の顔を見上げる。
ここは解体場か何かだろうか? 手っ取り早く切り刻んで塩漬けにし保存食にでもするつもりか?
ぶっ飛んだ想像が頭の中を占める。けれどもアマデウスの行動を見るにリンクせざる得ない。
ファリャは五歳。最短の人生であった。
いずこに想いを馳せていると、アマデウスが廃屋の扉を開く。中に広がる光景はファリャの想像とは違った。血生臭くも鉄臭くもない。凄惨な雰囲気は皆無。
部屋の中は書物でいっぱいで、廃屋の正体は書架であるのだと気づいた。
アマデウスがポツリと呟く。
「昨晩も話したが、我が里は教育制度が発展しておらぬ」
「…………」
「我は何度かループしている分、幾らかは読めるが。しかしそれでも半分ほどじゃ。従って我に読み書きを教えて欲しいのじゃ」
「あー」
言ってた言ってた。教育が云々と。
恥ずかしそうに笑うアマデウスに、ファリャは改めて己のポンコツを恥じた。
そして恥じるあまり、彼が血肉を食らう訳を聞き損ねる。




