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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
129/153

3. ミーティお国事情

 

 妙な既視感を抱いて意識が浮上する。

 ずっと名前を呼ばれている。壊れ物を扱うように、頭を撫でる手つきが優しい。その手がアクラのものだと感じ、隣に横たわる彼の方へ身を寄せた。


 違和感がピリリと走る。

 アクラの胸板はこんなに厚くない。


「ファリャ」


 誰かが笑った。

 アクラではない、音域不明の不可思議な声。子供の身を掻き抱いた相手は、愛子(まなご)に接するのと同等に近距離で口元を寄せた。


「おはよう、ファリャ。起きたか」

「…………」

「まだ眠いか? 何十年も眠っていたのじゃろうて、無理もない」

「…………」


 ようやく目を開くと、知らない男が隣に寝そべっている。歳の頃30を過ぎたくらいか、紅梅色の鮮やかな髪を鎖骨まで垂らし、切れ長の瞳を細めて笑う。

 耳輪(じりん)の上部が尖っており、この特徴を持つのはミーティの民だ。


 ファリャと呼ばれた自分には薄手の掛布が掛けられている。柔らかな植物で編まれたベッド、家の作りも異国風で、細い木の枝や蔓で組まれた簡易的なものだ。


 夜中であるのに寒さは感じず、むしろ穏やかで心地よい。

 夜光虫が入った虫籠が時折光を灯し、間接照明の役割を担っている。


 周囲の状況を確認し、再度隣の男に目を向ける。


「……あなたは、だれ?」

「うむ?」

「それにここはどこ?」

「…………」

「おれ、まっている人がいるんだ。家にかえらないと」

「ハハハ」


 男が笑ったので眉を顰める。そして遅れてファリャ、という名に頭を捻る。もっと違う名前が自分にはあった。


 しかし、どういうわけかこの男にその名を呼ばれるとしっくりくる。異国という非日常感がそうさせるのか、自分はファリャであると何故かすんなりと受け入れられた。


 男は尚も笑いながら、唇を震わせた。


「そなたは誰を待っているのじゃ?」

「えっと」


 随分と遠い記憶のような気がする。加えて、待つよう言われたのが意識が正常ではなかった。

 殆ど死にかけていたし。それでも何とか記憶を呼び起こした。


「アマデウスを。かれがむかえに来るって言ってたから」

「ほうじゃの。だから迎えに行き、そなたがここにおる」

「…………、ん?」

「ポンコツは相変わらずか。あのエゲツない聖域を創り上げた者と同一人物とは思えぬ」

「え?」

「だから、我がそのアマデウスじゃ。聖域にてちと歳をとってしもうたが、正真正銘そなたの待ち人。疑念が晴れぬようなら前世の答え合わせでも行うか? そなたにはまだ燻っている疑問があるじゃろうて」

「…………」


 記憶するアマデウスと全く違う。

 子供であるのにシャナリと優美で艶やかだったアマデウス。しかし目の前の男は優雅ではあるが雄々しく男の色香を匂わせる。


 真逆の容姿であるのに二人は同じ人物であるのだと本能が告げる。何故なら彼を見ていると胸が苦しいし体が熱いし頭が痛い。ついでに吐き気もする。

 アマデウスに初めて会った時に感じた、恋の症状。男の姿なのに同じく恋に落ちてしまい、ファリャは内心穏やかでない。


 アマデウスは一転、ファリャの反応を見てため息をつく。

 その後いつもの栄養剤を処方してくれたのだった。





 アマデウスが言うにはミーティには独自の文化が存在するらしい。


 魔術技術が発達していないミーティはハルハドとだいぶ勝手が違う。

 産業も酪農も村レベルでしか存在せず、ハルハドに比べれば原始的生活であった。


 学校という概念がないため、読み書きも出来ない。世間に出回る書物など当然理解できず、魔術の構成原理、発動など以ての外。


 魔術に代わる方法として、彼らは昔から魔物と共存し、不便を補ってきたらしい。魔物の力を借りる代償として時々人柱として里内の沼に生き血を吸わせる。

 実際に沼に沈められたことのあるファリャは無意識に首肯する。


 ミーティの里に神三人とエルーシュカと訪れた時のこと。

 強烈な吐き気と目眩に襲われ気絶し、気づいたら底なし沼に放り込まれていた。息がつげず、確かに死を覚悟した。


 そういえばあの時アマデウスはいなかった。もしいたらもっと違う結果になっていたのだろうか?


 契約する魔物は決まって上級の魔物となる。

 そもそも下級は完全本能型の野獣だ。意思疎通が困難なので契約などできるわけもない。つまり夢魔やオーディン等の人型、竜を代表とするその土地の守り神として扱われているものなど。


 アマデウスは夢魔以外にも複数と契約しており、精霊とは違う属性の攻撃が可能だという。闇属性や光属性があると説明をしてくれたがこの辺りはよく分からないので聞き流した。


 当然契約相手は魔物なので、魔力の低い者は淘汰される。ようは食べられてしまうそう。

 また、女児を契約相手として好むらしく、成人を迎えるまでミーティの民は女性として振る舞う。

 

 成人になればそれなりの魔力を保有するため余程のことがない限り食われない。偶然とはいえ、成人化したアマデウスは女児の振る舞いをやめ、一人称を「我」に変えた。

 ……痛い過去を思い出し、ファリャはちょっと死んだ顔になる。


 ギリギリのラインで生きていた彼らだが、十年前に国内高純度の魔石が掘り出され事情が変わる。


 隣国のハルハドだけでなく、東大陸のトレファドール、南大陸のチコーシュ、その他枚挙に暇がないほど多くの国がミーティへ侵攻を進めた。

 戦いの絶えないミーティは困り果て、呪われた子であるアマデウスに助けを求める。


 赤子であるのに大人以上に知識を持つ神童。村長の子という立場もあり、瞬く間に彼は戦士として教育を施され各地を駆けまわることに。


「まあ、知識云々はループが原因じゃからの。当然回数分あるに決まっとる」

「凄いね。俺は結構忘れちゃうみたい」

「忘れて楽になることもあるじゃろう。健忘は一概に悪ではない」


 そう言って彼はため息をつき、奥歯で苦虫を噛み潰した。


「我が忘れない理由は、実に単純じゃ。何度繰り返しても事の顛末が変わらぬ。望まぬルートを回避すべく働いても、気づけばそのレールに乗っておる。違うのは暗幕が降りるタイミングくらい。見ている演劇が途中で遮断され、赤子時代まで巻き戻る。このループを我は延々と繰り返してきた」


 アマデウスの視線が熱く自分に注がれる。


「しかし一度だけ。一度だけ顛末が変わった。常であればハルハド軍に殺される妹が生きて里に戻ってきた。五歳のエルーシュカを見たのは後にも先にもあの一度きり。後にファリャに助けられたのだと妹に聞いた」

「……エルーシュカ」


 懐かしい話だ。彼女はミーティの森にてハルハド調査部隊に見つかり猛毒の呪いを受けていた。毒は恐ろしい速さで体内を駆け巡り、摂取口の右足から壊死を起こす。

 当時、風の神が近くにいたので解毒魔法が容易に出来ただけ。


「そこで我は確信した。ファリャ、……そなただけなのじゃ」

「うん?」

「この世界でただ一人だけ。そなただけが定められた運命を書き換えられる」


 ぎゅっと手を握られ、一時言葉に迷う。


「だから我はそなたを探した。『殺したい』というのは本意ではない。そこだけは理解してしてほしい」


 切実に絞り出された声。

 まだ理解が追い付いていないが、ファリャはゆっくりと首肯した。


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