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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
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2. 攻略の糸口

 

 アマデウスの脇を何かが通過した。


 一筋の光の軌跡を描いて直進する物体。妖精の一種かと思ったが、そうではない。確かに妖精と体積は似ているが、アレは鱗粉を振りまいてはいない。


 思い返せば、五歳のある時期に必ずあの光が現れた。光の速度は早いが捕まえられない訳ではなさそう。

 直進する光を追いかけ、加速のため木の幹を蹴り上げる。一瞬光が動きを止め左右に振り子のように揺れた。その瞬間を見逃さず、アマデウスは両手を広げて光の玉を捕まえる。


 くしゃり。


 意外にも感触が軽い。手の中を改めて確認すると、翡翠色の封書であった。

 差出人は魔術師養成学園。


 宛先は──……サーシャ。

 ファリャの現世の名前である。


 手紙は意思を持つようにアマデウスの手の中でもがき、目的地を求めて封書の体を伸ばす。長形の形が更に長くなった。


(どう言った原理かは知らぬが、これは)


 手紙がファリャの元に向かいたがっているのは明白。

 また、前世に記憶を探れば光の玉が聖域に現れるのはたった一度だけ。アマデウスや妖精のように迷ったりせず、行き先を違わず飛んでいけるのだ。


 それに気づいてアマデウスの口は美しい弧を描く。ようやく見えてきた突破口。少年の口から艶やかな吐息が漏れた。




 手紙を片手にアマデウスは歩を進める。

 指で手紙の端を持ち、引っ張られる方向に向かっていく。その歩く順序が非常に複雑で、もし一人であったら確実に踏破は不可能であった。


 ただ道を練っていくのではない。五メートル進んだかと思ったら、一歩下がり、右隣の木の幹を一周する。するとまた景色が変わり二十メートル直進。その後仔象ほどの岩が現れ、迂回せず垂直に登って行かねばならない。

 岩を飛び越えるとまた景色が変わり、藪の中へ。胴体部分に横たわる枯れ木の下を潜り、拓けた場所に飛び出すとまた景色が変わる。


 景色が変わるたび魔法陣をくぐる感触がある。特定のルートでないと聖域の最奥部にたどり着けないのであろう。一事が万事こんな感じで仕掛けが細かい。


 また、手紙は見えない壁の前でしばらく振り子のように揺れて進みを止める。

 待ちきれず一歩踏み出せばシャボンを割ってしまった。つまり手紙には罠を察知する能力があるということ。一歳年を取ってしまったが、おかげで一つ学んだ。


 手紙より先に前には出ない。ただ誘導されるが如く、おとなしく指示に従おう。


 妖精の姿は一つ、二つと景色が変化するたび見えなくなった。

 太陽が真上に登る頃にはもう妖精はいない。何十回と隠された魔法陣の入り口を抜けてきた。妖精ですら迷わせる性格の悪い巨大迷路。


 けれど裏を返せば、彼はアマデウスの伝言通り精霊との関わりを絶っている。たった一人で自分が訪ねてくることを待っているわけだ。そう思うと気持ちが急ぐ。


 はやる気持ちに、そわつく手足。

 確認できないが、きっと顔も緩んでいる。こんな感情はここ百年で初めてだ。

 アマデウスは一刻も早い再会を心から望んだ。




 日が沈む。

 手紙は動くのをやめた。

 辺りは森の様相を変えず、徐々に闇が足元に蔓延る。手紙が止まったところにファリャがいると思ったが、目視できる範囲には何もない。彼が過ごした妖精の家、寝床、人が過ごす最低限の設備が存在しない。

 全くの暗闇になる前に少しでも探索できれば、と思い足を踏み出す。その刹那、己の愚かさに衝撃を受けた。


 また同じ轍を踏んだ。


 一、二歩進んだだけなのに、数十個のシャボンが割れた。それと共に成長する体。持っていた手紙も巻き込まれ、薄く縒れてしまう。この辺り一帯に分厚く、何重にも時間経過の罠が張られていたのだ。だから手紙は前進をやめていたのに。急ぐ気持ちが正常な判断を鈍らせた。


 暗くなったため、どの程度成長したのかよく見えない。この聖域は加齢による衰えを感じさせてくれないから。

 万が一次にシャボンを割って寿命を迎えたらまた振り出しだ。

 或いは無事に聖域を抜けれても、加齢具合によってはまともに戦えないかもしれない。


 悔恨ゆえに、地に頭を落としていると指の間で手紙が震えた。

 暗闇の中で仄かな光が灯る。真上から優しく降り注ぐ月光。雲の合間から顔をのぞかせたそれは、ゆっくりと森の輪郭を白く染めていく。


「…………っ」


 見えない壁がとろりと溶けた。シャボンは大地に流れ落ち、その中で固く守っていたものを露わにする。

 大樹の幹部分でゆりかごのように編まれた蔓。ゆりかごの中は白銀の羽で満たされ、子供が一人穏やかに寝息をたてる。伸びきった飴色の髪が蔓と緩く絡み、長い睫毛には月光が反射している。


 性別不明で、けれど天女のような神秘さにアマデウスはしばし言葉を忘れた。しかし一方で手紙は目的を忘れておらず、呆けた男の手を抜け出し一直線に子供の胸の中に飛び込む。

 その瞬間、大義を成したとばかりに手紙は光るのをやめた。


「ファ、…………」


 続いてアマデウスも。


 何故か震える腕を伸ばし、子供を抱き上げる。ファリャを中心に降り注ぐ月光。そのおかげでアマデウスの姿も明らかになった。姿を確認し安堵する。


 良かった。そこまで老いてはいない。


 腕の中の存在を揺すり、耳に小さく呼びかける。目覚めを心地よいものにするための音域に、子供の睫毛は覚醒に向かう。ピクリと指先が動いた。


「ファリャ。……ファリャ」

「ん」

「迎えに参ったぞ。遅うなったのう。さあ、行こう」

「…………」


 完全に覚醒はしていないが、ファリャの手は親を求めるようにアマデウスの首に回る。

 男はクスリと笑い、その甘えを許す。


 聖域を踏破したアマデウスは充足した気分でその地を後にした。


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