1. ファリャの聖域
リセットされた世界でアマデウスは途方に暮れていた。
何もかもが予想外。
前の世でファリャを殺し、神らを一気に焚きつけるはずが、全く望んだ動きをしなかった。
洗脳を解き、状況を把握させ、ファリャを巻き込んで芝居を打ったのに。本人は精神世界に落としたので反応は皆無。人形のように無抵抗に四肢をもがれて絶命した。
正確に言えば途中介錯が入ったが、その話は置いておく。
神である彼らに大きな反応はない。火の神は眉を寄せるのみで傍観に徹し、水の神はため息をついて眠ってしまう。
寧ろファリャの弟の方が発狂し、街を半壊させるほど。しまいには兄の死体をかき集めどこぞに飛ぼうとしたので驚いた。
死体にはまだ用がある。勝手に持って行かれては困る。
煩かったので再び洗脳の術を施した。随分抵抗され、無駄に時間が経過した。
弟の対応に時間を要していると、辺りに暗雲が立ち込める。雨か、と思った瞬間意識が途切れた。
そして次に意識が戻ったのは自宅の寝床。幼児へと時間が巻き戻った。
(…………)
森の前に立ち尽くしてアマデウスの口からため息が漏れる。
ループの根源は神々だと思っていた。まさか人間であるファリャが引き起こしているなどと夢にも思わない。
彼が死ぬとその度に世界が幕を引くように暗転し時間が巻き戻る。苦悩も苦痛も疑念も一気にかき消され、元々のスタート地点に飛ばされてしまうのだ。
その答えにたどり着いた時、アマデウスはまた一つ確信する。
当の本人、ファリャにはその自覚がない。死んだ後に起きている現象なので無論知覚できるはずがない。本人の範疇外のループに、一体どんな手を打てば良いのか、益々頭が痛くなった。
(いや、……今はそれよりも)
大きな命題の前に高く高く立ちはだかる障壁。
肝心のファリャに未だ会えていない。実はあれから三度ループしている。
夢魔を通じてファリャの故郷を突き止めたはいいが、あり得ないほど難攻不落の要塞であった。
ハルハド西部に位置する彼の聖域は人の開拓地から程遠い。草の根をかき分け、たどり着いた人類未踏の大地。彼の記憶の中では街道から少し外れた場所にあったと認識していたが、距離感覚がおかしい。
規格外なのは聖域の位置だけではない。
なんとか中に入り込んでも内部は更にアマデウスの頭を悩ませた。聖域の特性上、最奥部まで攻略しなければ出入場の度地形を変えてしまう。当然マッピングも無意味。
それどころか人間の自分だけでなく、妖精たちも盛大に迷っている。鱗粉を撒き散らしながら同じ場所を行ったり来たり、しまいには悲しそうにしょげかえり羽を畳む。
アマデウスの存在に気づいた彼らは、一転怯えて木の陰に身を隠す。「精霊王の器」が保有する資質と真逆の対応であるがこれは仕方ない。アマデウス体内に宿る呪いがそうさせているのだが、ファリャと出会って解呪の糸口が見えた。
ファリャに会うことで一気に解決する問題。先行きの明るい気持ちとは裏腹に足取りは重い。
(何度目なのじゃ、この道は。……さっきも通過したぞ)
特徴のない森のため、幹にマーキングを施して進んでいる。僅かな類似も見逃さず慎重に探索するも、いつの間にか同じ道を回っている。マーキングも修復され、混乱が混乱を生んだ。
挑戦者を迷わせるダンジョンは数多く存在する。大抵はダンジョン固有のギミックを解いたり、その地の管理者に案内してもらったりする。
アマデウスに唯一味方するはずの魔物は聖域から弾かれてしまう。よって正真正銘一人で踏破するしかないのだが。
道に迷うだけならまだいい。(……本当は良くないが)
最悪なのは、聖域内を迷路にしているだけでなく、時間の経過速度までも出鱈目に書き換えているところなのだ。
彼の森には見えない罠が張り巡らされている。歩いていたら大きなシャボン玉が体に当たった感覚、それと共に体が成長していた。
五歳の体が六歳に、また一つ割ると六歳が七歳に。もう一つ割ると、もう一つ上の年齢に。
大人の体になった時は自分の体格が誇らしく面映く思ったが、そんな気持ちはすぐになくなった。割れば割るほど年老いてゆく。なぜか加齢に伴う体力の衰えや苦痛はないが、一定年齢でブラックアウトしたので寿命で死んだのだと理解した。
そういう理由からこれで三度目の挑戦である。
(黙って待っておれ、とは言ったが……)
まるで解決口が見えない聖域。ため息が次から次へと溢れる。
嫁に逃げられ必死に追いかけてきた男のような気持ちになり、ますます気持ちが落ち込む。実際自分がしたことを振り返れば暴力どころか殺してしまったので反論の余地はない。
しかし、それでも。
「妾だとわかったら、門扉を開くのが待つ方の道理ではないのか。ファリャや」
恥ずかしげもなく彼の名前を呼び、叫び、赦しを乞う。
当然聖域はなんの反応も示さず、空々しくアマデウスの声を反響させるのみ。
しかしその瞬間、アマデウスの脇を何かが通過した。




