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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
124/153

18. 何かが欠けている日々

 

 それからまたしばらくして、サーシャの元にセルゲイから手紙が届いた。


 養成学校宛に届けられる手紙は、彼の人となりを模したように短気で簡潔。

 前世のように内容のない手紙ではなく、そこそこ意味のあることが書かれていた。無事にミーティ入りし敵の拠点を捜索しているということ、今の所被害はないことが短い文字数で綴られている。


 一通り読んで四つ折りに畳んで胸ポケットにしまう。それからゆったりと背中をソファーに預けると、時間差でお茶を持ったアマデウスが部屋に入ってきた。

 サーシャを見て柔らかに微笑み、隣のスペースに腰を落とす。一緒に背もたれに体重をかけ、二人の重心が加わった中心で肩と肩がぶつかった。恥ずかしそうに笑う彼はなんだか機嫌がいい。


 その様子を見ながらセルゲイの手紙に意識を戻し、内容を反芻する。

 斥候であるセルゲイたちが無事である理由、ハルハドに全く被害がない原因は隣にいるアマデウスにあるのだろう。


 彼の妹のエルーシュカによればマルグレット(現アマデウス)は強靭な戦士であると言った。そしてその恐ろしい実力はサーシャ自身目の当たりにしている。

 おそらく彼こそがハルハド軍を壊滅に追い込んだ張本人。表に出ず秘密裏に敵を殲滅し続け、何年にも渡り戦争を長引かせた。


 しかし現在彼はここにいる。逆に言えばミーティ方面は安全。



 魔術師学園地下に眠る古代遺跡にて、アマデウスは人並みはずれた戦力を示した。

 サーシャが知るこの何百年の間、彼ほど常軌を逸する戦力を持つものに出会ったことがない。

 ルートヴィヒも逸材に違いないが、あくまでも人間の枠内だ。アマデウスはむしろ神に近い。『器』とはかくいう存在なのかもしれない。


 サーシャの怪我が回復したのち、『修行』の名目で何度も地下迷宮に足を伸ばした。水中遺跡だけでなく、他のダンジョンの扉も開き、攻略に向けて鍛錬を続けた。

 鍛錬しているうちに気づいたのだが、自分が強くなるにつれ魔物側も強靭になる。つまりエンゲルベルトが築いたダンジョンは一定レベルではなく、攻略者のレベルに連動しているのだ。

 それはなぜか? 


「単なる暇つぶしであろう」


 天井を見上げながら思いにふけっていると、肩にアマデウスの頭が乗った。紅梅色の滑らかな長髪がサーシャの胸に流れ落ちる。

 砂が流れるように細やかな軌跡を描いて全ての毛先がサーシャの膝に集まる。動きが止まったところで目線だけアマデウスに向けた。


「暇つぶし?」

「ダンジョンのことを考えておるのだろう? 敵のレベルがこちらに連動している理由は、そもそもダンジョン攻略を目的に作られておらんのじゃろう。攻略だけならば赤子時に潜った方が容易い」

「…………」


 やや心当たりがあったので黙った。

 サーシャが六歳当時に潜った理由は、なんとなくそれを感じ取っていたからではないのか?

 無意識下にダンジョン特性を理解し、現時点で最適な時期に攻略を試みたのではないか? だからレベルを上げて潜り直すことを厭い、無理やり最下層の扉を開けたのでは?


「…………」


 だめだ。頭が混乱してきた。自分で自分のことがよく分からない。

 以前アクラが言ったように、サーシャには何かが欠けている気がする。

 アマデウスは無言でサーシャの顔を見た後、それ以上の説明を省略した。単純に面倒くさがっているのか、なんなのか。


「ところでファリャや。間も無く晩時じゃが、今日の当番はそなたぞ」

「そうだった。アマデウスは何か食べたいものある?」

「うむ……」


 サーシャを見て考え込むアマデウス。視線が左目に集中しているのを感じ、夕飯支度のため立ち上がった。

 現在サーシャはアマデウスと共に暮らしている。


 失恋したものの、友人として彼のそばにいるのはなかなか刺激的で楽しい。アマデウスも同じ気持ちのようで、彼も彼でサーシャを離したがらない。

 恋愛感情を抱いて接していた時よりも、どう言うわけか優しくなったし態度が甘い。

「黙って利用されておれ」という言葉の通り、なんらかの含みはあるのだろうが。愚鈍なサーシャには言葉の意味が全く分からないので表面上の友人関係を築いている。


 騎士団養成学校は実質休校状態となっている。

 市街にて流行病が蔓延し、不要な接触を控えるためだ。里帰りする生徒らも少なくなく、宿舎は閑散としている。

 ルートヴィヒとはしばらく会っていない。変わらず元気だとは思うが。


(イグニスは……)


 ルートヴィヒ以上に気になるのはイグニスだ。イグニスもイグニスで何故か姿を見せない。近くに気配は感じるので聖域に帰ったわけではなさそう。


 アクラは普段と違わず始終寝ている。サーシャとアマデウスの隣の寝室にて、優雅に一定リズムの呼吸を繰り返し睫毛を震わせる。無垢な寝顔は本当に年端もいかない子供のよう。


「ファリャ」

「…………」


 いつの間にかアマデウスが背後に立っていた。

 場所は変わり、調理部屋にて野菜の処理をしているところで彼がやってきた。少年の手が脇の下に潜り、サーシャの胸の部分で交差する。ちょうど抱きしめられている構図に野生児は眉を寄せる。

 少し背の高いアマデウスの頭がサーシャの顔のすぐ横に並ぶ。


「指を切っておるぞ。不器用か」

「このくらい大丈……」


 答えるより早く、アマデウスの口内に指が含まれる。

 驚いて離そうとするが、戦士である彼の腕は固く揺るがない。

 舐めると言うより、血を吸い上げる感触にサーシャは黙って成り行きを見守った。


 自分の利用価値が一体なんなのかは分からない。けれど、こういった行為も一部に含まれているのだろう。

 サーシャが怪我をするとアマデウスは決まって傷口を舐める。消毒とは確実に違った意味合いで。


 なぜならサーシャは見てしまったからだ。

 今は亡き右目を、アマデウスが口に含みそのまま飲み込んでしまったのを。

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