17. 友達として
次に目を覚ますと目の前に上半身裸の少年がいた。
彼の生まれは南国だ。こういう格好の方が落ち着くのだろう。
薄暗い宵闇の中、自分に覆いかぶさるアマデウス。もう正体を隠してはいない。服装や言葉遣いは女性だが、内面は異なるらしい。
優しく手のひらがひたいに触れ、そのまま指を髪の中に潜らせる。撫でるように往復したのち、もう片方の手がサーシャの唇に割り込んだ。
「ん?」
指で僅かに開口を促されその隙間に、甘い薬が落とされた。粉末状の薬は舌上で溶け始め、一滴一滴丁寧に水を注がれる。無理のない投薬で、自然とサーシャの喉が上下する。
全てを飲み終えると頭上で少年が軽く息を吐き出した。輪郭をなぞり、うなじに指を這わせ脈を測り、一旦部屋を出て行ったと思ったら氷嚢を手にして戻ってくる。
汗ばんだ体を拭き、熱くなった頭に布で包んだ氷嚢が乗せられた。
これは看病というものだ。
温かな感覚にじんわりと不思議な熱がともる。
実はサーシャは人並みの看病を受けたことがない。無駄に健康体であるゆえ風邪など引いたことがなく、少々の体調の悪さは寝て治す。
魔法で治さなくもないが、治癒魔法はあまり得意でない。あれは魔法の中でも種類が違う。随分頭を使わなければいけないような。
体の弱りを、こうして人の手の温もりを感じて癒す感覚。妙に照れるやら嬉しいやら。
「……起きたのか? ファリャ」
夜に紛れて溶けそうな声。
自分の頭を撫で、布ズレの音と共にベッドで乗り上げる。そのままサーシャと横になり、胸のあたりを叩いた。ゆっくりと一定リズムで叩かれ、また眠気が湧き上がってくる。
「もう少し寝ておれ。それとも痛くて寝れぬのか?」
「大丈夫だよ」
「頭の裂傷は大方治療しておる。傷が深かったゆえ少々跡が残ってしまったが……。わかるか? くっついておるじゃろ?」
滑らかに少年の指が頬を滑る。大きな凹凸を感じさせない経路は、本当に傷口をうまく塞いでしまったのだろう。
「魔法?」
「否。耳が裂けた時と同じように縫い合わせた。外科手術と投薬を併用しておるだけで、あとはそなたの回復力によるもの」
「…………」
「……それと、視界が悪かろう。片方の目は修復が追いつかなかったのじゃ。すまんのう」
申し訳なさそうに頭を落とす。片手で右目に触れると、なるほど。確かにあるはずの感覚がない。
「大丈夫。もう一個あるし。それに謝らないで。治療して助けてくれたのは君でしょ」
「…………」
「ところでアクラは? 帰ったの?」
左目だけで簡素な部屋を見回し、一緒にいたはずの神の姿を探す。
急な話題変更にアマデウスは困惑し、口元を震わせた。その様子を不思議に思いつつも彼の返答を待つ。
「水の神ならば隣の部屋で寝ておる」
「そう」
「……ファリャや。話を戻そう。妾のことが気にならぬか? 疑問も多かろう。責められて当然じゃ。聞いてくれれば可能な限り答えよう」
「え? えっと」
いつになく真剣な表情だ。
胸を叩いていた手は、いつしかサーシャの手を握り力を込める。
責められて当然のこと。
そうは言うが、元々は自分の落ち度だしあまり掘り返されても恥ずかしいだけだ。アマデウスを少女と勘違いし必死にアピールしていたなんて。
「アマデウスに悪いところなんてないよ」
「…………」
「俺が勝手に好きになって、勝手に失恋しただけだし。寧ろ気持ち悪かったよね、ごめんね」
「…………は?」
少年の口がぽかんと開く。
予想外の返答だったらしく、一時時が止まった気がした。しかし彼の頭の中で何らかの歯車が合わさり、その瞬間ぶわりと髪が逆立つ。
「……まさか。まさか、そなた、全く何も気付いておらぬのか?」
「え?」
「では名で契った意味も理解しておらぬのか? そなたが、周囲が、何が起きておるのか。承知で妾に手を貸しているのではなかったのか?」
「……え? なに?」
「ポンコツか。……そう言うことなら話は別じゃ」
「???」
彼の顔を見つめていると、彼も自分をじっと見ている。前髪の奥にあるはずの瞳は見えないのに、随分と熱がこもっているのがわかった。
「えーと? アマデウス?」
呼びかけると穏やかな笑みを漏らす。
「ならば妾は貝になろう。最後の時まで、二人で共に過ごそう。そなたが妾を好いたように、妾もそなたが好ましく思う」
「うん?」
「大切な友人として。永らくよろしう頼む」
一人で解決口を見つけてしまったアマデウスに、一人置いてけぼりのサーシャ。
自分が愚鈍なのは前提として、周囲の人々も説明が足りないと思う。遠回し表現は苦手なので、もっと直接的な伏線を引いて欲しい。
腑に落ちない顔をしていると、アマデウスはふわりと笑う。赤子を相手にするようにサーシャの頭を撫で、そのまま掛布の中に潜り込んできた。
近い距離で感じる彼の体温。
サーシャの体は子供である故、度々他人と床を共にするが、その中でもアマデウスは不思議な感覚だ。
ジワリと皮膚が溶けて交わる、奇妙な錯覚を覚えながら、サーシャは再び目を閉じた。




