15. ダンジョンデート
「わかるの?」
「『器』として魔力の在り処を感じる。地上におった頃は曖昧な感覚であったが、魔術陣の中に入れば明白じゃな。ずっと不思議であったのじゃ。広大な国内全土に安定して魔力を供給している仕組みが」
マルグレットは全方位を見回し、水面に続く水路を見下ろす。魔力の流れからダンジョンの入り口もわかっている。
「ここは、……ファリャが作ったのか? ダンジョンを包む空気がそなたに似ておる」
鋭い。
そう思いながらも首を振った。
「俺のご先祖さまが作ったんだよ。ここのダンジョンだけじゃなくて、他にも隠し通路があるんだ」
「非常に興味深い話じゃ。それはつまり、だいぶ俗世と認識に差異があるということ。妾も同様に思い違いをしておった」
「…………」
「遜色なく素晴らしい。……ホホホ、続きはダンジョンに潜りながら話そうぞ。腕が疼いていかん」
本当に嬉しそうに笑う。
彼女は周囲の廃墟へ視線を巡らせ、異常のないことを確認するとすぐに水面へと足をつけた。当然水中で呼吸はできない。水魔法をかけようとすると断られてしまった。
理由を聞く前に鼻で笑われる。
「そなた、『器』のくせに魔法をほとんど強化しておらんじゃろ。不安定なものに包まれる方が不安じゃ。それに、先も言うたが妾に気遣いは不要。ファリャよりずっと腕が立つということを証明しようぞ」
「でも」
「くどい」
一瞬サーシャへと顔を向けたマルグレットだが、すぐに正面へと態勢を変え……そのまま水面へと飛び込んだ。
音もなく吸い込まれるように姿を消し、慌てて後を追う。
地下へと続く朽ち果てた階段。足を進めるたび腐敗した所から崩れる。水力と悪路により無様に音を拡散させて、ようやく体全てを沈めた頃に、ようやくマルグレットの姿が見えてきた。
彼女はすでに一階層分低い階段をゆったりと降りている。水中というのが信じられない優雅さで、夢の中かとも思わせる。色鮮やかな髪が水の中でうねり、たゆたう。
「アマデウス、待って」
「そなたが早う参れ」
「魔物がいるんだよ。俺から離れたら危ない」
「はぁ……」
彼女から吐き出されたため息が音となって地面に落ちた。ため息だけでなく機嫌も同様に。
「都合が良いからと黙認しておったが、いい加減煩わしいのう」
「え?」
「何度も同じことを言わせるでない。良いから黙って見ておれ。過保護の煩わしさはそなたが一番よく知っておるはず」
目は前髪で隠され見えないのに、今明らかに睨まれた。
それでもまだ引き下がらず、自分の意を通そうものなら確実に嫌われる。もう会ってもらえないかもしれない。
そう思うと胸の奥がキュッと絞られ息苦しい。
束の間、少女はサーシャを見て動きを止めた。カバンのポケットを探ったが、目当てのものは見つからなかったらしい。先ほどとは違った種類のため息をつき、くるりと踵を返し、ダンジョンの奥へと足を進めた。
「ところで、ファリャはここに来たことがあるのじゃな? いつじゃ?」
水のうねりをかき分けながら歩みを進める。
アクラはずっと無言だ。こっちもこっちでマルグレットを監視するかのごとく睨んでいる。
「六歳の頃だったかな。友達と一緒に」
「ふむ。友達というのはそこの神のことか?」
「アクラじゃなくて。……えーと、当時は友達だったけど」
今は兄弟だよ、……と言いかけ飲み込む。話すと複雑になる。
以前共に行動したのは弟のルートヴィヒと、火の精霊神であるイグニスだ。しかしその経験には大きく時空の歪みが横たわる。
今世のルートヴィヒは地下ダンジョンのことを知らない。万が一にもマルグレットがルートヴィヒに話を漏らせば説明が面倒だ。
口ごもるサーシャに、少女は首を傾げる。
「当時は友達であったが、今は従者だと言いたいのか?」
「うん?」
「そなたの従者にリヒャルトという男がおるじゃろう。なかなか強者とみた」
「……だれ?」
サーシャに従者などいない。
自分ではなくルートヴィヒの従者にそのような名前の者がいた気がする。だいぶ前の世でサーシャの首を羽交い締めにした男のことではないか? 確かに従者にしては無駄に強い。
「ではセルゲイか。そなたの講師の」
「違うよ」
そういえば先日、彼から手紙が届いた。ミーティへ旅立って数日経ったが、今のところ元気そう。そもそもまだ現地入りはしておらず、危険は少ないのであろう。
「違うとするならば、アルノルトかヘルムートか、クロードあたりか。しかしそなたとの繋がりがわからん」
「全員知らない人なんだけど。……そもそもなんでそんなこと聞くの?」
「簡単なこと。ここに挑めるだけの力量を備えた人間が誰か知りたい。ファリャが六歳であったということは、友達は成人に近いか、あるいは大人であるはず」
「…………?」
「子供だけでここへ潜り、生還するなど不可能じゃ」
一瞬ギクリとした。何故ならサーシャはここでそのまま死んだのだから。しかし戻ろうと思えば戻れた。生還が不可能だなど、それほどの話ではない。
しかし反論を試みる一拍の間のうちに、急に肌が粟立った。
強制的に悪寒が全身を駆け抜け、防御姿勢に入る。奥深い水の底から迫る気配はいつもの魔物の比ではない。
マルグレットへ後ろに下がるよう告げると、本気で舌打ちされた。
魔物の姿が漆黒の闇の中から浮かび上がる。
それと同時にマルグレットの気配が大きく膨れた。




