14. 花祭り最終日
花祭り最終日は盛大なパレードが行われる。
一ヶ月以上費やした祭りの最終日程であるから、そこに掛けられる熱量も労力も計り知れない。
当然騎士団も王族の乗る神輿車の護衛として役割を課せられる。地上より二メートルほど高く据えられた台座に国王やその側近たちが搭乗する。
船形に花を形成し、船の内部では労働者層が手押し車を回す。かなりの荷重がかかるらしく、数十人単位で交代が必要らしい。
船の周りを騎士団が固め、有事に備えるのが恒例。通常は大人の仕事だが、生徒の自分たちにもその役割が回ってきたか。
そういえば先日ルートヴィヒ含め生徒の数名が、コング討伐の件で表彰されていた。自分は討伐に参加しなかったので対象外であったが、表彰をきっかけに討伐隊のほぼ全員がランクを上げている。
ランクが上がれば公務への参加が可能だ。学園の生徒はみなパレードの護衛という公務に就いているのだ。
「…………」
「…………」
長い時間をかけて結論を導き出す。
顔を上げるとマルグレットとアクラが互いを見つめあっているところであった。マルグレットは笑みを浮かべているが、アクラは露骨に威嚇している。
二人で会話をしつつ、少女が肩をすくめて話を打ち切った。ややも険悪な雰囲気ではあるが、アクラが他人に話しかけるのは珍しい。
やはりマルグレットは間違いなく『器』で、聖霊にとって有益なのだ。アクラが近くにいることで、彼女の水属性が大きく揺らいだから。
話を中断した二人はサーシャへと顔を向ける。
先に口を開いたのはマルグレットであった。
「祭りの中心部である王宮に人が集中しておるでな。騒がしくてかなわん。そんなわけで、ファリャの元に避難してきた次第じゃ」
「最終日は祭りのメインだもんね。市民全員押しかけていると思うよ」
「ならば他は手薄であろう。いつもデートが薬草採取では芸がない。偶にはそなたが好きなところに案内せい」
「……うーん」
デートコースが薬草採取なのは成り行きだ。デートと言う割に色めいた雰囲気は一切なく、ただの作業と言っても過言ではない。
しかしそうは言っても気の利いたデート場所など知るはずもなく、むしろ「好きな場所」の言葉にリンクしたのが最も色恋とはかけ離れた場所であるから、我ながら笑える。
「全然ロマンチックとかじゃないんだけどいいかな? 気になるところがあって」
「ふむ?」
「地下ダンジョンなんだけど。危険がないよう、ちゃんと君のことは守るから」
人が手薄になっているのであれば、行ってみたいのは当然魔術師学園。
幾重にも結界や防護魔術が施され、部外者が中に入るのが困難であったから。
前世からの引継ぎ課題である地下ダンジョンの謎にいい加減着手したい。地下迷宮への入り口は血族という制限が敷かれているが、自分と一緒ならばマルグレットも入場できる。現に無関係のイグニスも入れたから。
心配をよそに目の前の少女は、可笑しそうに息を漏らした。
「ホホホ。守るなどと、要らぬ世話じゃ。妾も『器』としてそれなりに腕が立つぞ」
「でも、アマデウスは女の子だし」
「……良い機会じゃから妾の力を見せようぞ。それで守るに値するのかそなたが判断せい。そもそも普段から守ってもらわんでも良かったのじゃ。むしろ不要な怪我人が増えた」
「…………」
不要な怪我人って自分のこと?
若干棘のある言いように面食らってしまう。反応が遅れたサーシャに、その反応すらも面白いと少女は笑みを深くした。
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所変わって、魔術師学園地下牢内部。
本当に驚くほど人がいない。大鐘楼には門番一人いるのみで、彼の目をかいくぐれば中はほぼ無人であった。常であれば前庭に一般人や学生が憩いの場を築いているのに、ちらほら清掃職員が動くのみ。
結界もあっさりと打破し、目的の地下牢まで最短ルートで向かうことができた。
アクラは始終無言で、マルグレットは興味深げにサーシャを見て後ろに着いてくる。
地上がああであるから地下は当然誰もいない。豪快に地下牢の壁を吹っ飛ばし魔術陣を出現させ呪文を唱える。
全ての古代文字を読み上げた瞬間、サーシャ達の体は奈落へと真っ逆さまに落ちた。
しまった。落ちることを事前に説明していない。
突然の事態にさぞ驚いているだろうと、マルグレットを見ると意外にも彼女の顔は平静を保っていた。いつも間にかサーシャの服を握っているが、その手には怯えも震えも現れていない。
やはり興味津々に周囲を見回すだけだ。説明をしようと口を開いたが、彼女の様子があまりにも弟と重なって見えたので黙ることにする。
マルグレットはルートヴィヒと同じ思考回路なのだ。
一つ見るだけで十の可能性を見出し、限りなく正解に近い答えを導き出す。今彼女は恐ろしいスピードで、自分の身に起きている事象を把握し、計算し、適応に努めているのだ。ならば学のない自分が横から邪魔はできない。
無言のまま落下すること数分、魔力の裂け目が見えてきたので正規ルートから外れて潜り込む。
マルグレットの視線が背中に刺さる。
大きな魔力に揉まれ、魂が揺さぶられそうになる感覚を味わって目を開けると、目の間には以前見た景色。
朽ち果てた水中ダンジョンだ。
「なるほど。理解した」
ようやく放たれたマルグレットの一声目。頭上から滴る水音と和音を奏でるような、不思議な響きだ。
「人口の魔力溜まりと言うべきか。ここから町全土に魔力が供給されておるのだな」
ほら、やっぱり説明はいらない。




