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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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8. 硬いベッド


 野営地に行くと担任が火を起こしていた。

 それを囲むように生徒たちがパーソナルスペースを作る。敷物を敷いて生徒たちは友人同士固まり、夕食の支度をしている。

 担任が各所に保存食を配り、生徒は楽しげに語らいながら食事をとる。


 野営地はまっさらな草原なので街灯が一切ない。明るいうちに出来ることはしよう、ということなのだろう。

 サーシャは自分の服の匂いを嗅いだ。一日中蒸れた密室で過ごしたので水浴びがしたい。見回せど泉はなかったので、望みは叶えられなさそうだ。しかし目の前をふらりと女性が横切る。


「あら、どうしたの? 何かお困り?」

「水浴びしたくて。近くに良いところないですか?」

「うふふ、着いていらっしゃい。手伝ってあげる」


 手を引かれて、少し歩くと今まで気づいていなかった一角に林が見えた。

 木の中を潜っていくと自分の影一つ分の小さな源泉を見つける。女性がサーシャの頭の上で円を描くように指を振った。


「わ、わ、ちょっと待って」


 何もない空中からシャワーが降り注ぐ。

 まだ服を脱いでいない。水滴でどんどん重くなる服をサーシャはあわてて脱いだ。


「石鹸使う? 髪は洗ってあげるわ」

「ありがと」


 されるがままに身を任せ、あっという間に身体中スッキリした。

 最後に風魔法で水滴を飛ばして、身支度を整える。全て終わった頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。


 その後少し寄り道をして、再度野営地に向かうと担任が難しい顔をして薪を睨みつけていた。


「サーシャ」


 サーシャに気付いた担任は眉間のシワを更に深くする。

 生徒たちは既に就寝中のようで静かな寝息が耳に優しい。


「どこに行っていた」

「近くを散歩してました」

「仮にも街の外だ。魔物も出る。勝手な行動はするな」

「すみません」


 一言謝って担任に近づく。揃って火にあたると、隣で大きなため息をつかれた。


「お前、本当に何も準備していないんだな」

「?」


 質問の意味がわからず首を傾げると、担任がサーシャの体を持ち上げる。

 軽々と運ばれた先は、あぐらをかいた担任の膝の上だ。厚手の毛布を引っ張り出して担任とサーシャを丸ごと包む。


「寝袋、持ってきてないだろう。これで我慢しろ」

「あ、すみません」


 夜になると冷えるので、確かにありがたい。

 見上げると、視線は合わずして「なんだ」と聞かれた。


「先生は寝ないんですか?」

「魔物が出ると行っただろう。見張りがいないとみな寝てる間に死ぬ」

「え」


 夜の闇の中、炎の紅で顔を染めながら担任は目を細めた。


「先生って大変なんですね。見張り、代わりましょうか」

「そこで魔物が怖い、とならないのがおかしい」


 呆れた担任がサーシャの額に手を当てる。

「いいから寝ろ」と毛布で顔を覆われる。硬い寝心地だ、などと思いながらとりあえず寝た。


 翌日もその翌日もそのまた翌日も移動で潰れる。

 変化しない草原の景色に生徒たちは馬車の中で完全に暇を持て余していた。喋る内容も尽きた。持ってきた教科書も疲労のため読むことができない。

 サーシャも死んだ目で膝を抱えて蹲っていた。


「疲れた」

「頑張れ、あと数日の我慢」


 十分に睡眠をとったルーナは他の面々に比べ明るい。それを恨めしげに見てサーシャはまた顔を腕の中に伏せた。


「寝不足?」

「ん、先生の腕の中硬いんだもん」

「仲良いね」


 連日くっついて寝ているのでルーナにからかわれた。単純に生徒を率いる教師としての責任を全うしているだけなので、サーシャはそれには応えない。


「大人になったらああなるのかな。姉さんたちみたいなの想像してたんだけど」

「その辺は個人差じゃない」

「ふわふわのベッドが恋しい」


 凝り固まった体を伸ばすとルーナの手が肩を揉んでくれた。優しい手つきがなんとも心地いい。


「そういえば先生ってまだ成人してないんだって。てことはまだ成長する?」

「知らない」


 興味なさげな返答をしながら揉みほぐす手が腰に伸びる。


「大人って不思議だな。あと数年したら俺もルーナもどんな感じになるんだろうね」

「サーシャは、僕にどうなって欲しいの?」

「ん〜?」


 揉んでいた手を外し、サーシャはルーナを正面からじっと見つめた。

 銀色の少年は神秘的で成長した姿がなかなか想像がつかない。輝きを放つ銀色の髪が床に渦を巻き、長い睫毛が馬車の振動によって震える。一枚の絵画を思わせる神聖さと美しさに微笑む。


「ルーナは神様になりそうだよね〜」

「…………」


 あっけらかんとした答えにルーナから力が抜けた。聞きたかったのはそう言うことじゃないらしい。けれど本心を晒す気はないようで、複雑げには唇を噛んだ。

 ニコニコと笑う呑気な子供にルーナは手を伸ばして、そのまま額を軽く叩く。


「サーシャはアホのまま育ちそうだよね」

 

 と言われ、アホは少しばかり悲しくなったのだった。

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