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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
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7. 花祭りへ

 

「おかえり〜」


 叙勲式に出席していた弟が帰ってきた。立て付けの悪い部屋の扉を開け出迎えると、彼は目を丸くした。

 一拍の間をおき、何故か安堵のため息をつく。


「いい子にして待っていたか?」

「してたしてた」

「うむ。ならいい」

「…………」


 兄に対する物言いでない。

 頭を撫でられ、そこはかとないむず痒さを感じつつも反論を控える。というのも、彼の様子がいつもと違っていたからだ。


 公式の場に出席すると疲れた顔で帰ってくるのはいつものこと。おそらく自分の下品と不徳をなじられ、神経をすり減らしているのだろう。

 原因を作って本当に申し訳ない。


 サーシャのベッドへ腰掛けたルートヴィヒは、重い瞼を擦り手招きをする。


「おいで。少し休もう」

「君のベッドの方が広いし休めるんじゃない?」

「私の部屋は何かと出入りが多い。数分でいいから貸してくれ」


 サーシャとルートヴィヒは別室だ。出自は一緒なので受講科目に差はないが、一方で日頃の成績の差は部屋割りに現れた。

 サーシャは四人同室、ルートヴィヒは個室だ。しかしルートヴィヒが言うように彼の部屋は騒がしい。


 プライベートを守られるはずの個室なのに、給仕、宅配、執務の確認、と無人である方が少ない。単純に騎士団憧れの的であるルートヴィヒにお近づきになりたいと言う彼らの手段である。

 意図を知りつつも無碍にできない優しき弟は何度目かのため息をついた。


「サーシャが私の部屋に来れば解決なのだが。ベッドは広いし十分二人で休めるぞ」

「俺を人よけに使わないで。一応嫌われてる自覚はあるんだからね」

「冗談だ。兄弟同室も不具合があるしな」

「なに?」

「女性を連れ込めないだろう?」

「…………」


 冗談なのか、なんなのか。含みのある笑いを唇に乗せてルートヴィヒは今度こそベッドに身を横たえた。「おいで」と、言っていたくせに真ん中で位置を取り、サーシャのスペースがない。


 薄く目を開き、自分の出方を見るルートヴィヒ。

 何年経っても弟の考えがよく分からない。出かける旨伝えて部屋を出ると、扉が閉まる瞬間小さくため息が聞こえた。




 辺りはすっかり日が沈んでいる。


 普段であれば飲食店の行灯が灯るくらいのゆったりとした時間帯なのだが、人の波が絶えない。

 先日から始まった花祭りは年間行事の中でも規模が桁違い。約一ヶ月をかけて神の誕生をあらゆる形で祝う。それに付随して国王へも献上品が集まる。


 ハルハド信仰では王は神の子孫であると考えられている。

 昔々、荒れ果てたこの大地に、翡翠色の鳥を従えて神が降り立った。彼は神の御技によって恵みをもたらし、生命が根付く土台を作る。その後、自らの子を残し別の地へと旅立ったとされる。残された子が今の王族の直系血族。


 したがって、神を敬うのならば王も同様に讃えよ、という教えである。教科書で何度も読んだ、よくある話。


 祭りの広場に近づくにつれ賑わいが増す。

 街のあらゆるところに松明が焚かれ、昼間のように明るい。頭上からずっと降っている花びらが石灰の道に積もってゆく。

 時折風が吹き、道のところどころ花びらによる吹き溜まりが見受けられた。


 花雨のカラクリは魔術による放射装置だ。空中にいくつも浮かび、プロペラを回転させてタンクの中の花を放出させている。無論タンクの中の花は無尽蔵でないので定期的に補充が必要だ。

 サーシャも魔術師学園在籍時代はこの手の手伝いをしたことがある。一日拘束であるのに報酬はなかった。


 頭の花びらを一つ掴むと、隣から手が伸びる。


「こちらにもついてますよ。サーシャ様」

「ん」


 パタパタと髪の中で鳥が羽ばたいた。そんな誤認を抱くほど、アクラの手つきは優しい。

 首を振って全てを払うと、一人は柔らかく息を漏らし、もう一人は忌々しそうに舌打ちをする。


「うざー。このヒラヒラ、ずっと落ちてくんじゃん。視界が悪いってか、ずっと揺れてるみたいで気持ちわる」

(イグニス)は情緒がありませんね。なかなかロマンチックではありませんか。ねえ?」


 自分を同時に振り返り、一方だけがにっこりと笑う。


 確かに綺麗は綺麗だけど掃除がアホみたいに大変だ。清掃業務(無償)も経験があるので、素直に楽しめない。サーシャも情緒がない。出来るのなら、溜まったところから燃やしてほしい。


 花のシャワーを受けながらようやく広場に到着。

 円状に飲食物や宝飾品の屋台が並び、視覚的にも楽しい。

 円の中心は一段高く設計されたステージだ。毎年の目玉となっているサーカスが壇上にて催される。すでに演目は始まっていて、歓声が上がるたび人の波が揺れる。

 まだ円の外側にいる自分たちからはよく見えない。


「んー、ここからじゃ見えないねー」


 今から人の間をすり抜けるのは難しそう。風魔法で浮遊すれば行けなくもないが、あまり目立ちたくない。


 自分が粗相を犯せば犯すほど、ルートヴィヒに直撃するのを知ってしまったから。今日は格段に疲れていたし、多少配慮が必要であろう。


 意図を察したらしいアクラとイグニスが自分を見下ろす。各々考えていることは違っているのが丸わかり。そわそわと足をするイグニスに声をかける。


「興味あるんなら、見てきたら? イグニスは姿消してるんでしょ?」

「や、別に興味なんてねえけど」

「いいよ。君がこういうの好きなの知ってるから。俺たちはこの辺でブラブラして待ってるから」

「……じゃあ。ちょっとだけ」


 言うが早いか、男は炎の軌跡を残して飛んでいく。イグニスの好奇心はなんだかんだ言って人に傾く。

 空中から炎が溶けてなくなったのを確認し踵を返す。その途端隣から手を握られた。周囲の人々が残念そうに息を吐いたので、アクラは存在を明らかにしているのだと再確認。


「手、繋がなくてもよくない?」

「必要不可欠ですよ。私一人に見られますと何かと煩わしいので。子持ちということにすれば平和です」

「……もっといい方法があるような」


 構図が親離れできない子供の図なのでどうにも恥ずかしい。二人であれば別に気にならない接触も、人の目があり、男同士、まして心は老人同士なので、非常にむず痒い。


「ふふふ。邪魔者も消えましたし、ゆっくりデートしましょうね」

「酷い例えー。……アクラって外見大人っぽいのに、中身はイグニスより子供だよね」


 怒られるかな? それともショックを受けるかな?


 するっと口から出てきた発言に、眉を寄せ自問自答する。イグニスは嫉妬深く、愛情表現がおかしいところがあるが、アクラはそれを上回る時がある。

 過保護に括られない行動は、しばし自分を縛り付けているような。


 けれどアクラは怒るでもなく、さも当然に首を傾げた。さらりと長髪が肩から流れ落ちる。

 唇を僅かに緩ませて、紡がれる言葉はサーシャにとって意外なものであった。


「まあ、そうですよね。三人の中では、私が一番若いですし」

「へ?」


 それはつまり、アクラは神の起源を知っているということ?

 続く問いが喉の奥から溢れ出す。

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