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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
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6. 叙勲式

 

 並々ならぬ功績を残したものに与えられる栄誉。誰しも、人生のうち一度は夢見る誉の場。

 それが王族による叙勲式だ。


 艶やかな翡翠色の絨毯。晴れ渡った空を思わせるハルハド国旗。布の中央には国の象徴である国鳥が描かれている。

 四角く切り取られた大きな窓の連結部に、等間隔に旗が飾られている。風が吹けば涼しげに揺れ、図面上の鳥が三角旗の中で舞い踊る。

 天井には所狭しと絵画が埋め尽くす。全て王族をモデルにした人物画で、ある種の装飾でもって美化されている。……煤けた一枚を除いて。


 青で基調された廊下を通り抜けて、ルートヴィヒは巨大な広間へ向かう。賑わう人々は皆、騎士団の学徒である天才を振り返り甘いため息をついた。

 彼らに微笑みを返しながら、ルートヴィヒは広間の中央、既に到着していた騎士団の仲間と合流する。


「騎士団長殿。ただ今到着いたしました」

「うむ、リリエンタールの次男だな。此度はよくやった。騎士団を統括する者として、貴殿を誇りに思うぞ」

「恐縮でございます」


 王立騎士団団長、エヴァリストは綺麗に切り揃えた顎髭を撫でる。

 男が言っているのは先日のコング討伐の件である。数十体のコングを、生徒一人犠牲を出さずに無傷で討伐してみせた。


 何かと不安の種である兄。危機管理の為に行った実戦が、思わぬところで花が咲いた。

 光栄であるのは間違いないが、正直早く帰りたい。兄は現在寮で休んでいる。目を離すと何をしでかすかわからない。

 精霊神は一緒であろうが、彼らは結局サーシャの言いなり。防波堤にはなり得ない。


 ルートヴィヒに代わって騎士団長が授与を受ける。大の男の目が少年を見た後、あちこちに泳いだ。


「当然兄の方、……アレックスは連れてこなかっただろうな。アレがいると我々の品位が落ちる」

「…………」

「大体どうして兄弟のくせにこうも違うのか。アレはどうも貴族の品格というものが皆無だ」

「ご安心を。サ……、アレックスは公務の場に相応しくありませんゆえ」

「なら良い」


 サーシャには二つ名があり、周囲にはアレックスと呼ばれている。単純に読み方の違いだ。サーシャは気づいていないようだが。


 兄の生い立ちは非常に特異であり、貴族社会においてかなり浮いた存在である。

 黙っていれば麗しい見目も、粗暴な性分ゆえ全て台無し。大幅に減点対象、更に言えば爪弾き者と言っていい。


 サーシャにとって味方はリリエンタールの家族くらいなもので、弟ながらに同情する。

 嫌がらせも多々あり、靴紐に針が仕込んであった時は心が凍えた。自分がサーシャの私物に触るようになってからその類の嫌がらせは減ったが。しかし自分の見ていないところではいつも傷だらけだ。


「…………」


 知らずに重いため息が漏れていた。

 エヴァリストは少年を見下ろし苦笑する。


「心中察する。あのような者が身内だなどおぞましいな。もう、数年で成人だろう。それを機にさっさと戦場へ放ってしまえ」

「…………」

「いや。成人を待たずとも、時期は早いやもしれん。コング討伐の誉を上手く使えば……」


 男の口は滑らかに「秘密裏に殺せ」と言い放つ。言葉を言葉で重ねる度気持ちは萎えていく。


 何故、どうして、皆彼を嫌悪の対象と見るのか。

 サーシャが最もハルハドに貢献していると、エヴァリストの世代であれば当然知っているはず。彼が赤子の際、その身を国に捧げたのを忘れたのか。


 母の腹から取り出され、そのまま他国へ譲渡された。生死を問わない雑な扱いで保護なく放り出され、その後の消息はずっと知れなかった。

 しかし一方で、この件について箝口令が敷かれていることを知っている。

 当時の重鎮は口を割らず、記録も消され、必死に調べて掴んだリリエンタールの歴史であった。


 そもそもの話で言えば兄に向く嫌悪の根本は、リリエンタールの咎にある。元は同じ王族であったのに、過去の過ちが原因で名ばかり貴族に位を落とされた。

 王宮回廊にある煤けた絵画もその証。五代前までは同じ円卓を囲んでいた親族だったが、事件をきっかけに城から追放された。発言権も参政権もない。完全なる国家の犬となり、時期と共に禊を果たす。そういう約束であった。


 解放はもう目前。両親の代でようやく綺麗な体となる。


 だからこそ母親は、命じられるままに胎内の子を王に捧げた。次に生まれる弟には兄の分も幸せがやってくると信じて。

 両親ともに貼り付けたような笑顔で自分を育て、血の涙を飲み続けた。しかし、ある日突然サーシャが帰宅し、彼らの感情の蓋が開いた。仮面を被った美しい笑顔ではなく、全てが本気の感情。その波は弟の自分にも直撃した。


 何をしても、どんな粗相を犯しても、破天荒な決断をしても全て肯定されてしまう甘やかしっぷり。今までと正反対の子育て方針に、一番ルートヴィヒが戸惑った。


(……早く帰りたい)


 サーシャのことを考えていたら、また不安が押し寄せてきた。神だけでなく両親もバカがつくイエスマンなのだ。サーシャが決断したことは、危険の有無など関係なく尊重されてしまう。

 以前、サーシャがミーティへと徴兵された際も鉄壁なまでに肯定者であった。自分がいくら説得しても、彼の名前に頬を緩めて頷くだけ。


(…………?)


 ヘラヘラとした笑顔の兄。

 手を降って薄情に去っていく後ろ姿。あまりにも鮮やかに思い起こされる光景にルートヴィヒは眉を寄せる。


(……これはいつの記憶だ?)


 記憶のサーシャは今より大きいし、何より自分たちに召集命令などない。兵隊としてミーティに行ったことも一度もない。


 首を振って、得体の知れない違和感と眉間の皺を親指で伸ばす。突然拍手が上がった。

 ぼんやりしている間に、団長が名誉勲章を授与している。倣って手を叩くと、日の光が男の頭上に降り注ぐ。天までも祝福している光景に、目の中が熱くなってきた。

 形ばかりとは言え、自分にも愛国心なるものが存在するらしい。


 急に湧いてきた感動に胸の高まりは止まらない。

 ルートヴィヒの両手は無意識に音を鳴らし続けた。

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