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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
111/153

5. 20歳のセルゲイ

 

「ハッピーバースデー! 先生!」


 セルゲイが宿舎へ帰ってきた。扉が開いた瞬間に一斉に灯を灯し、花を撒く。より華やかに見えるよう風を吹かせてみた。

 このくらいの魔法は使用してもいいだろう。戦闘に関係ないし、ノーカンノーカン。


「…………」


 色とりどりの花弁を頭から被り、鮮やかに彩られた輪郭と対照的に、彼の顔は無表情。何の色も乗ってない。むしろ少しずつ怒ってきているような。

 怒気を孕んだため息を一つ吐き、「アレックス」、と野生児の名前を呼んだ。


「何の真似だ、これは」

「誕生日のお祝いです。二十歳ですね、先生。おめでとうございます」

「……ッ! 無駄に本気で気配を消して潜むな! 何もない暗闇から突然現れるな! 咄嗟に斬りかかってしまうだろうが!」

「あはは」


 実際に剣の鞘に手をかけている。セルゲイがやろうと思えば、瞬き一つの間に真っ二つになるだろう。

 ヘラヘラ笑いながらも、その可能性に遅れて思い至り、背中に冷たい汗が滲んだ。セルゲイも変な汗をかいたらしく、額を拭っている。


 呼吸を整え、サーシャの肩を押し部屋へと入ってくる。薄手のローブを洋服掛けに掛けると、暗所から瓶を出しサーシャへと手渡す。

 因みに驚かせた咎はあったが、無断侵入は責められない。というのも以前から合鍵を渡されていたので出入りは自由。気まぐれの訪問は別に珍しいことではない。


 セルゲイは簡素な木製のダイニングチェアへ腰掛けると一気に酒を仰ぐ。太い喉が上下するのを見て、サーシャも瓶に口をつける。

 ……思った通り、自分のはただのジュースだ。


「お前一人か? 要件は?」


 値踏みをする様に強面の瞳で睨まれ、ヘラリと笑う。


「だから、誕生日……」

「誕生日は三ヶ月前だ。随分のんびりした祝いだな?」

「ご成人おめでとうございます」

「二年前の話だな。……なんだ? 弟と喧嘩でもしたか? 泊めて欲しいというのなら、さっさとそう言え」


 ハルハドは十八歳で成人を迎える。

 祝辞の大幅遅延に頭を下げると、苛立ちのため息を返された。彼は短気だ。


 ルートヴィヒとの喧嘩はなくはないが、実際あまり大事にならない。一方的に向こうが怒り、一晩寝ると何故怒られたのかサーシャが忘れる。そして怒っていた側が諦めて黙る、というのがいつものパターン。


 そうではなく、本当に誕生日祝いと言ったらいけないだろうか。

 先程思い出したので、早速祝いに来た。ご馳走だって用意した。ケーキも作った。ダイニングテーブルに所狭しと並んでいるのに華麗にスルーされている。


 何故なら、二十歳のセルゲイは極めて珍しい。


「先生の顔が見たくて、というのは理由になりませんか?」

「…………」


 ……直球すぎる言葉に黙った。

 反応に困ったらしい。怒りと困惑を絶妙に混ぜ込んだ不思議な顔をして、奇妙な間がセルゲイの部屋を満たす。

 自分で言ったくせに、なんだか気持ちの悪い意味に聞こえる。サーシャも眉を寄せて意味を整理し、言い直しを考える。


 と言うのも、常の世であればセルゲイは成人してすぐ、魔術師部隊に召集されていた。そのまま国に帰らず、ミーティの地にて戦死。確か二十五歳の話だ。

 それ故にこの年の彼の姿は目新しい。

 何故、未来が変わったかと言えば、サーシャとの関係性によるもの。リリエンタール家の嫡男が懇意にしている男、その立場に忖度でも働いたか。


 セルゲイがため息をつく。

 自分の周りの人物はやたらため息が多いような。


 一転気を取り直した指南役は、やっとテーブルの上のご馳走に手をつけた。大きな口で骨つき肉に齧り付いて咀嚼する。


「まあいい。俺もアレックスに会いに行こうと思っていた」

「俺に? 訓練ですか?」

「違う。召集令状が出たからな。急な話だが、明日戦地へ出立する」

「…………」

「しばらくは帰らない。まあ、元気でやれよ」


 考えていた矢先にそれか。


 いや、もっと早くに気付いていたら、自分の行動の幅も変わったはず。ずっと忘れていたから対応が後手になるのはいつものこと。


 ……違うな。考えようによっては、これは朗報なのでは?


 隠し事が下手な自分が、不自然な態度でルートヴィヒを欺けるとは思えない。今日直前に知って、手早く身支度を整えるのが正解なのでは? それはつまり。


「そうなんですね。ちょうど良かった。俺も連れてってください」

「…………」


 ニコリと笑うと、ニ度目の沈黙。

 男は呆気に取られ、しかし口の端をぴくりと歪める。眉間を抑えて睨む眼光が鋭い。


「何が『ちょうど良かった』、だ。弟と離れたい理由に、体良く俺を使うな」

「あはは。バレバレですかね〜」

「安直な。そんなその場凌ぎな案であの弟を出し抜けると思うな。第一、街を抜ける前に俺が殺される」

「そうならないように援護しますよ?」

「……お前、本当に意味を理解して話しているのか?」


 あ、やばい。

 どんどんセルゲイの機嫌が下降していく。(三ヶ月遅れの)誕生日だと言うのに、祝いのセットを前にする顔じゃない。

 このまま引き下がらず話せば、ご馳走ごとテーブルを割られそうだ。


 ルートヴィヒの過保護癖はセルゲイにとっても厄介なものらしい。もしくは面倒な貴族を敵に回したくないとでも思ったか。


 サーシャとしては、実際の動機は違うところにあった。過保護な弟を煩わしく思う気持ちはあれど、積極的に離れたいわけではない。それなりに可愛いとすら思っている。


 そうではなく、このままセルゲイを行かせれば、もう彼は帰ってこないのだ。何百年も生きているのに、ミーティ戦は謎が多い。

 どうやって死ぬのか、どうやったら回避できるのか、どんな方法でかの国の人と交流できるのか。


 以前、サーシャはミーティにいたことがあるはず。何故かうまく思い出せないが、間違いない事実。

 何故なら、どの世においてもミーティの言語を理解しているのだから。ハルハドでは言語統制が敷かれ、習うはずのない言語を。


 互いに黙り込む時間がしばらく流れ、先に口を開いたのはセルゲイのほうだった。誤魔化すような咳払いを一つして、次のご馳走を口に運ぶ。


「まあ、あまり心配するな。手紙は書いてやるから」

「……手紙」


 少し誤解しているな、と思いながらも言葉を反芻する。セルゲイも自分を子供扱いしている。寂しさを訴えたわけではないのだが。

 しかし、今の背格好を思えば仕方のない扱いなのかもしれない。


「手紙、嬉しいですけど、お返事先に言っても良いですか?」

「うん?」

「『俺は元気です。変わりはないです』、……なので、書く内容は他の話題にしてくださいね」

「……はあ?」


 セルゲイは解せずに眉を顰める。

 サーシャもサーシャで毎回似たような手紙は要らなかった。

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