4. 実戦
今日は騎士見習いとして初の実戦である。
ハルハド近郊で猿型のモンスター、コングが頻繁に出現し、人々の往来に影響が出ているという。
田畑は荒らされ、家畜は奪われ、食料供給の弊害が無視できず、ようやく自分たち学生に駆除要請が降りてきたのだ。
皆々生徒たちは馬に跨り、戦場へと駆けていく。しかしサーシャは徒歩である。
悲しいかな、野生児なのが厭われ供給されなかった、それだけ。
かけ足で目的地に急ぐサーシャの真横にイグニスが並ぶ。
アクラは例の如く爆睡中のため置いてきた。
「あん? ルートヴィヒも先に行ったのか?」
「うん。模範生だからね。先頭を切ってたよ」
「てか、サーシャに怪我させたくねえんだろ。カホゴー」
「えー。そういう気遣いだったの?」
自分たちが着く前に魔物を一掃するつもりらしい。アクラに続き、ルートヴィヒも相当過保護なので正直むず痒い。
弟の進路は元々魔術師学園だったのだが、サーシャが騎士団入りすると言った途端髪をバッサリ切った。魔術を貯める上で重要な髪を惜しげも無く捨て、自ら切ったくせに不可抗力であるように笑う。『術師としての資格が損なわれた。私も騎士団に入る』、と。
「ルートヴィヒって俺のこと全然信用してないよね」
「ああ?」
「危ないと思うと絶対同行してくるし、それか先回りして解決しちゃう」
「……あー」
僅かに拗ねてみせるとイグニスの視線が虚空に向けられた。
「こう見えて人生経験は豊富なんだよ」
「まー、オレの意見としてもルートヴィヒ寄りだな。クソガキの言い分は詭弁に聞こえる」
「え? 何で?」
「……うまく言えねえけど、てめえってすぐ裏切りそう。目を離すとあっさり死んでそうだし」
「…………?」
「や、嘘。ふつーに感覚的な問題かも。つか、単純に心配かけるようなことしなきゃいいじゃん。ウダウダ言ってないで俺らとずっといろよ。それでいいだろ」
「えー」
イグニスまで過保護思想だとは知らなかった。性格上すこぶる似合わない。
微妙に生緩く、こちらを探るような目で見られ居心地が悪い。
その視線から逃げるようにサーシャは先を急いだ。
コングがいるのは北正門側である。
北北西には都市の象徴である王宮がある。中心部には魔術師学園があるので、その学園を見下ろすように北部に王宮が建てられた。また、王宮は礼拝堂と隣接しており、ハルハド信仰に熱心な市民により年中人でごった返している。
礼拝者の人の波に身を滑り込ませ、イグニスは眉を寄せる。
「すっげー人」
「今日は花祭りの初日だからね。神様の誕生を祝うんだって」
「……ハーン」
「国王様も参加されるから騎士団の半数以上は王宮配置なんだ。猿退治は下っ端の仕事。……あ」
サーシャの視界を鮮やかな紅梅色が掠める。「エルーシュカ」と、言いかけて首を振る。時系列的にエルーシュカは産まれていない。それに冷戦下である両国間で行き来など出来るはずもない。
急ぐ足を急に止めたので、紅蓮の青年が少年の顔を覗き込む。不思議そうな顔で問われたが、曖昧に笑って誤魔化した。
やっと目的地が見えてきた。
真っ直ぐ向かってきたはずなのに、意外にも時間がかかってしまった。
今世は自分ルールを敷いている為、何かと不便が多い。『人間生活において魔法の使用を禁ずる』なんて、我ながらバカ。
しかし、こうでもしないと魔法に頼りきりで剣の腕を磨けないと思ったのだ。不器用極まりないが、一般人は魔法など使わないのだから土俵としては同じだ。
北正門をくぐって周辺を見ると、目に飛び込んできた景色に拍子抜けしてしまう。
静かすぎるのだ。怒号も剣を弾く金属音も、馬のいななきも何も聞こえない。そもそも殺気すら感じず、人の気配も何もない。
場所を誤ったかと思ったが、今自分が踏み越えてきたのはモンスター除けの規制線だ。
「もう終わっちゃったのかな? 遅すぎた?」
振り返ってイグニスを仰ぐと、彼も不思議そうに首を傾げている。
「馬の足と人の足じゃあなあ……。でも、なんか変じゃね?」
「ん」
二人同時に違和感を感じ、念のため周囲を駆けるが目当てのものが見つからない。
完全な静かさに包まれた実戦場で困っていると、不意に茂みが揺れた。
烏羽色の短髪が太陽にきらめく。サーシャを見て、高貴な美少年が緩やかに目を細めた。
自分たちより早く戦場に着いたルートヴィヒが全て片付けてしまったのだろう。先も述べたが弟はすこぶる過保護だ。靴の紐すら結ばれた時は、居た堪れなくなるほど。
形の良い唇に笑みを乗せて、ルートヴィヒが自分の方に足を進める。
「サーシャ。早かったな」
「全然早くないよ。ていうか、他のみんなは? それにコングは?」
「すでに解散した。コングは斃して埋めた」
「うそー。そっちのが早すぎない?」
「ふふふ」
詰め寄ってみたが、軽くあしらわれてしまう。
一目でいいから実物を見たかったし、自分の現在の実力を測りたかった。
過剰なまでの過保護な弟を出し抜く方法。本気で考えなくてはいけないのかも。
「一応言っとくけど、俺、多分ルートヴィヒより強いよ?」
「笑わせる。実技演習で私に勝ったことなどないくせに」
「あんなお利口ルールが敷かれた実技で勝敗を決めないで。実戦で魔物が名乗る? 一撃ずつ交代で攻撃を交える? 現実的じゃない」
「それでも勝ちは勝ちだ。強者として、弱者のサーシャを守らねばな」
「……バカじゃん?」
何のために騎士団の鍛錬をしているのかわからない。
ルートヴィヒが口笛を吹くと、同じく茂みから白馬が現れる。軽々と鎧を踏んで馬の上へ飛び乗った。
「おいで、帰ろう。帰りは乗せてやる」
「何、その構図。王子様みたい。……俺、何のためにここまで来たの?」
「マラソン」
差し出される手を渋々握り、グイッと体が持ち上がる。サーシャと同じくらいの体格なのに、力強い。
二人乗りは慣れておらず、気を抜くと落ちそう。弟の腰に腕を回すと、嬉しそうに優等生が笑った。
歯痒い気持ちになりながら彼の背中に頭をぶつけた。




