7. 合宿
先日の報酬で無事に物品を揃えたサーシャは意気揚々と教室に入った。
新品の箒を壁に立てかけ、教科書をロッカーにしまう。フラスコやビーカー等の実験用具はクラス共用の薬品棚へと運んだ。
杖はどこかな?
キョロキョロと教室中を見回すがしまっていそうな場所がない。
実際は杖は魔術師の証明となるので各人肌身離さず持ち歩いているのだが、そんなことを知る由も無いサーシャは無造作にポイっとロッカーに放った。
三名がけの横長の学習机が並んだ教室、その最後尾にサーシャは座る。そこが自分の定位置だ。
三名がけと言ってもサーシャと同席する生徒はいないのでいつも広々と使えて快適。
怪鳥の羽で布団を作った時もテーブル一面伸ばせたので、全体像がよくわかり刺繍も捗った。沢山拾って来たため自分とルーナの布団分だけでなく、他のクラスメイトにも幾らか分けてあげられた程だ。
森の生活が長かった分、街での生活は娯楽が溢れていてやはり楽しい。お金さえあればなんでも揃えられるし次は何を作ろう。
それにしても今日はとても静かだな。
図書館で借りて来た本を広げ、読書を進める。
話し声や物音が一切ないのだ。やや目線をあげると教室に誰もいないのが見えた。
みんな今日は寝坊かな
首を傾げて、読書に意識を戻すと突然教室の扉が開いた。
「何をしている」
この硬い声色は担任だ。
物事にきっちりしていて、言葉遣いが厳しく、更に強面な担任だが実は意外と面倒見が良い。
入園初日も担いでくれたし、文句を言いながらも何かと世話を焼いてくれた。
「読書です」
ことも無げにそう述べると担任は大きく肩で息を吐いた。そして黒板を親指で示す。『合宿』の二文字がデカイ。
「校庭に集合だと昨日何度も言っただろう、お前以外は全員揃ってるんだぞ」
「ガッシュクってなんでしたっけ」
首を傾げると担任の額に青筋が浮かぶ。
「年間予定にも、先週配った月間予定にも、更には昨日も言っている。自分に合う属性の精霊を捕まえに遠征に向かうと。Fクラスは一月ほどかかるから入念に準備をしろと何度も何度も何度も言っていたはずだが」
言いながら担任の口元がピクピク震え始めたのでよほど怒っているのだと知れた。頭を下げ、担任と共に教室を出る。
待たせているのならば急がなければ。
園庭に出ると、やはりとも言うべきか、Aクラスは既に出発していた。上位クラスは飛空挺で飛び、数日で目的を果たし帰ってくる。下位クラスはのんびり馬車で一月かけるのに。
その中でも専用車を使うD、Eはまだ良い。
Fは園門から一般客と乗り合い馬車で向かい、何度も乗り継ぎを行うのだ。そのためかなりの気力と体力が必要だ。近くでFクラスの生徒がぼやくのが聞こえた。
園門まで担任に引きづられ、ぽいっと馬車の中に放られる。
自分が一番最後だったようで密集する空間の中強引に後ろを振り向くと、ごく自然な顔をしてルーナが乗り込んでくる。
「うわ、狭っ」
盛大に顰めた顔と目があうと、何も言わずグイグイと馬車の隅へと体を寄せてくれた。
「何これ、最悪」
「息できないねー」
サーシャを壁側に、ルーナが両手で壁を突き態勢を保つ。しかし子供の体は群衆に簡単に押しつぶされた。ぎゅっと体が密着し、サーシャの肩口にルーナの顔が置かれる。呼吸の逃げ口を探しているようだ。
近くの生徒も同様の思いで、「人権が……」「いくら格差あるからってここまでする?」とごもっともな文句を垂れる。
「出発するぞ」
御者の隣に座った担任の声を合図に馬車が大きく揺れる。足元がふらつき、ルーナに支えられた。
「ていうか、勝手にどっか行かないでくれる? 吃驚するんだけど」
担任に負けず劣らず責任感の強いルーナは姉との約束を違えることはない。素直にごめんと謝った。
「俺も聞いてなくて。あ、いや、何度も説明があったらしいんだけど頭に入ってなくて」
「まあ、そうだろうね。想像はつく」
ルーナが呆れた声を漏らす。サーシャが間抜けなのはいつものことだ。
「で、今度は何なの」
「契約する精霊を捕まえるんだって。この前属性検査したでしょ。それを元に」
「は?」
言い終わる前にルーナが顔を歪める。わからなかったか、と言葉を続けた。
「精霊と契約しないことには魔術が安定して使えないから」
「…………」
「精霊の住む森に行って、自分に合う精霊と契約を交わすんだよ。俺にも合う聖霊いるかな?」
「……うるさい」
未知の聖霊にやや心躍らせていたサーシャだが、機嫌を急降下させるルーナを不思議そうに見た。
気分屋のルーナだが、ここまではっきりと不機嫌を示すのは珍しい。
「ムカつく」
「あ、ルーナも精霊探ししたい? 一緒しよ」
「だから、うるさいってば」
不機嫌を露わに、ルーナの腕が腰に回る。苛つきを伝えるそれはかなり力が強い。
「絶対契約とかやめてよね」
「え? いいけど」
楽しみにしているのは本当だが、ルーナが嫌がることはしたくない。あっさりと告げられた肯定に、今度は逆に拍子抜けしたようなルーナの視線がぶつかる。
興味はあるが執着しないサーシャの姿勢に、安心と若干の不安を覚えながら、ルーナは落ち着けるように再度サーシャの肩口に顔を埋めた。
「だって俺の属性わかってないしね」
属性検査が不発に終わったので、そもそもどの属性と相性がいいのか不明なのだ。サーシャの言葉に馬車にいる生徒の頭が揺れた。
そう。肝心の属性検査に於いて、途中で砂時計が壊れたのでサーシャ以降の生徒は未だ自分の資質が不明なままなのだ。
検査ができていない生徒は相性の良し悪しもわからず、博打で属性を選んで契約を結ぶのだから空恐ろしい。
自分にとって重大な選択なのだが、悲しくも学園からすれば瑣末なことだ。Fクラスの多くは各属性1〜4に分布し、一方でAクラスは50の数値を出しているのだからFクラスの悩みなど誤差の範疇なのだ。
一同悲しい気持ちになりながら、馬車はどんどん進んで行った。
夕方になり馬車は一旦止まる。
道中、一般客が降りて行ったので、生徒たちは座るスペースを確保することができた。幾分楽になった、気がする。
今日はここまで、と馬車から降りて生徒たちは宿泊の準備に入る。
なんと、野宿である。
言うまでもなくAクラスが高級宿泊施設なのに対し、Fクラスは各自持ち寄った寝袋を野原に敷いて寝るのだ。
「人権団体が黙っちゃいないぞ……」悔し紛れに生徒が呟くが、悲しい格差社会の中で戯言を耳に入れるものはいない。
サーシャとルーナは完全に死んだ目であたりを見回した。一日の馬車の移動がこれほどまでに疲れるとは。
「僕、宿舎に帰る。サーシャの作ったベッドの方がいい」
「だよね」
「一緒帰ろ」
「いや、みんな我慢しているのに俺だけ楽するわけには」
意外にもサーシャは真面目なのだ。外野からの評価は真逆だが本人的にはいたって真剣に模範的に学園生活を営んでいるつもりだ。
「わかった。じゃあまた明日ね」
「おやすみー」
手を振ってルーナが消えた。




