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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
109/153

3. アレックス

4/12 お詫び

オドレイの名をセルゲイに変更しました。元の名前が女性名だったとは……。

ご迷惑おかけします。



 今世の一番の異変。

 サーシャの名前がアレックスに変わった。


「アレックス。この成績はなんだ」

「もう一度やり直せ。白紙の答案とか、舐めとんのか」

「アレックス、貴様は居残りだ」


 サーシャにとって改名の方がインパクトが大きすぎた。

 改名の理由は、両親が自分をそう呼んだため、及び学友に同姓同名がいたためだ。その区別としてアレックス呼びが定着したのだが、これがなかなか慣れない。


 アレックスと呼ばれても、自分を指していると気づかず無視複数回。

 結構不便だったのでイグニスとルートヴィヒにだけはサーシャと呼ぶよう頼んだ。少なくとも二人の呼びかけだけは、聞き逃さない。


「それって、つまり」


 アクラが何かに気づく。

 ……気づかないで欲しかった。聡明なアクラは当然すぐに結論に着地してしまう。


 言いたいことはわかる。改名があっさりと行われた事実を思えば、簡単に連想できる結論だ。

 サーシャの名は真名ではない。そのため精霊と呼び合っても契約が出来ないのだと。ずっと不毛なことを長年繰り返していたわけだ。


「アレックス様」

「あ、それ無駄だからね」

「試すのは一瞬です。私を呼んでください」

「もうイグニスで試した。何も起こらなかった。以上」

「では、アレックスの名もまた真名ではないと」

「そうね」


 ため息をついてベッドに潜る。アクラは既にベッドの主と化していて、今の事実に呆然としている。


「真名がわからなければ進みようが無いのですが」

「そもそも、何をもって真名っていうわけ? 両親から与えられた名前がダメなんじゃ、お手上げだよね」

「…………」


 神と本契約することが、器の大本命の役割である。それがなされなければ、一生この世界は破滅と創造を繰り返す。

 ゾッとする現実に、アクラは更にゾッとすることを言った。


「妙案があります。一文字目から順繰りあらゆる組み合わせで呼んでみるのです。幸いたっぷり時間はありますし」

「どの辺が妙案なのかな?」


 聡明な神から出るはずのない言葉に呆気に取られる。何年、何十年かかるのだ。いや、今まで過ごした無益な年月を思えば容易い話か。

 若干真剣に考え始めたところ、アクラより「冗談ですよ」と、訂正された。何なんだ。

 

 呆然としていたはずの彼は、一転何かを考えるように天井へと目を馳せていた。瑠璃色の瞳がどんどん落ちてゆき、再び少年は呆れを漏らした。

 彼は考えるふりをして、眠りに入っているのだ。どこまで真剣で、本気なのかわからない。

 自分が懸念するほど、実は大事なことではないのか? 自問自答するも答えは浮かばない。足りない頭で考えながら、いつしかサーシャも眠っていた。



 翌朝。


「アレックス、起きろ」

「……おはよー」


 同室の生徒に起こされて目が覚める。割り当てられた寮部屋は一室を四人で共有する手狭な作りだ。二段ベット二台だけで部屋の半分を埋めているのだから、ますます窮屈。

 しかも昨晩は小さなベットをアクラとシェアしたのでますます窮屈で、深く眠ることができなかった。アクラは未だに熟睡しているので羨ましい限り。


 ルームメイトに促され朝の身支度、朝食を済ませると午前中の授業が始まる。養成学校は学力ではなく、家柄によるクラス分けがなされている。つまり、最も良い待遇を受けられるわけで、結構嬉しい。


 午前中は座学だ。基礎教養、数学、地理学、社会科学が中心のカリキュラムで、一般的な学び舎と変わらない。当然、この分野では順調に落ちこぼれている。

 模擬授業は午後からだ。基本型は初等部時にマスターしているので、次はさらに応用を効かせた演習である。相手の動きをよく見て、次の行動を何パターンか想定し、状況に合わせた戦略を取捨選択しなければならない。感覚的に動いていたサーシャにとって、これが結構難しい。

 今まで傷つくこと前提で突進していたし、魔法を重複させて剣を振るっていた。単純な剣技だけで相手を負かすなど、未知の領域であった。


 前世で弟に『考えなしに戦われると、フォローできない』と言われ、反省したのだ。魔法が万能であると過信し、他が疎かになっていた。本来なら魔法だけで十分効能を発揮できたのだろうが、生憎自分には頭が足りない。100ある魔法の力が活かせていないのだ。

 不足分は剣技で補おう。それが、今世の目的の一つでもある。


 とはいえ、同学年であればほぼ敵はいない。パワーを落とす分、サーシャの強みはスピードにあった。頭を働かせるよりも先に体が動く。

 目前の同級生が剣を振りかぶったので、腰を一瞬落として懐に入る。大人ならば、剣の軌道をずらして懐の獲物を叩き斬るが、子供にそんな技量はない。せいぜい驚いて半歩後退するだけだ。

 間合いが再度開いたところで、模擬刀を横に振るい相手の獲物を弾く。生徒の顔が驚きと鈍い痛みにより、僅かに集中力が途切れた。そこで一気に……。


「!」


 死角から石が飛んできたので模擬刀で弾く。拳大はある大きな石。当たったら絶対痛い。飛んできた方向に、優秀な弟が立っていたので思わず睨んだ。


「危ないなー。なにすんのさ」

「危ないのはそっちだろう。『止め』の声が聞こえないのか」

「え?」


 促され、目の前を見る。自分が馬乗りになった下で同級生が泣いていた。腰を掴む手が恐怖で震えている。

 判定の教師に襟を持たれ、猫のように引き剥がされた。空中でぶら下がり呆気に取られると、近距離で大人に睨まれる。


「武器を弾いたら終わりだと言っていただろ。やりすぎだ」

「いや、別に傷つけるつもりは」

「こっちからは見ていてわからん。しかも戦い方が下品すぎる。騎士道精神から外れているぞ」

「えー」


 野生児の戦い方はお気に召さらず。


 何度もこんなことを繰り返し、ついにはサーシャと手を合わせてくれる者がいなくなった。例外を除いて。例外とはルートヴィヒとセルゲイの二名。


 特別講師という貧乏くじを引かされたセルゲイは、渋々サーシャの相手をしてくれる。今世でも相変わらず面倒見がいい。おかげでいくらか、実戦でも振るえる程度の手腕を手にすることができた。

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