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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
4章 騎士団学校編
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1. おはよう


「おはよ」


 玉座に座るアクラに声をかけると、彼はゆったりと目を覚ました。サーシャの姿を目に入れ、そしてすぐに眉を寄せる。

 手が伸びて、子供の体を抱き込んだ。少し強めの抱擁。サーシャの口から気泡が溢れ、アクラの頬を撫でる。絞り出すような低い声で彼は唸った。


「……本当に、監禁しておきたい」

「ふふ。ごめんねー」


 悪びれなく謝ってみた。サーシャが前の世で死に、それからのことを言っているのだ。

 寝ているアクラをそのままに、何も言わず勝手に出かけ勝手に世界から退場した。門限も目的も別れの言葉もなかったのでさぞかし過保護者は心配しただろう。いや、死んだことはすぐ感知できたはず。アクラだけでなく、イグニスも。


 迷惑者が消えれば、優雅な時間を満喫できたかと思うが。残り少ない、世界の幕引きのその日まで。

 そう言う目で目前の神を見ると、一層顔が険しくなった。


「サーシャ様が消えてから、(イグニス)は荒れに荒れましたよ。世界の半分は火に包まれ、半分は水に沈みました」

「あはは。冗談でしょ」

「サーシャ様は御身を粗末にしすぎです。リスタートできるからと、死に慣れすぎていませんか?」

「そりゃあね。だからそんなに心配しなくていいんだよ」


 笑うと、アクラも口角が上がった。しかし表情とは真逆に、機嫌が急降下している。仄暗い闇が薄ら寒い。腕の中から抜け出ようとすると、更にきつく腕が回る。


「いつもリスタートできるとは限らないでしょう。もし最後だったら」

「はいはいハイハイ、ごめんなさいね」


 このセリフは耳にタコができるほど聞いている。何十回何百回と言われ続けたお小言にげんなりする。耳を塞ぎながら、サーシャは長く伸びた脚の位置を変えた。


 アクラは気づいているのだろうか? 今世ではややスパンを開けてここに来たので十歳程度に成長している。単純に過保護者の過剰育児が煩わしかったから再会を遅らせたのだが。これを言ったら本気で泣かれそうなので、心の内にしまう。

 大きくなった分、それなりに水中に滞在できる。でも。


「そろそろ上がろ? これからの話がしたい」

「このままで構いません。息が苦しいのであれば」

「あー、やめてやめて」


 近づく口元を手のひらで押し戻す。笑っているが、確かに睨まれ子供は嘆息を漏らした。

 これはやはり既に気づかれているな。


 アクラは勘が鋭く、頭の回転もいい。まだ話していないのに、彼の反応を見るに五割はもう察しているのだろう。


「……いつからです?」

「あー、その辺も話すから。とりあえず陸に上がろう」

「サーシャ様、…………」


 何やら大げさな呪詛が呟かれたが、聞こえなかったふりをした。どうもこの過保護者は思考が過激である。自分が関わると特に。


 砂地に上がると、衣服から大量の水が滴る。シャツを脱いで絞ると、横から腕が伸びて奪われてしまった。

 筋肉質な腕にかかれば衣服の水滴などいとも簡単に絞られてしまう。その上すぐに乾かされて戻って来たので、なんともありがたい限りだ。

 陸地で待っていた二人に、アクラとの再会を告げるとそれぞれ頷いてサーシャの背後を見る。背後にいるアクラから棘のような視線が刺さった。


「イグニスとルートヴィヒだよ。あ、アクラは知ってるね」

「紹介などいらないのですが。それより、なぜこの二人がここに?」

「成り行きで」


 ヘラヘラ笑いながら、サーシャはこれまでのことを説明した。



 今世では覚醒した瞬間、あの魔術師学園最奥の存在について考えたのだ。結界の先にいたのは巨大な竜である。

 サーシャが不正に侵入した途端、地竜が口を開け火炎が放射された。痛いとか熱いとか感じる暇さえなかった。一瞬で消し炭と化し、思考が強制的に中断された。それゆえ、続きを考えねばならなかったのだ。


 すぐに街に向かい、調べ物を行いたいが王立図書館は『親の承諾』がないと入れない。『親』という単語に前世の記憶がリンクする。サーシャは無鉄砲にもルートヴィヒの邸宅であるリリエンタール邸に突撃した。

『自分を認知してくれ』と、三歳児に詰め寄られる恐怖。きっと当事者にしかわからない。

 数分の押し問答の末、かくして『親の承諾』を手にした。意外だったのが、リリエンタール夫妻が自分に好意的なことである。サーシャを実子と認めた後、砂糖のような激甘待遇に変わった。


 ルートヴィヒをサーシャの双子の弟であると紹介し、邸宅に迎え入れてくれようとしたのだ。そこは本意でないので丁重にお断りをしたが。幼いルートヴィヒが不思議そうに自分の顔を見ていたのがまだ記憶に残っている。


「ほーら、やっぱおれがあにだった」

「兄上?」


 幼子のくせに利発さの片鱗が凄かった。母親の脇にまっすぐ立ちながら、サーシャをじっと見る。刹那こちらに駆け出し、ぎゅっと抱きしめられた。


「不思議。ずっと君を待っていたような」

「?」


 そんなこんなな成り行きでルートヴィヒとの付き合いが始まる。ふらりと街に遊びに行って、適当に朝晩過ごすという緩い兄弟関係。いつ訪れてもリリエンタール夫妻は暖かく自分を迎えてくれた。

 そこに嘘は見受けられず、自分を捨てた事実とギャップが生まれる。さりげなく聞いたらぼかされたので、それ以来聞いていない。やはり都合の悪い何かがあるということ。

 ルートヴィヒとの関係は以上。


 イグニスはある日突然サーシャの住まう聖域にやって来た。何故かひどく怒っており、なし崩し的に戦闘になだれ込む。本人も怒っている理由がわからないようだった。

 互いに混乱しながらも応戦し、疲れたら休憩、復活したらまた戦闘。そんな数日を繰り返していたら、いつの間にか一緒にいた。


 そんな感じ。


 ふわっとした説明に、アクラはため息を禁じ得ない。


「それ、前世と繋がってませんか?」

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