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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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18. 水中ダンジョン

 ルートヴィヒがトリガーを引く。

 水中であるのに、乾いた音が断続的に破裂し、サーシャは思わず耳を塞いだ。近距離であるため相当響く。


 不意に大きな手のひらが顔ごと包み、レンガへと頭をぶつける。暖かいと思ったらレンガはイグニスの胸板である。大人の体に姿に変えた彼は、サーシャを抱き込みながら口笛を吹いた。貴族の少年を見て感心している。

 サーシャも硬い腕の中から目前を見ると、その勢いに圧倒された。


 自分たちを核にして、周囲に火花が飛んでいる。いや、正確には火花ではない。風属性を乗せた弾丸を飛ばしているのだ。

 散弾銃へ改造された小型銃。尽きない弾丸の雨を見て、発射しているのは実包ではないことを知る。おそらく魔術道具であろう。扱いは難しそうだが、ルートヴィヒは眉ひとつ動かさず淡々と操作している。


 数分の発砲音が鳴り止み、辺りが静かになった。無数の泡が水面へと立ち上り、視界が開ける。再び透明となった水中は、始めと同じ穏やかさを取り戻していた。容赦のない攻撃に、マーマンたちはかけら一つ残さず吹き飛ばされてしまったのだ。

 サーシャの魔法はまだしも、イグニスをも凌駕する力に呆気に取られた。


「なんで? どうやったの?」

「準備して来たと言ったろう。ダンジョンに潜るのに無策のわけがない。君と違って」

「えー」


 ルートヴィヒは小さなカバンを広げて見せる。庶民に手が出ない、空間魔術が施されたカバンだ。その中に魔術道具がぎっしりと詰められている。青い小瓶を取り出して蓋を開ける。

 傷薬と思われるジェルをたっぷり手に取り、サーシャの脇腹に塗りたくった。冷たいけれど、なんだか暖かい。骨盤をなぞられ、くすぐったくて笑う。


「さっきのは風魔術?」

「そう。見ていて気づいたのだが、ここの魔物は特殊なようだ。属性のルールから外れている」

「どういうこと?」

「通常同属性同士の戦闘ならば、単純な力比べとなる。しかし先の相手はそうはならなかった。相反する火属性を軽減するのは共通だが、同属性の攻撃は魔力を吸収してしまうのだ。サーシャの攻撃を受けた途端、彼らの魔力が充填されるのが見えた」

「え。それってつまり」

「回復したということ。火で多少削っても、水で大回復しているから意味がない。ならばと、私が手を下したまでだ。先日作成した魔具の効果も測りたかったし、ちょうど良かった」

「言ってよ、それ。早くー」


 ということは、今の戦闘、自分は足を引っ張っていただけ。


「からくりがわかれば簡単だろう? 君にもできる。私の見せ場も作らねばな」

「食えないなー」


 見せ場とか。ルートヴィヒには水に潜る前の会話が聞こえていたのだ。

 兄として頼りになるところを見せるつもりが、逆に見せられた。お互い自分が兄だと思っているから仕方がないとも言えるが。


「さあ、先に進もう」


 レディをリードするかのようにサーシャの手をとる。幼子にして、すでに洗練された立ち居振る舞い。もう数年もすれば、立派な青年へと成長し、彼は更なる神輿を担がれる。学園を象徴する彼は、一国に止まらず多方面に渡って人々に英知を齎すであろう。ただし、今のところそこまでの未来に進んでいない。

 あわよくば、近い将来ループした世界を脱出し、ルートヴィヒに先の世界を運んであげたい。サーシャは兄心にそう思うのだった。




 その後も水妖とのエンカウントが続いたが、仕掛けさえ分かれば脅威ではなかった。とは言え風魔法はほとんど強化していない為、危うい面は多々あったが。

 水中では機敏に動けない。攻撃を受けるたび、ルートヴィヒが回復してくれた。


「君はもう少し考えて動けないのか」


 呆れたルートヴィヒの手が伸びる。今度は耳の裏から頬にかけてざっくりとやられた。


「面目ない」

「怪我前提で戦われるとフォローしきれない。よく今まで一人で死なずに来れたな」

「意外と何とかなるよ」

「現状何とかなっていないだろう」


 ルートヴィヒの言葉に、イグニスは人知れず口を歪める。サーシャは気付いていないが、実際その通りなのだ。


 先の脇腹の負傷は確実に致命傷であった。かろうじて止血はしても、腹わたが千切れたまま。人間が脆いことを知っていたイグニスは、これまで抱いたことのない不安に襲われた。

 茶化しながらも心臓の音は身体中煩く響き、尋常ではない汗が流れた。もし、このままサーシャが死んでしまったらどうしよう、と。

 幸い貴族の少年が特効薬を所持していたので良かったが。

 認めたくないが、ルートヴィヒはサーシャの命の恩人である。同時にアクラが異常なほど過保護になったわけも納得できた。


 心配をよそに、野生児は笑う。


「楽しいね」

「そりゃ良かったな」

「学園の本体部だから、魔力の底がない感じ」

「うん?」


 前方の貴族が振り返る。


「何の話だ」

「ダンジョンの話」

「本体部の意味だ」  

「ああ」


 推測なんだけど、と前置きをしてサーシャは口を開いた。


「ここって元々は魔術師学園じゃないんじゃないかな」

「周知の事実だ。当時は地域住民の学び舎で、ここまで規模は大きくなかった」

「そう言う意味じゃなくて。おじいちゃんは学園長って言う自覚なかったから、学園は後付けの施設なんだと思う」

「……うん?」


 飲み込めないルートヴィヒに、サーシャは言葉を続けた。

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