18. 水中ダンジョン
ルートヴィヒがトリガーを引く。
水中であるのに、乾いた音が断続的に破裂し、サーシャは思わず耳を塞いだ。近距離であるため相当響く。
不意に大きな手のひらが顔ごと包み、レンガへと頭をぶつける。暖かいと思ったらレンガはイグニスの胸板である。大人の体に姿に変えた彼は、サーシャを抱き込みながら口笛を吹いた。貴族の少年を見て感心している。
サーシャも硬い腕の中から目前を見ると、その勢いに圧倒された。
自分たちを核にして、周囲に火花が飛んでいる。いや、正確には火花ではない。風属性を乗せた弾丸を飛ばしているのだ。
散弾銃へ改造された小型銃。尽きない弾丸の雨を見て、発射しているのは実包ではないことを知る。おそらく魔術道具であろう。扱いは難しそうだが、ルートヴィヒは眉ひとつ動かさず淡々と操作している。
数分の発砲音が鳴り止み、辺りが静かになった。無数の泡が水面へと立ち上り、視界が開ける。再び透明となった水中は、始めと同じ穏やかさを取り戻していた。容赦のない攻撃に、マーマンたちはかけら一つ残さず吹き飛ばされてしまったのだ。
サーシャの魔法はまだしも、イグニスをも凌駕する力に呆気に取られた。
「なんで? どうやったの?」
「準備して来たと言ったろう。ダンジョンに潜るのに無策のわけがない。君と違って」
「えー」
ルートヴィヒは小さなカバンを広げて見せる。庶民に手が出ない、空間魔術が施されたカバンだ。その中に魔術道具がぎっしりと詰められている。青い小瓶を取り出して蓋を開ける。
傷薬と思われるジェルをたっぷり手に取り、サーシャの脇腹に塗りたくった。冷たいけれど、なんだか暖かい。骨盤をなぞられ、くすぐったくて笑う。
「さっきのは風魔術?」
「そう。見ていて気づいたのだが、ここの魔物は特殊なようだ。属性のルールから外れている」
「どういうこと?」
「通常同属性同士の戦闘ならば、単純な力比べとなる。しかし先の相手はそうはならなかった。相反する火属性を軽減するのは共通だが、同属性の攻撃は魔力を吸収してしまうのだ。サーシャの攻撃を受けた途端、彼らの魔力が充填されるのが見えた」
「え。それってつまり」
「回復したということ。火で多少削っても、水で大回復しているから意味がない。ならばと、私が手を下したまでだ。先日作成した魔具の効果も測りたかったし、ちょうど良かった」
「言ってよ、それ。早くー」
ということは、今の戦闘、自分は足を引っ張っていただけ。
「からくりがわかれば簡単だろう? 君にもできる。私の見せ場も作らねばな」
「食えないなー」
見せ場とか。ルートヴィヒには水に潜る前の会話が聞こえていたのだ。
兄として頼りになるところを見せるつもりが、逆に見せられた。お互い自分が兄だと思っているから仕方がないとも言えるが。
「さあ、先に進もう」
レディをリードするかのようにサーシャの手をとる。幼子にして、すでに洗練された立ち居振る舞い。もう数年もすれば、立派な青年へと成長し、彼は更なる神輿を担がれる。学園を象徴する彼は、一国に止まらず多方面に渡って人々に英知を齎すであろう。ただし、今のところそこまでの未来に進んでいない。
あわよくば、近い将来ループした世界を脱出し、ルートヴィヒに先の世界を運んであげたい。サーシャは兄心にそう思うのだった。
その後も水妖とのエンカウントが続いたが、仕掛けさえ分かれば脅威ではなかった。とは言え風魔法はほとんど強化していない為、危うい面は多々あったが。
水中では機敏に動けない。攻撃を受けるたび、ルートヴィヒが回復してくれた。
「君はもう少し考えて動けないのか」
呆れたルートヴィヒの手が伸びる。今度は耳の裏から頬にかけてざっくりとやられた。
「面目ない」
「怪我前提で戦われるとフォローしきれない。よく今まで一人で死なずに来れたな」
「意外と何とかなるよ」
「現状何とかなっていないだろう」
ルートヴィヒの言葉に、イグニスは人知れず口を歪める。サーシャは気付いていないが、実際その通りなのだ。
先の脇腹の負傷は確実に致命傷であった。かろうじて止血はしても、腹わたが千切れたまま。人間が脆いことを知っていたイグニスは、これまで抱いたことのない不安に襲われた。
茶化しながらも心臓の音は身体中煩く響き、尋常ではない汗が流れた。もし、このままサーシャが死んでしまったらどうしよう、と。
幸い貴族の少年が特効薬を所持していたので良かったが。
認めたくないが、ルートヴィヒはサーシャの命の恩人である。同時にアクラが異常なほど過保護になったわけも納得できた。
心配をよそに、野生児は笑う。
「楽しいね」
「そりゃ良かったな」
「学園の本体部だから、魔力の底がない感じ」
「うん?」
前方の貴族が振り返る。
「何の話だ」
「ダンジョンの話」
「本体部の意味だ」
「ああ」
推測なんだけど、と前置きをしてサーシャは口を開いた。
「ここって元々は魔術師学園じゃないんじゃないかな」
「周知の事実だ。当時は地域住民の学び舎で、ここまで規模は大きくなかった」
「そう言う意味じゃなくて。おじいちゃんは学園長って言う自覚なかったから、学園は後付けの施設なんだと思う」
「……うん?」
飲み込めないルートヴィヒに、サーシャは言葉を続けた。




