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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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17. 地下迷宮


「あそぼー!」


 上機嫌のサーシャにイグニスが釣られた。即答の同意と尻尾ふりふりをオプションにつけて。小さな体のまま飛びついて、二人一緒にベッドに転がる。アクラは爆睡。


「苦しい、どいて」

「……つい。いいぜ。どこ行く?」

「地下!」


 指差した先はサーシャの部屋の真下。初代学園長の隠し部屋に通じる魔術陣だが、目的はそこではない。隠し部屋は通過点で、実はその先は更に地下深くダンジョンが張り巡らされている。エンゲルベルトに地下迷宮のことを聞いて、野生児の心は踊った。


『良い腕慣らしになろう。二人で一緒に行っておいで』


 と。

 授業が終わったので、直にルートヴィヒもここにくる。先ほど廊下で偶然出くわしたので声をかけておいた。数分もしないうちに息を切らせながら、貴族の少年が地下牢の扉を開く。部屋の中のサーシャを見て、やや眉を潜めた。


「君はいつも急だな。突然遊ぼうとか言われても、こっちにも都合が」

「暇なら、って言ったじゃん。無理強いはしてないよ」

「言いたいのは、もっと事前に話をしてくれってことだ。そうすれば予定を開けておくから」

「おっけー」


 形ばかり頷いて、早速サーシャは地下への扉を開く。口ではああ言いつつも、ルートヴィヒもイグニス同様楽しみなのだろう。二人とも似た感じで顔を紅潮させながら魔術陣に飛び込んだ。


 貴族様はイグニスを認識していない。彼は二人パーティだと思っている。


 魔術陣のルートは一見エンゲルベルトの部屋直通だが、実は更に隠しルートがある。目視できないルートがいくつか存在し、まず発見したのはルートヴィヒであった。魔力の流れ道がおかしいと。


 大元の流れを無理やり切り裂いて、小道に割り込むと新たな扉が開いた。

 眩しいくらいの光が目を刺す。次に目を開けると目前に広がるは水上遺跡である。

 朽ち果てた石膏。水が天井から流れ、小さな滝が出来ていた。庭と思われる広場も湖と化し、透き通る水面に魚が跳ねた。いや、庭ではない。よく見ると階段が下へ続いている。階層が上ではなく、下に伸びているのだ。


 それはさておき、魔術陣の『血族』はエンゲルベルトの部屋のみに適用されるらしい。ダンジョンへは誰でも入場が可能。ダメ元だったが、イグニスも入れた。


「何だこりゃ。水ん中進むんか? マジ?」

「道は下にしかないからそうだろうね」

「げ。オレと相性悪そー」

「ルートヴィヒも火属性だよね。俺は水だからいいとこ見せられるかも?」


 そう言って貴族を見ると、既に彼の方は水に足を踏み入れている。長い髪を一つにまとめてこちらを振り返る。


「普通の水だな。問題ない。サーシャも早く来い」

「あれ? ルートヴィヒは水大丈夫なの?」

「属性のことか? 足りない分は魔石で補うんだ。ほら、サーシャの分も多めに持ってきた」

「へー」


 ルートヴィヒが何事か呟くと持っている魔石が割れる。子供の体を包み込んだ薄い空気の膜。輪郭に沿った膜で、酸素量は少なそうだが、見たままの容量ではないのだろう。

 サーシャへも魔石が展開するが、押し戻す。


「俺は水魔法得意だから大丈夫。イグニスも行こう。一つ貸しねー」

「ウザ」


 毒づく少年まとめて膜で包む。

 詠唱なしの術式にルートヴィヒは不思議そうに首を傾げた。おかげでサーシャの一人ごとに疑問が薄れる。


 水の中は透明度が高い。目の前を魚が通過し、触れようとするがなにぶん動きが鈍い。持ち上がる手も踏み出す足も水圧の影響を受けている。

 呼吸と会話、視界は良好。魔法も使える。

 サーシャたちはまだ見ぬダンジョンに期待を膨らませた。


「しかし、まさか本当に訪れるとはな」

「おじいちゃんの折角のオススメだもん。ハズレはないでしょ」

「少なくとも子供だけで来る場所ではない。サーシャだけでは絶対に入るな」

「大丈夫だよ」

「何を根拠に」


 言いながら階段から足を踏み外す。緩やかに体が落下し、正規ルートに戻ろうした瞬間、何かが飛んできた。

 頬をかすったそれが階段に刺さる。滲んだ血が水中に溶け、ルートヴィヒが水底を睨んだ。小さな渦を巻きながら何かが迫っている。二投目の槍がコンマ一秒の間に投擲され、すんでのところで避けた。


「なにあれ」

「外見からするにマーマンだな。中級の魔物だ。大事ないと思うが、油断するなよ」

「おっけ」


 マーマンは頭部が魚で、体部は人間だ。指の間に水かきがあり、全身鱗で覆われている。筋肉質な腕には体長を上回る大槍が握られ、今まさにそれが投げられようとしている。先頭の彼を筆頭に、水底で無数の泡が上がった。背後にもっと仲間がいるのだろう。

 とはいえ、どんな数であろうが問題はない。マーマンとは過去に何度か対峙している。知能を持つ分厄介な相手ではあるが、経験値の差から言って余裕で勝てる相手だ。


「あれ?」


 思った瞬間、脇腹を何かが通過した。


「サーシャ!」

「おいおい」


 驚く二人の顔。普通に飛んで来た槍が脇腹を抉り、血が噴き出す。めちゃくちゃ熱い。痛いというより火傷したみたい。

 下から来ていると思っていたマーマンだが、別働隊が水面へ移動していたのだ。死角となった背後から放たれた槍を素直に食らってしまった。


 慌てる二人に手を振って、己の無事を伝える。溢れる腹わたを抑えながら、サーシャは階段の断面を蹴った。

 得意の水魔法を周囲に散らしていく。数百個の氷の刃が出現し、瞬時に対象を切り裂いた。あるいは氷に包まれそのまま凍結してしまう。圧倒的な力量の差にマーマンの大群はなす術もなく。

 ……と、思ったのだが。


「んんん?」


 予想に反して、全員ピンピンしている。というか、氷が触れたところから融解した。鱗になじむように魔法をその身に宿し、ダメージの所在はない。なんで?


「どういうこと?」

「知らね。 つか、その傷大丈夫なん?」

「あー、うん」


 水に滲み出る血液が視界を汚す。煩わしくて、氷で麻痺させた後、炎で焼いて止血した。かなりの荒治療にイグニスだけでなくルートヴィヒまで顔を顰めた。ドン引きである。

 再度水魔法をしかけたが、結果は同じだった。イグニスも合わせて火魔法を放つが、効果は半減している。やはり相性が悪い。とはいえ、さすがは神というべきか。効果は薄いものの、若干の足止めにはなっている。

 何度か応戦を繰り返したのち、突然ルートヴィヒが何かに気づいた。


「サーシャ、一旦手を止めろ」

「なんで?」

「私が倒す。君は休んでろ」


 そう言って、貴族の少年は小型銃を取り出した。

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