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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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16. 兄弟


「ルートヴィヒは初代学園長のお孫さんだったんだね。すごーい」

「……察しが悪い。サーシャもそうだと言われているだろう」

「え?」


 瞳を瞬かせるサーシャに貴族はため息をつく。エンゲルベルトに一言断り、その手の中から抜けぐるりと部屋の中を見回した。そして再度老人へと向き直る。天才児の脳内で、恐ろしい速さで物事が整理されていく。


「リリエンタールは私の姓。私のルーツは王族にあると聞いている。失礼ながら、貴殿とは血縁関係にないと存じあげる」

「ではどこかで継承が途切れたのだろう。意図的か、成り行きかはわからんが」

「後継と言うのならサーシャだけでは? 彼の潜在能力は人間としてありえない」

「ふむ?」


 老人の瞳がサーシャを射抜く。サーシャを見て、一瞬瞳を揺らしたがすぐに奥底に沈めてしまった。何を思ったか汲み取れないが、少なくとも敵意とは違う。数秒の後、ゆったりと穏やかな瞳が微笑みに変わる。


「確かに随分特殊な子供だ。とはいえ血統は必ず能力を承継する。兄弟ならばなおさら」

「……兄弟?」


 話が飛んだ? 内容に理解が追いつかずサーシャはつい現実逃避に出かける。しかしルートヴィヒはやや機嫌を損ねて、話題を言及した。


「勘違いしておられるのか? 私たちは兄弟ではない。校友ではあるが」

「事実じゃよ。お前たち二人とも血の繋がった兄弟。先からそう言っているじゃろう」

「……いや、サーシャは」

「でなければゲートは開かれない。直系のみに許された恩恵だ」

「…………」


 納得できないルートヴィヒに笑って答える老人。それが真理であると、穏やか瞳が物語る。精神体となった彼は物の見え方が普通と違う。人間界に存在しない(えにし)の束が子供二人を繋いでいるのだ。明確に血縁関係であると光の束が告げている。

 現実逃避していたサーシャは、思い出したように手をあげた。


「そうだ。俺、あなたに聞きたいことがあるんです」

「なんじゃ?」


 今度はサーシャを抱き上げ、目尻を緩める。完全に孫溺愛のおじいちゃん。ハルハドの英雄の面影が薄れる。


「なんで俺のとこに手紙が来たのかなーって。住所もないし、結界も張られてるのに、不思議で」

「ほう?」

「あ、学園の入園案内の話なんだけど。応募してないのにいつも勝手に送られてくるんだよね」

「いつも?」

「あ、いや。えーと……」


 別に隠すことではないかな?

 常識ではありえない思念体を前にして、サーシャは己の境遇を打ち明けようとしていた。何度もループして、その度に入園案内が届くことを。しかし言葉に出すとなると、どこから話していいかわからない。


「思うに、誰かがお前との再会を望んでいたのでは?」

「誰か? おじいちゃんじゃなくて?」

「わしとは面識がないじゃろ。普通に考えて連想されるのは」


 老人の目がルートヴィヒに向かう。眉を潜めた貴族は、数秒考えて目を瞠る。


「まさか」

「血族じゃからの。力だけは備えとる」

「え? なに? どう言うこと?」


 一人おいてけぼりを食らったサーシャは両名に説明を求めるが、どちらも答えてくれなかった。

 一人は愉快げに笑い、もう一人はますます眉間のシワを濃くしている。サーシャも首をひねったが、足りない頭で正解を導き出すことはできなかった。


 一刻ほどおしゃべりをしていたら、ルートヴィヒが帰還を促した。尤も、おしゃべりをしていたのはサーシャだけで、ルートヴィヒは始終難しい顔でだんまりを決めていたが。


 ロッキングチェアに腰掛けた老人の膝上に乗る野生児。恐れ多いのは脇に置いて、サーシャはあれこれ質問をしていた。

 完全に打ち解けた野生児に、天才の心にわだかまりが生まれる。


「またおいで」

「うん。俺の部屋、おじいちゃんの家の前みたいなものだし」

「ほほほ。面白いことを言う」


 手を振って別れを告げ、廊下に出た。急に不機嫌になってしまったルートヴィヒを不思議に思うが、一方でサーシャの心は充足していた。

 ずっと不思議だった魔術師学園。設立者本人から話を聞くことができ、長年の謎が解けた。


 今世の目標は達成できたかな。

 突き当たりの魔術陣まで足を進めると、突然ルートヴィヒがサーシャの手を握る。非常に悩ましげに閉口したのち、覚悟を決めた瞳が刺さった。


「君は私の弟なのだろうか? 例えば生き別れの」

「あ、さっきの話?」

「ずっと引っかかっていた。サーシャを見たときの両親の反応がおかしかった事を。けれどコンタクトを取っていないということは、つまり……」


 ルートヴィヒが言うのは適性検査の時の話だ。


「兄弟とは言うが、今まで両親からそのような話を聞いたことがない。私からそこに切り込みを入れるのは難儀で、だから……」

「? 何か困ってる?」


 サーシャはあっけらかんと首を傾げた。ルートヴィヒとしてはサーシャの境遇が胸にくるものであった。


 おそらく、サーシャは両親どちらかの不徳であり、望まれた子でなかったのだろう。

 それ故にリリエンタール家を追われた。しかしもう一方がサーシャとの再開を望んだと、ルートヴィヒは一連の流れを推測したが。


「別に、俺はどうでもいいよ。そんなこと」


 と、サーシャは一蹴する。そんなことより、野生児にはもっと気になることがあったのだ。


「しかし」

「また遊ぼうね、弟くん」

「ん?」


 言い淀む言葉を打ち切り、サーシャは魔術陣に足を乗せる。すぐに淡い光が体を包み、転送が始まる。

 先に姿を消した少年を見送ったルートヴィヒは今言われた言葉を反芻した。


「弟?」


 互いに自分の方が兄だと思っている。

 その不条理さに、やはり事実を追求したい衝動に駆られるのであった。

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