16. 兄弟
「ルートヴィヒは初代学園長のお孫さんだったんだね。すごーい」
「……察しが悪い。サーシャもそうだと言われているだろう」
「え?」
瞳を瞬かせるサーシャに貴族はため息をつく。エンゲルベルトに一言断り、その手の中から抜けぐるりと部屋の中を見回した。そして再度老人へと向き直る。天才児の脳内で、恐ろしい速さで物事が整理されていく。
「リリエンタールは私の姓。私のルーツは王族にあると聞いている。失礼ながら、貴殿とは血縁関係にないと存じあげる」
「ではどこかで継承が途切れたのだろう。意図的か、成り行きかはわからんが」
「後継と言うのならサーシャだけでは? 彼の潜在能力は人間としてありえない」
「ふむ?」
老人の瞳がサーシャを射抜く。サーシャを見て、一瞬瞳を揺らしたがすぐに奥底に沈めてしまった。何を思ったか汲み取れないが、少なくとも敵意とは違う。数秒の後、ゆったりと穏やかな瞳が微笑みに変わる。
「確かに随分特殊な子供だ。とはいえ血統は必ず能力を承継する。兄弟ならばなおさら」
「……兄弟?」
話が飛んだ? 内容に理解が追いつかずサーシャはつい現実逃避に出かける。しかしルートヴィヒはやや機嫌を損ねて、話題を言及した。
「勘違いしておられるのか? 私たちは兄弟ではない。校友ではあるが」
「事実じゃよ。お前たち二人とも血の繋がった兄弟。先からそう言っているじゃろう」
「……いや、サーシャは」
「でなければゲートは開かれない。直系のみに許された恩恵だ」
「…………」
納得できないルートヴィヒに笑って答える老人。それが真理であると、穏やか瞳が物語る。精神体となった彼は物の見え方が普通と違う。人間界に存在しない縁の束が子供二人を繋いでいるのだ。明確に血縁関係であると光の束が告げている。
現実逃避していたサーシャは、思い出したように手をあげた。
「そうだ。俺、あなたに聞きたいことがあるんです」
「なんじゃ?」
今度はサーシャを抱き上げ、目尻を緩める。完全に孫溺愛のおじいちゃん。ハルハドの英雄の面影が薄れる。
「なんで俺のとこに手紙が来たのかなーって。住所もないし、結界も張られてるのに、不思議で」
「ほう?」
「あ、学園の入園案内の話なんだけど。応募してないのにいつも勝手に送られてくるんだよね」
「いつも?」
「あ、いや。えーと……」
別に隠すことではないかな?
常識ではありえない思念体を前にして、サーシャは己の境遇を打ち明けようとしていた。何度もループして、その度に入園案内が届くことを。しかし言葉に出すとなると、どこから話していいかわからない。
「思うに、誰かがお前との再会を望んでいたのでは?」
「誰か? おじいちゃんじゃなくて?」
「わしとは面識がないじゃろ。普通に考えて連想されるのは」
老人の目がルートヴィヒに向かう。眉を潜めた貴族は、数秒考えて目を瞠る。
「まさか」
「血族じゃからの。力だけは備えとる」
「え? なに? どう言うこと?」
一人おいてけぼりを食らったサーシャは両名に説明を求めるが、どちらも答えてくれなかった。
一人は愉快げに笑い、もう一人はますます眉間のシワを濃くしている。サーシャも首をひねったが、足りない頭で正解を導き出すことはできなかった。
一刻ほどおしゃべりをしていたら、ルートヴィヒが帰還を促した。尤も、おしゃべりをしていたのはサーシャだけで、ルートヴィヒは始終難しい顔でだんまりを決めていたが。
ロッキングチェアに腰掛けた老人の膝上に乗る野生児。恐れ多いのは脇に置いて、サーシャはあれこれ質問をしていた。
完全に打ち解けた野生児に、天才の心にわだかまりが生まれる。
「またおいで」
「うん。俺の部屋、おじいちゃんの家の前みたいなものだし」
「ほほほ。面白いことを言う」
手を振って別れを告げ、廊下に出た。急に不機嫌になってしまったルートヴィヒを不思議に思うが、一方でサーシャの心は充足していた。
ずっと不思議だった魔術師学園。設立者本人から話を聞くことができ、長年の謎が解けた。
今世の目標は達成できたかな。
突き当たりの魔術陣まで足を進めると、突然ルートヴィヒがサーシャの手を握る。非常に悩ましげに閉口したのち、覚悟を決めた瞳が刺さった。
「君は私の弟なのだろうか? 例えば生き別れの」
「あ、さっきの話?」
「ずっと引っかかっていた。サーシャを見たときの両親の反応がおかしかった事を。けれどコンタクトを取っていないということは、つまり……」
ルートヴィヒが言うのは適性検査の時の話だ。
「兄弟とは言うが、今まで両親からそのような話を聞いたことがない。私からそこに切り込みを入れるのは難儀で、だから……」
「? 何か困ってる?」
サーシャはあっけらかんと首を傾げた。ルートヴィヒとしてはサーシャの境遇が胸にくるものであった。
おそらく、サーシャは両親どちらかの不徳であり、望まれた子でなかったのだろう。
それ故にリリエンタール家を追われた。しかしもう一方がサーシャとの再開を望んだと、ルートヴィヒは一連の流れを推測したが。
「別に、俺はどうでもいいよ。そんなこと」
と、サーシャは一蹴する。そんなことより、野生児にはもっと気になることがあったのだ。
「しかし」
「また遊ぼうね、弟くん」
「ん?」
言い淀む言葉を打ち切り、サーシャは魔術陣に足を乗せる。すぐに淡い光が体を包み、転送が始まる。
先に姿を消した少年を見送ったルートヴィヒは今言われた言葉を反芻した。
「弟?」
互いに自分の方が兄だと思っている。
その不条理さに、やはり事実を追求したい衝動に駆られるのであった。




