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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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15. 隠し部屋


 予想に反して着地の衝撃は皆無であった。


 呆気にとられ、ルートヴィヒを見るとやはり楽しげに笑っている。


「ごめん、嘘。落ちたんじゃない。ただ潜っただけだから、墜落なんてしない」

「え? え? なんで知って……」

「サーシャが読み上げた古代文字。あれはそのままゲートを開く呪文だ。しかもご丁寧に仕掛けまで説明して。君は意味を理解していなかったのか?」

「…………」


 意地の悪い色が瞳に混ざる。揶揄われたのだと知り、言葉をなくした。いや、元々自分の頭が悪いのがいけない。

 発音はできるが、意味がわからないとか。我ながらどういうこと。


「じゃあ、奥に進もうか」

「う、うん」

「だからそろそろ離して。ギュッてされてると動きづらい」

「…………!」


 いつまでしがみついてるのか。慌てて体を離すと、すぐに手を繋がれる。親愛を示した繋ぎ方に、何度目かの動揺が走る。さっきからルートヴィヒの様子がおかしい。

 敵意たっぷりに睨まれていたのに、手のひらを返したように態度が甘い。じっと見ていると、彼の方もこちらを見て恥ずかしそうに微笑んだ。


「ごめんね。サーシャのこと誤解していた」

「?」

「話してみてやっとわかったよ。君は無自覚なんだって。そのくせ能力に見合わない考え方をするから危なっかしい」

「どういうこと?」

「つまり、……サーシャは刺激的ってこと。一緒にいると飽きなそうだ。いいよ、友達になっても」


 美しい笑顔に目を瞬かせる。何だかよくわからないけれど、何かの誤解が解けて友達になれたということ。本当によくわからないけれど。

 とりあえず、光栄です。ごちそうさま。


 着地の魔術陣からは赤い絨毯が伸びている。年季の入ったそれは所々禿げており、白く埃を被っていた。長らく誰も足を踏み入れていないのだ。

 廊下の奥は闇となっており見えない。光源は廊下の両端にある松明のみで、なぜかサーシャ達の歩みに合わせてついてくる。前後左右は暗いが自分たちの周囲はよく見える。

 ルートヴィヒが不意に歩みを止めた。


「見て」


 指し示した先にはずらりと並ぶ肖像画。

 胸まで伸びた白髭が特徴的な老人である。真面目な表情からひょうきんに崩したものまで様々。

 壁一面に飾られた老人をサーシャは知っていた。


「クーロのおじいちゃん」

「初代学園長だな」


 ほぼ同時に発せられた不一致に互いの顔を見合わせる。


「うん? 今なんと?」

「え、おじいちゃんって学園長だったの?」

「おじいちゃん?」


 ルートヴィヒは頭上に疑問を散らしながら説明してくれた。肖像の人物は初代学園長として名高い。Aクラスならば学園設立史として学ぶ教科で、頻繁にその人物像が出てくる。


 数百年前、魔術師学園の前身である学舎を設立し、専門分野を研究し続け、後世に伝わる偉業を残した。魔力の安定供給である。


 従来魔力は自然の産物と同義で、非常に不安定であった。しかし初代学園長は類稀なる才能と努力で、魔力を生み出し、人々の生活に富をもたらしたのである。次第に魔術兵器として用いられ、国土拡大にも一役買い、ハルハド的にも英雄なのだ。


 掻い摘んだ説明を聞き、サーシャは曖昧に頷く。

 確かにずっと前の世でそんな話を聞いた気がする。国の英雄とクーロのおじいちゃんが一致しなかったのだ。


 廊下を進んでいくと、次第に景色が変わる。だんだん雑然としてきた。要は散らかっている。

 物置と化した廊下を進みながら、貴族の子供は突き当たりの扉を見る。


「やはり、この隠し部屋は」

「ん」


 突然止まったのでサーシャは前の背中にぶつかる。彼の背中越しに背中を見ると、木製の扉があった。

 扉には『エンゲルベルト』の刻印が飾られている。寮塔のプレートと同じフォントだ。ルートヴィヒ曰く、初代学園長の名前らしい。ノックをすると穏やかな声が返る。

 扉を開けると、ルートヴィヒが息を飲んだ。一拍遅れてサーシャも目を瞬かせた。


 部屋の中は温かな光に包まれている。冬でもないのに暖炉が焚かれ、薪が爆ぜる。蝶が鱗粉を降らすかの如く暖炉から粒子が飛び、部屋を彩っている。

 アイボリーの円卓、椅子、踏み台、床全てに足の踏み場がないほどの本、本、本。本棚から溢れた本達は行き場をなくし、廊下にまで遠征してしまったのだ。


 部屋の真ん中で椅子に腰掛けた男性がゆっくりと振り返った。口にパイプをくわえ、こちらを見て目を緩ませる。

 長い白髭と温かな眼差しは、完全に肖像画の人物だ。ただし彼は生きていない。寮塔の彼と同様に体が透けている。精神だけが残った思念体か? じっと見つめていると老人が笑う。


「よく来た、子供達。こっちへおいで」


 思念体が喋った。驚いたのはサーシャだけではない。ルートヴィヒも同様に言葉を失っている。


「お前たちが来てくれるとは嬉しい。最近周囲が騒がしくてな、結界を強めておったのだ。まあお前たちには関係ない話だが」

「?」

「何の話ですか?」


 同じタイミングで疑問を浮かべると老人は笑う。ゆっくりと椅子から立ち上がり、ルートヴィヒを抱き上げた。思念体なのに肉体がある。いや、そもそも思念体ではないのか? 

 混乱するサーシャに老人は更に追い討ちをかける。


「我が血族に結界の意味はないからの。魔術陣の意味を解いてきたのだろう? 五層目の陣は『血族』。リリエンタール家は我が血統。ワシの10代後の孫にあたるか」

「…………」

「……?」


 老人の正体も、言葉の意味も飲み込めない。サーシャだけではなく、ルートヴィヒも同様に。

 単なる老耄の戯言か。互いの顔を見合わせ回答を求めると、瞳の奥底で金色の虹彩が爆ぜた。エンゲルベルトの瞳にも同じ金色がある。


 それは常人を逸する魔力量を持つものの証。

紛れもなく、エンゲルベルトの後継である者の刻印であった。

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