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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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14. 稀代の天才


 案内された場所は生徒会室であった。


 初級生なのに、生徒会入りしている事実に驚くが、さらに驚く光景が目の前に広がっている。授業中なので部屋の中には誰もいない。驚いたのはテーブルや床一面に広がる羊皮紙の量である。


 全てに魔術陣が丁寧に描かれ、一体何時間、いや何日かかったのか想像を絶する。

 しかも全然読み解けない。辞典と睨み合いながら解読できるかどうか。


「サーシャの魔術陣を見て、悔しくなったのだ。私もいくらか作ってみた」

「えっ」

「しかし組み合わせが悪く、上手く発動しない。情けないが要領を教えてくれないか」


 思わぬ頼みごとに驚く。ルートヴィヒはあの魔術陣をサーシャが作ったのだと誤解しているのだ。いや、それよりも自分で新たに作った? 辞書の丸写しではなく新しく術式を作るとか、6歳児が出来るものなのだろうか。

 言葉を忘れるサーシャに、ルートヴィヒは違う方面で誤解をした。


「君のアイディアを盗むつもりはない。ただの好奇心だ。この術式の結果がどうなるのか知りたい。無論誰にも口外はしない」

「あ、違う違う。びっくりしただけだからー」


 貴族様に頭を下げられると心臓が軋む。愛国心などないサーシャだが、謎の罪悪感を抱いてしまった。

 身振り手振りでこれまでの経緯を説明した。地下牢で円陣を見つけたこと、自分も調べている最中であること、自分が作ったわけでは決してないことを。


 初めはなかなか信じてくれなかったが、簡単な術式も読めないことを証明すると渋々納得してくれた。ルートヴィヒは自分を買い被りすぎている。『器』特性を除けばサーシャの能力は一般人を下回る。


「もう一度見せてくれないか。この前はよく見えなかったから」

「うん、いいよ。今持ってる」

「これは。……なるほど、改めて見ると凄いな」


 テーブルの上に広げると、貴族の瞳が輝く。曲げた人差し指を軽く唇にあて、数分考えると、ノートを取り出し何事か描き始めた。何を書いているか対面からはわからない。今ものすごいスピードでルートヴィヒは解読しているのだ。


 その様子を見つめていると、不意に視線が合う。キラキラした瞳で見返されて非常に新鮮。今世は嫌われていたし、前世はもっと違う目で見られていた。

 数分学識に浸ったルートヴィヒは上機嫌にサーシャの隣に座り直す。ノートの中身を見せてくれた。


「この魔術陣は5層で構成されてるんだ。1層でも意味をなすけれど、5層を重ならないよう綿密に計算され組まれている。描写が細かくなるのはそのためだ。流れる魔力は1層ごとにレールがあるから道筋を誤れば効果がない。魔術陣の意味は『入り口』『封印』『防壁』『制限』が複雑化したもの。けどあと一つがどうしてもわからない。分解できないんだ。なぜかな」

「…………」


 口調が砕け、一気にまくし立てられる。貴族然とし、穏やかなルートヴィヒとは違った一面。年相応にはしゃぐ様子が何とも目新しい。……いや、前にも見たことがある?

 一瞬昔の光景が蘇るが、よくわからなくなってしまった。何度もループし続けているので記憶が混乱している。夢ですら現実と誤認してしまう。


「あ、今『入り口』って言った?」

「言った。地下牢はゲートだ。どこに繋がるのかはわからない。実物見たいから案内して」

「え。授業中なんだけど」

「2人ともお腹が痛くて早退したことにしよう」


 悪びれもなく言ってのける。それほど気になるのだろう。ルートヴィヒは学問に対して常に貪欲だ。以前は歳を重ねるにつれ、与えられたノルマに目を濁らせていくが、今の彼はとても幸せそう。なぜなら先日まで嫌っていた自分の手を上機嫌に握っているから。


 手を繋いだまま地下牢へと案内する。高潔な血族様を案内するにはだいぶ抵抗があるが、命じられたのだから仕方がない。かくして地下牢と貴族様という絶妙な対比を目の当たりにして、サーシャはやはり謎の罪悪感を抱く。

 まだ掃除できていない部屋は汚れている。そこへ土足で踏み込みルートヴィヒは円陣へと駆け寄った。


「あれ? サーシャ、これ見て」

「うん?」

「この辺の文字、書き写してないだろ」

「あー、ちょっとめんどくなって」


 巨大な紋様の中心に、渦巻状に文字が書いてある。軽く一千字を超えているので、省略した部分だ。


「古代文字だな。文法が特殊だから、帰ったら調べないと」

「大丈夫。これなら読めるから」

「え」


 寮塔のモチーフ像にも同じ文字が書いてあった。ルートヴィヒに読んで聞かせると、彼の瞳が驚愕に変わる。サーシャ自身、読めるけれど意味はわからない。ルートヴィヒなら翻訳してくれるかな、と淡い期待で読み上げただけだ。

 全て読み終えて顔を上げると、貴族は突然サーシャの両腕を掴む。


「どうしたの?」

「腹に力を入れろ。手を離すな。──……落ちるぞ」

「え?」


 突然床が抜けた。


 いや違う。足場が自分たちを突き通したのだ。あたりは漆黒に包まれ、異空間に掘り出されたのだと感じた。進む軌跡を青い発光体が渦を巻いて示してくれる。

 しかし落下速度が尋常じゃない。浮遊魔法で落下を和らげようとするが、ルートヴィヒに体ごと抱き込まれ手が出ない。辛うじて指先で風魔法を出現させるが、出した瞬間弾け飛んだ。


『制限』


 ルートヴィヒの言った紋様の意味を思い出す。

 もしかして、ゲートの中は魔法が使えないのでは? では落下の着地はどうすれば? 今回はここで死ぬのか? ルートヴィヒを巻き込んで悪かったな。


 知らず、彼の服を握る手に力が加わる。耳の近くで貴族様が笑った。子供とは思えない甘やかな響きに、目を瞠る。ルートヴィヒもサーシャを強く抱き込んで囁いた。


「やっと一矢報いたな」


 楽しげな一言を最後に、次の瞬間落下は止まった。

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