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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
3章 魔術師学園編
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13. 隠された魔術陣


「もう具合もいいでしょう。おかえりください」

「ああ?」


 にっこりと笑うアクラをイグニスが睨む。体躯を大人に変えたイグニス。長身2人の睨み合いはなかなか迫力がある。

 何故急に喧嘩を始めたのだろう。不思議に思って見ていると、アクラが穏やかな視線をこちらを向ける。


「此度は私の番です。あなた(イグニス)は前回随分いい思いをしたはず。可及的速やかに退出を願います」

「……こいつ、何言ってんの?」


 苛つきながらイグニスもサーシャへ目を移す。通訳をしろ、とその目が語っていた。

 ここ最近の生活を振り返り、過保護者の欲求不満に思い至る。アクラは自分との時間を満喫したいのだろう。この子離れできない母親は何よりもサーシャに重きを置いているのだ。

 アクラのように子育てに全力を捧げる親は、そういない。少し鬱陶しいのが玉に瑕だが。


 ふと、解決策が浮かび、サーシャはイグニスの腕をとる。彼も子供になればいいのだ。2人が子供のポジションを取れば母親の養育欲求も満たされる。win-winである。


「イグニス、ちょっと縮んでくれない?」

「なんで?」

「サーシャ様」


 察したらしい。アクラはややげんなりと瞳に影を落とした。サーシャの体を抱き上げると、ベッドに押し倒す。


「ズレた気遣いは不要です。サーシャ様は今まで通り私と寝てください。それで妥協します」

「何それ? じゃあオレはどこで寝ればいいんだよ」

「ご自分で手配なさってください。ほら、幸いにも部屋はあります」

「はー?」


 隣の懲罰房を差して指を鳴らすと、瞬間壁が崩れた。埃とネズミの排泄物、先人の爪と肉に塗れた部屋はかなり不気味だ。

 ますます眉間のシワを深くしたイグニスだが、アクラは既に別世界に入っている。毎晩恒例となっている、サーシャとの寝物語の時間である。幸せそうに頬を緩め、絵本を広げた。


「昔々、おじいさんとおばあさんが住んでました」

「…………」

「なあ、おい。ちょっと」

「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは」

「…………」

「おま、ソレ、マジでやってんの?」


 無我の境地へ精神を移行させたサーシャと呆れ返るイグニス。それぞれ気持ちは噛み合うことなく、夜は更けていった。



 そして翌朝、目を覚ましたサーシャはあることに気づく。昨晩は神たちの喧嘩(?)やアクラの過保護劇で見えていなかったソレが部屋の中で異彩を放っていた。今サーシャたちがいる部屋と、隣の部屋を繋ぐ灰色の線。


 自分たちの部屋はだいぶ改築してしまった。床の絨毯をヒッペ返し、繋がる紋様の跡をなぞる。入居当初は失礼ながら排泄跡だと思っていた。掃除したら色は白くなった。


 昨晩壁をぶち抜いたことで、紋様が息を吹き返したのだ。しかしまだ、完全ではない。

 隣も、さらに隣にも続く巨大な円陣である。さらに壁を壊してようやく全容が見えた。地下牢全体が魔術陣になっているのだ。しかし術式が複雑で魔術陣の意味が理解できない。

 とりあえず紙に書き写し、サーシャは部屋を出た。突然の奇行に呆気にとられている神たちを残して。


 早朝の図書館にはまだ人が少ない。Fクラスが図書室を使っていると目くじらを立てられるので手早く済ませることにしよう。目指した先は魔術陣全書の戸棚だ。あらゆる魔術陣が載っている辞典なので重宝する。しかし辞典なので貸し出しは不可。戸棚の隅でページをめくりながら目的の陣を探す。

 基礎編と応用編でページが前後で分かれているが、当然応用編であろう。後ろのページから攻め、ページを半分ほど進めたうちにも似た円陣は見つからない。念のため最初のページまで読み進めたが該当のものはなかった。


 気づけば周りがやけに騒がしい。

 顔をあげれば日が真上まで上っており、知らぬ間に半日辞典にかじりついていたことになる。騒がしいと思ったのは罵声であった。早く出て行くようお叱りを受けたが、幸いにも拳は飛んでこない。いつもなら殴る蹴るは当たり前なのに。

 不思議に思うも、罵声の噴水の間をくぐり抜け、図書室から退散する。


 扉まできた時、最後尾にルートヴィヒがいた。風に髪を靡かせて、こちらを睨む。その反応も不思議である。ここまで嫌われることをした覚えがない。会釈して脇を通り抜ける瞬間、ルートヴィヒはぎょっとして動きを止めた。

 サーシャの持つ魔術陣を見たのだと気づいたが、聞いても意味はないだろう。現状針の筵であるし、自分を嫌っている天才様は手を貸してなどくれない。

 一瞬の奇妙な間を無表情で通過させた。


 街の王立図書館にも通ったが収穫はない。朝から晩まで、戸棚の端から端まで舐めるように調べたが類似する魔術陣がないのだ。では魔術陣ではないのか? と疑問を持つがそれも怪しい。サーシャが使う魔法陣はもっと簡単だ。

 円をベースに魔力を流し込むだけなので計算も何もない。一方で書き写した陣はいっそ芸術である。幾多もの紋様が複雑に重なり合い、花開くような、木漏れ日が漏れ出るような、暖かさすら滲む。絵画といっても信じる。

 とはいえ絵画ではない。地下室の陣には魔力が流れていたし、何かしらの意味があるのだ。そして意図的に隠されている。それは何故か?


 学園の秘密に一歩迫った気がして、サーシャの手は止まらない。王立図書館は空振りだったので、念のためクーロの寮塔のブックスペースにも行った。あいにく入所者以外は立ち入れず追い返されてしまったが。

 実りのない日々が続き、諦め掛けていた時、思わぬ人物がFクラスへ訪れた。


 ルートヴィヒさま。


 下々のゴミ溜めに降臨した輝かしい貴族様へ一同圧倒される。ルートヴィヒは不機嫌に教室を一望し、サーシャへと目を留めた。サーシャもちょうど貴族様を見ていたので視線がかち合い、少し驚く。


「サーシャ、顔を貸せ。話がある」

「え、……え?」


 護衛もお供もつけずに単身で乗り込んできた貴族様。常にない様相に、サーシャは慌てて席を立った。

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