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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
2章 少年期編
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6. 文無しの強欲ばり


「あ、ミスった」

「遅いよ、もー……」


 街から数百キロ離れたジャングルに飛んだ二人は鬱蒼とした大地を駆け回っている。ジャングルには昆虫型の魔物が多く生息し、的が小さい分魔法がなかなか当たらない。


 帯のように軍隊を組んだウインドバグがサーシャの肩をかすめる。すかさずルーナが魔法をかけ、進路上に圧縮空間を作る。

 急に止まれないバグが次々と飛び込み、ルーナは軽く拳を握ると空間の中でブチュっと体液が飛び散り潰れた。バグは倒しても倒しても湧いて出てキリがない。鬱陶しそうにルーナは首を振った。


「サーシャは石でも投げてて」

「ちょ、それ酷くない?」


 完全な戦力外勧告に口を尖らせる。

 これでも以前に比べれば魔法を使えるようになってきたのに。常に全方位から飛んでくるバグを振り払いながら走り、二人は僅かな茂みの間に飛び込んだ。


 一瞬葉に覆われ見えなくなったサーシャたちを探して、ウィンドバグは動きを止める。瞬間地面が盛り上がって中心が割けるとバクリと虫を飲み込んだ。

 一点に集中していたバグは飲み込まれたまま地中に引きずり降ろされる。やっと視界がひらけた。


 茂みの中で「ふふん」と鼻高々にルーナを見ると「このくらい出来て当然でしょ」と素で返された。

 茂みから出て二人はさらなる奥地へと向かう。


「あ、そういえばこの前授業で属性のこと習ったんだよ」

「ふうん」

「属性検査じゃ火か水か風かの三種類だったじゃん。それぞれ苦手属性と得意属性があるんだって」

「へー」

「火には水、水には風、風には火が効果的に効くんだよ、知ってた?」


 ルーナは一瞬考える。知らないわけではなさそうが彼にとって無意味な情報らしい。

 呆れた視線が刺さったので敢えて晒した。


「そういえば、さっきのバグの属性ってなんだっけ」

「えーと、うん。あれは風だったな」

「なんで火魔法使わなかったの?」

「盲点。咄嗟の判断って出来ないものだね」


 おバカなのは今更。肩をすくめ、ふと首をかしげた。


「あれ? そういえば今使ったのって地魔法なんだけど。あ、本家から分岐した属性なのかな?」


 納得しかけ頷くと、更に困った様子のお友達。かける言葉が見つからないらしく、頭の出来を本気で心配された。


「真面目に授業を受けているとのたまう前に、自分の言動を今一度思い返せ」


 とのこと。自分で発した言葉に眉を細めながら、続く言葉はどんどんか細くなり聞き取れなくなる。


「リンクしない事象様々に疑問を持ちもせず、日々呑気に過ごしているから周りが混乱するんだよ。僕自身振り回されている自覚があるし。……本当に、いつになったら気づくのさ」


解説を求めて疑問を呈すると、辟易したように銀色の少年はゆらりと大地を蹴った。



 ジャングルの奥深く、大きな葉っぱをかき分けると拓けた広場が見えた。その中心でもぞもぞと蠢く緑色の球体がある。


「可愛い! マリモみたい」


 警戒なしに近寄る自分をふわりとルーナが抱き上げ、空中に飛んだ。ひゅっと風切り音と共に、今いた場所に緑色の液が蒔かれた。液体を浴びた草花は色をなくして枯れ落ちていく。


「少しは注意して。てか可愛いってなんなの、可愛いって」


 ルーナの目にはとても可愛いとは思えないモルボルボールの巨体が映る。直径十五メートルはある球体からねっとりとしたゲル液を滴らせ糸を引いている。

 身体中ひだに覆われ、目と思われる触覚が数十本上に伸びていた。ぱっかりと口が開かれ、吐き出される呼吸ははっきり言って臭い。


「マリモみたいじゃない?」

「みたいじゃない」

「そか〜」


 地上に降ろされ、サーシャはのんびりと火型に指を組んだ。


「俺がやっつけていい?」


 にこりと微笑むサーシャにルーナが頷く。先に言った風対火の効用を試したい。

 サーシャが指を向けると一点が小さく発光し、火炎が放射された。モルボルボールは耐熱ゲルで体を包むが何分相性が悪い。

 ゲルは炎の下ですぐに効力をなくし、強まる火力にあっという間に巨体は蒸発して消えた。


「お疲れ」

「ん、巨体の割に弱かったね。……あれ?」


 焼けきった体の下で紅い結晶が光った。


「宝石みたい。そうだ、売ろう」


 今日ばかりはサーシャの目が金の亡者になっている。身に纏う選択肢を一切持たず、即金する姿はとても子供に見えず、ルーナは複雑そうな目を向けた。


「次いこ」


 切り替え早く、手を差し出すとルーナはぎゅっと握って答えた。


「いや、もう遅くなるから帰ろう。職員室行くんでしょ」

「でもこんなんじゃルーナは物足りないでしょ」


 体を動かしたくてジャングルに来たはずなのに、ちょっと虫を倒しただけでは気持ちは晴れないだろう。言うと、銀色の髪はふるふると揺れた。


「別にいい。サーシャとお散歩したかっただけだから」


 握った手に力をこめて、そのまま口元に寄せた。そうなのか、と首をかしげ、二人はジャングルの中を歩き出す。


 子供が散歩するようなところでは決してないのだが。

 のほほんと行われる気楽な散歩に虫たちは空気を読んでなりを潜めた。



 学園に帰ってすぐに職員室に行った。

 いつも険しい顔をしている担任が、トイレ掃除の成果を見てガチで泣いて喜んだ。こんな顔は初めて見る、とサーシャは笑う。

 その後、購買部で宝石の鑑定と買取をしてもらう。トイレ掃除の対価よりも何十倍もの値段で買い取ってもらったので、ルーナは今後絶対にお手伝いはしない、と心に決めたらしい。

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