彼女が望んだプレゼント
あるところにひとりぼっちの女の子がいました。赤ん坊よりは大きくて、少女にしては幼すぎる。そんな年齢です。
女の子は寂しそうな顔で「はぁ……」とため息をつきながら窓の外を眺めます。外には真っ白な雪が降っていました。
リビングからは、赤ん坊である弟の大きな泣き声と、それを『いないないばぁ』とあやす両親の声が聞こえます。
女の子の目に涙が浮かびました。
そうです。弟が生まれたせいで両親は朝から晩まで彼に構いきりです。女の子がどんなに素晴らしいことをしても、とんでもないことをしても、両親は全く構ってくれません。
弟が生まれたのは、暑い暑い夏の日。そして今は雪が降っています。
女の子はその間ずっとひとりぼっちです。
仕方のないことだと言う人もいるでしょう。でも、女の子は弟が生まれるまでは両親の愛情を独り占めしていたのです。それがに急現れた弟にとられてしまったのが、女の子にとって面白くありません。
女の子は何度も何度も、頭の中で弟にイジワルをする想像をします。夢にだって見るほどです。でも、実際はしません。なぜなら、女の子には分かっていたから。弟にイジワルをしたら、両親が悲しんでしまうことを。
女の子は両親が悲しむことを望んでいません。だから、どんなに寂しくたって、怒ってたって、我慢しています。
女の子は諦めたようにもう一度ため息をつきました。窓の外の雪は、もう雨に変わってしまいました。
しかし、そんな女の子にさらに嫌ことが起こりました。
なんと、弟が女の子の大切なぬいぐるみをヨダレで汚したのです。
弟は、ハイハイが上手にできるようになり、家中どこにでも行ってしまうのです。そして、ちょうど女の子の部屋の扉はしっかりと閉められていなかったのです。
ついに女の子の怒りは我慢の限界に達します。そして、女の子が弟を怒鳴ると、当然弟は大泣します。弟が泣くと母親が台所から出てきました。
母親は女の子を怒鳴りつけます。それは、女の子の怒鳴り声をはるかに上回る金切り声でした。それに対抗するように、大きな声で女の子は泣き叫びます。そしてそれと同時に溜まりにに溜まった怒りが、不満が爆発しました。
女の子の顔は、涙とヨダレでグチャグチャになってしまいました。それでも母親は怒り続けます。
『お姉ちゃんなんだから』とか、『その程度のことで』とか、女の子の気持ちを全く分かってくれません。
女の子は望んで姉になった訳でも、自ら弟にぬいぐるみを貸した訳でもありません。それなのに母親は理不尽に女の子を怒ります。
女の子は絶望しました。
だって母親は、弟の味方です。ですが当の弟は全く関係がないように部屋から出て行きました。
どうして、どうして。
女の子は悲しくて悲しくて仕方がありません。涙がとめどなく溢れてきます。
女の子は泣きながら部屋から出て行きました。母親はもう、追いかけてきませんでした。なぜなら弟が積み木を噛んだからです。
でもその積み木も、もともと女の子のものでした。今ではもう、弟のものです。積み木だけでなく、人形だって、ドールハウスだって。そして、両親だって。唯一持っていたぬいぐるみですら、今は弟のヨダレでベタベタです。
女の子は泣きながら物置部屋に入ると、膝を抱えて座りこんでしまいます。
女の子の目元は擦りすぎてもう真っ赤です。
しばらくして、涙を完全に拭き終えると、女の子は顔をあげます。すると、目の前にはクリスマスツリーが置いてありました。しっかりと片付けられなかったのか、飾りもそのままです。
女の子は導かれるように、その手をクリスマスツリーに飾ってある大きくて真っ赤な靴下に手を突っ込みました。
その中には、女の子の手のひらと同じくらいの紙切れが入ってました。
そして、その紙切れには『あなたのおねがい、きかせてくたさい』と、ひらがなばかりの文字で書かれていました。
女の子はそれを、ゆっくりと声に出して読み上げました。そして、少し考えた後あと自分の部屋に走りました。ペンを取るためです。
ペンを取って、再び物置部屋に戻ってきた女の子は、ゆっくりと書きます。
それは線が歪み、決して上手と言えない文字でしたが、『ぱぱとままとまたいっしょにあそびたい』と確にそう書いてあります。
女の子はその紙を靴下の中に戻すと、自分の部屋へ帰りました。
その顔には、少しだけ笑顔が浮かんでいました。
それから二週間が過ぎた頃。その日はクリスマスイブでした。
ですが、両親がクリスマスツリーを出す気配は全くありません。
そしてそのまま、クリスマスが過ぎてお正月がやってきました。
お正月になると、女の子の祖父母がやってきます。祖父母は弟だけではなく、女の子のことも構ってくれました。可愛らしい猫のキャラクターが描かれたポチ袋も貰いました。ですが、中身はすぐに母親にとられてしまいました。
でも、女の子は気にしません。なぜなら、祖父母は女の子と遊んでくれたし、可愛いポチ袋だってくれたらからです。ですから、そのポチ袋の中身なんてどうでもいいのです。
その日は、唐突にやってきます。それは、祖父母が帰って二日たった頃です。
女の子が朝目覚めると、枕元には母親の寝顔があり、女の子にかかっている掛け布団の上に右手を置いています。
女の子は驚しばらくの間ぽかんと口を開きました。そして、消え入りそうな声で「まま……」と呼びます。
その声に反応して、母親は目を覚まします。そして、目があってすぐ、「ごめんなさい」と言いました。
「あなたのこと、気づいてあげられなくてごめんなさい」
母親の目には薄っすらと涙が浮かんでいます。
「寂しかったよね、ごめんね」
母親はそういうと、布団の上に置いてある右手を女の子の頭の上に置いて、優しく優しく撫でます。
久しぶりの感覚に、女の子は泣いてしまいます。それはもう、大きな声で。
母親はその様子を見て、女の子を強く強く抱きしめました。そして、「ごめんね、ごめんね」と繰り返し言います。
女の子の涙は止まりません。まるで、赤ん坊のように声を上げて泣きます。
そして、しばらく経った後、疲れてしまったのか女の子はもう一度眠りにつきました。
その間もずっと、母親は女の子に寄り添い続けました。
父親も途中から来て女の子の頭のたくさん撫でます。
父親は「自分がされて悲しかったことを、娘にしてしまった」と自分を責めました。
両親はただ、女の子への謝罪の言葉を述べます。
それから数年後。
暖房の効いた暖かいリビングの中で、姉弟が仲良さそうに隣り合って座っています。
「ねぇねはサンタさんにお手紙書かないの?」
そう言う弟の手元には、いつかの少女のような拙い文字で『サンタさんへ』と書かれた手紙があります。
「うん。お姉ちゃんの願いごとはサンタさんには叶られないから」
少女は姉らしく、優しい声でそう言いました。
「そっかー。ねぇねのお願いごとってなぁに?」
弟は不思議そうに首を傾げます。
「秘密だよ」
少女は右手の人差し指を口元に当てると、イタズラっぽく笑いました。
「えー。でもねぇねのお願い、叶うといいね」
弟はそう言って笑うと、また手紙に向かって文字を書き始めました。
最後までお読みくださり、有難うございました。