太陽の花
天気が良い空って、どんな色のことを指すのだろう。
彼女はてくてくと小道を歩きながら考えていた。
少し湿った土の道だった。チャームポイントの白い靴下が、茶色く汚れてしまった。昨夜降った雨が、まだ乾いていないらしい。
そう、昨夜はひどい雨だった。家の窓から漏れ聞こえるテレビの声は、ずっと「大型低気圧」だの、「1年前の危機が再び」だの、緊迫した様子で一日中喋っていた。その時はただただ煩わしさしか感じなかったが、相手を信じる心を忘れてはいけないね。夜が近づくにつれて、風は勢いを増し、次第に多くの水滴を引き連れてきたかと思えば、両者は手を組んで荒れ狂う龍がごとく暴れまわり、辺りをなぎ倒していった。私は石造りの屋根の下でびくびく怯えながら、時が過ぎるのを待っていた。
朝日の眩しさに気づくと同時に、自分が眠っていたことを知った。あんなに酷い状況でも寝られるもんなんだな、と小さな発見に笑みすらこぼれた。龍は去ったのだ。私は歩き出した。
しばらくの間、道は草木に覆われていた。なるほど、相当な風が吹いたと思っていたが、被害はそれほどでも無いらしい。これなら、お気に入りのあの場所も無事かもしれない。
天国があるなら、きっとこんな風景も見られるのかな。そう感じさせる場所だった。視界が開けると、一面が黄色で埋め尽くされる。眩しいくらいの黄色だ。先程通ってきた小道で沈んでいた心も、一瞬にして明るくなる。私はこの場所が好きだ。
黄色のなかへ、飛び込んだ。身体も軽くなったようで、どんどんと奥へ入っていく。自然と足早になり、満面の笑みを浮かべているのを感じる。うれしい。たのしい。うれしい。たのしい。きもちがいい。
ようやく気が済んだところで足を止めると、人影に気がつく。老齢の女性と、幼い女の子。ラジオを持っているのだろうか、電子的な声が聞こえる。
「わぁ、かわいい。」
私に気がついた女の子が、嬉しそうに私を抱き上げる。人見知りする方ではない私は、彼女に身をまかせた。それを見つめる老婆もまた、優しい顔をしていた。
「黙祷。」
ふいにラジオの声が耳に入った。横を見ると、老婆も女の子も、目を瞑っている。
眠いのかな。そんなにすぐ寝られるものなのかな。昨夜の私も自分に驚いていたところだけど。
ラジオの言葉は難しくてよく分からなかった。けれど、甘くニャアと叫ぶのも、女の子の腕に頬ずりするのも、今するべきでないことは何となく分かった。
辺り一面、静かだった。蝉が鳴いているはずなのに、何故か聞こえなかった。
優しい風が吹いている。何か語りかけられた気がした。
時間が止まったように感じた。
「黙祷、直れ。」
次のラジオの声を合図に、二人は目を開けた。女の子は優しい顔をしていた。老婆の顔には涙が流れていた。そして不思議なことに、二人とも上を向いていた。私もつられて顔を上げた。
夏の暑い一日のこと。太陽の花と一緒に見上げた空は、どこまでも行けそうな青色だった。
【終】