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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第一章 ほろにが ブラックコーヒーはいかが?
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六杯目☆彡 謁見 / ゲイシャとモカ


 開かれた扉の先には広い空間があった。床も壁も白の大理石。天井の高さもさることながら、王国の主が座す玉座までの距離が遠い。




 みるくは止まってしまった足を一歩動かす。まるで、みるくを導くように、そこには玉座までの蒼き絨毯(みち)が敷かれている。


 みるくは前だけを見ている。その顔が懐かしく思える。



 白いドレスシャツに黒いベスト

 黒のパンツに身を包み

 銀と青で「蔓に絡まった花」の刺繍が施された黒い外套を身に(まと)い、

 玉座より見下ろすブルーの瞳。


 ――白馬に乗った、黒王子。いや、白馬になんて乗っておらずとも 


 ……みるくを むかえにきた たったひとりの くろい おうじさま


 王子はただ一人、変わらずみるくを待っていた。両者は見つめ合う。それ以外は目に入らないというように。





 玉座より右、並び立つ貴族。玉座より左、等しく並ぶ軍人。玉座の背後に控える女。そして、後ろからついて来る男。

 今、この空間にいるものは総て彼女を見ている。不思議と見ざるおえないのだ。


 だが、決して振り返ることはない。


「コーヒー王子」


 玉座の前、みるくが片膝をついて先んじて声を掛けた。周囲にざわめきが走る。不敬という言葉が出る前に黒き王子が応える。


「そうだ。私が、このコーヒー王国の王子だ。まず、ここまで大儀であった。また、貴様の待遇については諸々の事情ゆえ。許せ」


 王子は傲岸不遜な支配者の特権をふるう。


「――そして、私は貴様に再度、問わねばならぬ」


 王子はその宝石よりも価値ある蒼い瞳で、みるくを見る。


「我がコーヒー王国の招かれざる客よ、異界(いかい)の者よ。異人(いじん)……貴様は、なんの目的でこの王国に来たのか答えよ」



 ――嘘をつくな



 先程の言葉、……忠告にして警告であるそれが頭に響く。そして、先の玉座の主は蒼い瞳で厳しく異人(いじん)を鑑定する。頬の筋肉がゼンマイ仕掛けのようにぎこちない。


「私は……」



 ――王子ではあるけれど、普通だよ。普通に話の通じる人だ 



 顔を上げて、しっかり王子に向き合う。みるくの中に、もう(おそ)れは消えていた。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


――

――――

――――――。



「どうした?」


 貴様にしては珍しく難しい貌をして――、と頭上から声がする。嫌味なほど磨かれた黒革のブーツを見て、深く煙を吐きだした。



「お前がここに来るなんて、明日は槍が降ってくるのか? 明日の見張りに警戒するよう言わなくちゃならないな」


 迷惑だぜ、と手にした書類を放り捨てゲイシャは言った。


「煙草の匂いが移るのが嫌なんじゃなかったか。あいにくと俺の部屋はとっくにヤニが染みついている。お前はお散歩も気軽に出来ない、もっと忙しい奴だと思っていたが。――なあ、モカ?」


「ふん。部下のメンタルケアも仕事の一つだ」


「お前の部下になった覚えはないが。もちろん、お誘いってのなら謹んでお断りするがな」




 モカという男はこの王国の内務大臣を務めている。王子の右腕的存在であり、王国の財政の一切を手中に収めている。――らしいが、ゲイシャにとっては学生時分からの腐れ縁的な同僚だ。つまりは、ただの守銭奴の港の男。趣味は釣りで()()()()()()()()()()()()()、ってすかしたツラをしながらマグロ釣ってる、磯臭い眼鏡野郎だ。




 ゲイシャの部屋の中、一番()()な椅子に腰かけ、モカと呼ばれた男は顔を顰めた。


「それで? 唯一の取柄である顔面が不細工になるくらい、()()はよくないモノなのか」


「ああん? なんだとっ!?」


 ゲイシャの瞳孔が大きくなり凶悪な顔相に変わる。しかしモカにとっては些末なことなのか、気にも留めない。


「とぼけるな。()()のだろう? 王子に嘘偽りを告げたのか。まさか、もっと良くないのか」


「はあ~? 王子……って、あの娘のことか。別に何の問題もなかっだろう」


 お前も見たじゃん、とゲイシャがあっさり言う。しかしモカは茶化すなと怒鳴る。

 対してゲイシャは肩をすくめ、懐からもう一本取り出す。


「いんや、むしろ良かったと思うよ。禿豚貴族と禿鷲軍部の前であんだけ話せれば上出来だろ。うちの王子様もお気に召したようだし。ちょっと、初めて見たときよか見直してたよ。――ああ、誠実に話してくれたよ。()()()()()()


 窓から外を覗く。すでに日が没してだいぶ経つ。ゲイシャの目は、黒い夜空の向こう、輝く星々を見た。


 部屋に入ってきた当初――、渋面よりも珍しい表情のゲイシャにモカは驚く。





「――槍を降らせるのはゲイシャ、貴様だろうが。ふん、まあいい。小娘一人、少しの間、置いてやっても構わんだろう」


「いや、お前の城でもないだろう」


「わたしの金と、わたしの政治で廻るのなら、わたしの(もの)であってるだろう?」


「言っちゃう? それ俺の前で、言っちゃうの??」



 ゲイシャは呆れた顔で目の前の神経質そうな男を見る。ゲイシャが首を斬るジェスチャーをしてやると、たいして面白くもなさそうに男は鼻を鳴らした。


「わたしが消えて真っ先に困るのは貴様の大事な飼い主(王子)だろうが。そういう生意気なことは、ちょっとは経済活動に貢献してから言え」


「悪いな、俺はもっと別分野で国に貢献するよ」



 ――例えば、出生率の上昇とかでな。


 ゲイシャは婀娜っぽく()()を作り、モカにウインクをよこす。モカは米神に手を当てて頭痛を堪えるように唸る。


「ならば、しみったれた顔をするな。王子とわたし、これ以上余計な些事に(かかず)らせるな」


 ――素直に心配したと言えばいいのに、とゲイシャは苦笑する。まあ、この男はこれが持ち味だろう。素直になったときは、きっと天変地異が起こってるとことかだろうなと、胸中で呟く。






「部下の報告が(かんば)しくなくてな。今後、俺の美貌を損なわれないように気を付けるよ」

 

 なんせ国宝級でね――、と紫煙を吐き出すゲイシャ。軽く言ってはいるが、心ここにあらずという様だ。


 もちろん付き合いの長いモカがそれに騙されるわけもなく、眦をあげ問い質す。


「いや、そこはどうでもいい。何事だ、報告とは」


「今朝の森の中だ。近くに侵入者がいたようだが取り逃がした」


「なんだと!? まさか、諸外国の者じゃないだろうな」




 モカは諸国の王たちの顔を頭に浮かべゲイシャに詰め寄る。

 しかし、ゲイシャもモカを至近距離で見つめながら言った。


「分からん」

「何故だ? ……姿を見たのではないのか」

「見た。が、……見てない」

「なにっ?」


 ゲイシャは煙草を窓枠に乱暴に押し付ける。ジュッと、焦げ臭い香りが辺りに漂う。


「確かに、俺の目で見た。あれは何だったのか?」


「貴様の目で……それは、憎しみか?」


 ――ゲイシャの目は特別だ。


   ()()()()()()()()()()()()()


 王国には、いや、この世界の者たちには、稀に不思議な才能を宿して生まれてくる者がいる。昔は珍しいことでもなかったらしいが、神の愛が消え去ってから、こうした才は貴重になった。





「違う、そういう感じではなかった。もっと簡単な感情だった。単純だが、底知れない――」


 ゲイシャは思い起こす。森の中で見たのは恐ろしいモノだった。今まで見たことのない、得体の知れない強いモノ。そして何か仮面に(おお)われたような……。


「そうか……。あれは悪意だ。ただの悪意だったんだ。何も知らぬ子どもが、虫を引きちぎって喜ぶ時のような、純粋な透度の悪意だ」


「それが見えていながら逃がしたのか? 貴様が――」


「すまない。たしかに感情が見えた。すぐ近くにいたはずだった。それは確かだが――肝心の姿が見えなかった」



 もちろん納得のいかないゲイシャは、すぐに警戒態勢を引き上げた。国内のみならず、諸外国の動向まで見定めようと部下を飛ばす。


 だが、想像通りに姿()()()()という能力を持っているなら、捕まえることは容易ではない。


 幸いなことに、()()()()()()()()()すでに王国を去っているとのことだった。これで、城内で王子が暗殺される、といような最悪な事態はなくなった。

 だが、みるくを見られた上に、何故ヤツは寄りにもよってあの時、あの森にいたのか? 



 それの示す先は、二つ。


 ――王国の裏切り者、または、さらなる能力者。 



 悔しそうに項垂れるゲイシャを見て、モカもまた立ち上がる。ゲイシャの傍で窓枠に手を掛け外を見る。


 雲が星を隠していたが、モカが見ているのは上ではなく下だった。






「ならば、森ごと燃やしてしまえばよかったのだ」


 モカの顔に黒く影が射し、表情を隠した。


「ははっ過激だな、内務大臣さまは……。知ってるか? 俺は、同胞は粛清できても、勝手に森を焼き払ったりすることはできない」


 いくら目を凝らしても、真っ暗な闇の中では、あの森を視認することは適わない。

 かつて神聖なものと云われていたはずの、かの森は、今ではただの広大な木々の集りに過ぎない。


 モカは皮肉気に笑いながら眼鏡を外す。無機質な灰の瞳がひび割れていた。

 

「なるほどな。――わたしたちの命なぞ、所詮(しょせん)、草木以下ということか」


 ゲイシャはとっさに眼を逸らしていた。痛々しくて見ていられない。

 モカは胸の痛みを堪えるように、壁に背を預け目を閉じる。


「だが、勝手に押し付けられたものを鵜呑みにでもすると思っていたか! ここに手を出させるものか、この王国に。わたしのものに!!」


 ああ――、とゲイシャは胸中で呻く。隣でかっと目を開き憤怒に燃える(モカ)は、全身から隙間なく憎悪を()()()()()






 ……結局、こうなるのか。


 諦めた男と、足掻く男は流れに逆らえぬまま、まんじりと夜明けを待つのだった。

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