五杯目☆彡 君に願いごと
二人は城の内部へと進んでいく。
夕焼けに染め上げられたコーヒー王国首都「コフィア」
その王都の奥、堂々と聳え立つ黒い影「コフィア城」。四方を砦に囲まれた武骨な城。それは、二代前の王がこの平野である「コフィア」に遷都してから建てた、比較的新しい形の城塞だ。
高く垂直に伸びる城壁には、銃や弓を降らせるための狭間が至る所に配置され、先の大戦から現在まで増築が途絶えることはない。
その昔、黄金の地と謳われた砂漠の楽園「チュルク」
それが首都だった頃とは、まるで違う国のようだ。砂塵と美姫と花々が、舞い踊る先に現れた黄金の宮殿。
そこには連夜、先進の医療を求めて者共が列なす、旅人たちの救済の医療国家があった。
その昔、メスを片手に命を守った王国は、今では銃器を手に血濡れて命を刈り取ってゆく。
その変化がもたらされたのは何故であったか。それとも変化に理由などなく、元からこれがコーヒー王国の本性だったのか。その問いに答えられる者はいない。
建国から四百余年。
始祖「アラビカ」が王となり、それより幾多の世代交代を繰り返してきた。
若き血が国を動かすこの王国には、失われた過去を見つめる者などいない。
町々が見渡せるほどに城を上り詰めた頃、入り組んだ道筋の先に扉が現れる。白色のその扉には細かな蔓が刻まれていた。
ゲイシャは躊躇することなく扉を開き、みるくを内部へと招き入れる。
部屋の中はさほど大きくはなかったが、至る所に豪奢な調度品が置かれ、見る者を圧倒する。気圧されたみるくは、たたらを踏むが覚悟を決めて扉をくぐる。
部屋の中央、グレーの大理石で作られた机がある。みるくは扉に向かって奥側の、アンティークの椅子に誘われる。みるくは制服のワンピースの裾をそっと手で揃え、浅く腰を掛ける。
「ここは控えの間だ。向こうが謁見室になっている」
ゲイシャの指す方向に顔を向ける。今、入って来た扉の対角線上、みるくの背後にはさらなる通路があった。通路の先、そこには驚くほど大きな扉が佇んでいる。
「呼ばれたら王との謁見が始まる。そこには王だけでなく王侯貴族たちもいる」
膝の上で揃えた手をきゅっと握る。緊張で喉が干からびそうだ。ゲイシャは、みるくの様子を見て苦笑する。
「取って食われるわけじゃないから、そんなに委縮することはない。まあ、君の立場からいえば難しいだろうが」
今からそんなんじゃ保たないぞと、机を挟んで向こう側に腰かけたゲイシャが言う。
長い足を組み替え、みるくを見つめてくる。
「みるく――。私は、なにか罰せられるのですか?」
「いや、話を聞かれるだけだ。君はまだ、なんの罪も犯してない。――そうだろう?」
首を傾げて聞いてくるゲイシャは、まるで今後、みるくがなにか罪を犯すと言っているような口ぶりだ。
「私は、この世界に迷い込んだだけです。帰り道があればすぐ――」
「おっと、それはあの扉をくぐった後に言えばいい」
素早く制したゲイシャは、両手を組んだ上から口を開く。
「始まりに牢獄にブチ込んでおきながらで申し訳ないが。俺たちは君と、友好的な関係を築ければいいと思っている」
「本当、勝手ですね。すごく驚いたんですから」
みるくは胡乱な目つきでゲイシャを見た。その視線をまったく意に介さず、ゲイシャはしれっと悪びれない。
「ごめんごめん、怖かったろう? おまけに看守は禿鼠でキモいし。あとで俺がさくっと処刑しとくから、許して」
「いや、看守は本当に全然関わりないですよ。単に貴方が嫌ってるだけでしょ」
みるくのことをダシにして、お手軽に粛清しないで欲しい。それに牢獄に入れられ驚きはしたが、あまり恐怖を感じなかった。間違いなく隣の独房にいたデビルのおかげだ。
むしろ今……この豪華な部屋のほうが恐ろしく感じている。
「いや、それがさあ。皆、嫌ってんだよ。アイツは囚人を意味もなく甚振るのがご趣味の、サド野郎でさ。ま、王直々に触れるなと厳命された君には、さすがに何もしなかっただろうが」
……もしかしたら、ずっとデビルと話してたから、看守がこちらに来なかったのかもしれない。
騒がれたくなかったとしたら――、と考えてブルリと身体を震わす。
「あんな奴でも使わなくちゃいけないなんて、軍部の人材不足も末期だろ。大将閣下もなーに考えてんだろうねえ」
ゲイシャは、みるくの様子に気づいているのか気づいてないのか、話を続ける。
意外とおしゃべりなんだろうか? 仮にも「黒い羊」とやら大層な名の特殊部隊の長でありながら、軍の愚痴なんて――。
それとも、古今東西、所属が違えば仲が悪い、というやつだろうか。
それかゲイシャ自体がそんな振る舞いが許されるほど、実力者なのか。
まあ、みるくには関係ないかと考えゲイシャを見る。ゲイシャは懐から取り出した煙草を口に咥えたところだった。さすがに火はつけない。
「牢獄の隣にデビルっていう少年がいたのですが」
「――うん?」
怪訝そうな表情でゲイシャがみるくを見る。
「もしかしたら、看守の人にイジメられなかったのは彼のおかげかも知れません。ずっと話し込んでいたので」
「ふうん。陰険な看守様は、仲良くきゃきゃしてる囚人には近寄りがたかったかね。――それで?」
「コーヒー泥棒で捕まったって言ってました。それって、そんなに重罪でしょうか?」
火のついてない煙草を上下に動かし、ゲイシャは答える。
「いんや。量や品種によるだろうが、それほどでも。だいたいガキ一人で盗めるようなもんなら、そりゃ安物だろうよ」
警備が厳重な高級店にそうそう盗みに入れるかよ、と言ったゲイシャにみるくは詰め寄る。
「じゃ、じゃあ。あんまり長く牢獄に入れないようにしてくれません? その、看守にイジメられたら、可哀想です」
――出来れば、すぐ出して欲しい! との思いでゲイシャに頼む。
デビルが知ったら怒り出しそうなことを言い、必死に縋るみるく。
そんなみるくの様子に一瞬、表情がなくなった男は、しかしニヤリと笑った。
「そうだね。お姫様を楽しませてくれた、心優し~い囚人にはご褒美をやってもいいかもな。まあ、それも君しだいだけど」
「本当ですか!? デビルは、本当は悪い子ではないと思います。……多分」
「まあ、一応、捕まった経緯や態度なんかを確認してからになるけれどね」
やった! と、みるくは両手に力を入れ直した。
これで、あとで合流できる確率が高くなったはずだ。
「まー、俺は出来る男だから。問題さえなければ、すぐ解放されるだろうけど」
「さすがです。そうなんですか! 全然知らなかったけど、ゲイシャさんってすご~い」
まあね、と言う男を、高校の――おっさん転がしでその名を馳せた――友人が言っていた魔法の言葉を思い出して、褒め称える。
「じゃあね、みるくちゃんにも頑張ってもらおう。俺の労力に見合う分だけね」
「えっ?」
「えっ、じゃないよ。俺だけ働かせるなんて、可哀想だろ? これから残業で減ってく俺の美貌の対価、ちゃんと払ってくれないと」
「ゲイシャさんの美貌は、ちょっとやそっとの残業で減るわけないです」
「お肌のターンオーバーなめんな。ちゃんとケアしてなきゃ化粧乗りも悪くなるぜ」
君って化粧下手だな、そのピンク、全然似合ってないよ――、と言うゲイシャに、余計なお世話だと思いながらみるくは言う。
「それで……どうすればいいですか?」
「ああ……君ならゴールド系の大人っぽいのが似合うね。可愛い系、あんまだわ」
「も~! 話が、違います!!」
ちょっと傷つきながら、みるくは言った。
ゲイシャは、火を付けなかった煙草を灰皿にぎゅっと押し付ける。
「――ああ、君に願うことは一つだけ」
ゴクリ、と姿勢を正してゲイシャを見つめる。
「嘘をつくな。王子にすべて正直に話せ」
「分かりました。謁見で決して嘘をつきません」
「いや、分かってない。謁見だけじゃない、俺たちに誠実に接してくれ。この王国の誰をも欺かないでくれ。――どうか誰も、傷つけないで」
正面のちらつく水色の瞳の中、黒く瞳孔が拡大する。
ゲイシャは、正面に座る少女に祈るように言った。
「どうか、王子を助けてくれ――」
みるく:あれ? 全然一つではない件。
ゲイシャ:嘘つくなっての以外は、ただ言ってみただけ。まあ、あとのは当たり前のことだろう? 破んないよね、人として。(懐に手を入れる)
みるく:あれ? 処す? 処されるの?
デビル:だから関わるなって、言ったのに……。