四杯目☆彡 ハイリスク! ハイリターン!! ハイプライス!!! 『サンコー』の男、ゲイシャ登場
牢獄から出されたみるくは看守に連れられ階段を上る。うしろを振り返るが、すでに錆びれた鉄格子は影も形もない。
細い通路を抜け、みるくは半日ぶりに地上に戻ってきた。
大きな天窓から夕日が差し込む。埃っぽい薄暗さに慣れた眼は、鈍い鋼色の光さえ眩しく映る。
足許には深く濃く青い絨毯が広がっている。壁付きの灯りを頼りに先行する背中を追ってゆく。
しばらく無言でついて行くと、内部の装飾度が上がっていくのが見てとれる。
寒色の光りに照らされるのは、みるくですら知っている著名な絵画。それが本物か偽物かは、あいにくと美術に疎いみるくには分からない。
しかし、通り過ぎていく芸術品は所謂、近代アートと呼ばれるものが多い。
この城の主の趣味だろうか? みるくは意外だと感じる。
今まで見たすべての照明は電気が通い、モダンなインテリアは驚くほどに現代的。
突然、みるくはぐにゃりと地面に肉体が沈み込みそうになるのをこらえる。
――ちょっと、デビルの声が聞きたいかも……。
みるくは無性に懐かしくなってきた牢獄の友を思う。
正しかった隣人の言葉通りに、みるくはあの場所から半日足らずで出てきている。
デビルは最後に細い腕を狭い鉄格子の間から出し、ひらひらと振ってみせた。みるくは感謝と再会の願いを込めて彼の名を呼び、ゆらゆら揺れていたその手の平が、親指を立てた形に変化するのを目に焼き付けた。
それに励まされるように胸を張って出てきたはずなのに……。
……何を弱気になっているの。彼との約束を守るためにも、デビルへの恩情も請おうと決めたのに!
みるくがしっかりしないと――。
しかし、先程までの居場所とのギャップが酷く眩暈がする。
みるくの息が上がると、前の背中もぴたりと停止した。もつれそうになる足許に、みるくは堪らず壁に手をついた。みるくは鉛のように重たい頭を精一杯、努力して持ち上げる。
廊下の奥、一人の男が俯き壁に背を預け、凭れ掛かるように立っていた。
「隊長殿」
立ち止まった看守は、バッとその場で姿勢を正し敬礼する。隊長と呼ばれた男は、軍帽を目深にかぶり俯いたままで、こちらを見もせずに言った。
「ご苦労、お前はここまででいい。ここから先は俺が連れて行く。持ち場に戻れ」
「はっ!」
看守はしかし、直立不動のまま動かない。みるくも不審に感じる頃にようやく敬礼を解き、もと来た道を戻って行く。
残されたみるくは動かなかった。動かず目の前の男を観察していた。
男は看守の姿が見えなくなってから、わずかに軍帽の鍔を持ち上げ、前を見る。
「――ちっ。きめえヤローだな。気に食わない」
男はそう吐き捨て、今度はみるくの瞳を見て言った。
「アンタもそう思うだろう。あんな所に入れて悪かったな、アイツに何もされなかったかい?」
「――」
みるくはゆっくりした動作で壁から体を起こす男に、はっと息を呑む。
見上げた男はモデルのように背が高く、190cmくらいあるのだろうか。すっと細めた男の瞳は色素の薄い水色をしており、そこに黒くて大きな瞳孔が酷く獰猛な印象を与えている。
精悍な顔付きとその目の中の色彩は、氷雪を駆け抜けるシベリアンハスキーによく似ている。
細身の王子とは違う、男性的な立派な体躯。しかし危険な雰囲気が漂う男の、その横顔は美しい。どこか中性的ですらある。
……ド迫力の美丈夫といったところか。
一歩近づいてくる男に、みるくは一歩後ずさる。
「もう今朝ので喋り疲れたのか。それとも王子じゃないと話したくないかい?」
皮肉気な表情で近寄り、みるくを壁際に追い詰める。
「俺の顔に見惚れてばかりじゃ、アンタは一歩も先に進めないぞ」
男の白い手袋に包まれた右手が、みるくの頬に触れようとする。みるくは、そっと顔を逸らして接触を避けた。みるくの頬を風が優しく撫でていったのを感じた。
みるくは目線を上げて努めて冷静に答える。
「看守の方には、特に何もされてません」
簡潔に伝え、押し黙る。
男の軍帽をちらりと確認し、やはりと思う。男の顔に覚えはないが、その制服はたしかに見覚えがある。今朝、森の中で王子が引き連れていた兵士たちが着ていたモノだ。
――みるくちゃん、いーい? 親衛隊には、絶対、気を付けるんだよ!!
デビルの声が脳内でフラッシュバックする。デビルが、この国で一番危険な存在と言って教えたのが、王子直属の私兵集団。親衛隊と呼ばれる彼ら。別名「ブラックゴート」。
それの隊長が、この人らしい。
――目印は黒い軍帽に付く「山羊」の帽章だよ。目が合ったら襲われるから、とっとと逃げてね!
……なにそれ、怖い。思いっきり目が合ってしまったけれど。内心冷や汗をかきながら文句を言う。
山羊の帽章とかてっきりアルプスの少女ハイジ的な可愛いのかと思ってたら、ナニコレ? 地獄のサバトみたいな禍々しい姿なんですけど!! ええ、もうちょっと、こう、親しみとか考えないのかな~ゆるキャラ風にするとか。も~!
怖い、顔が綺麗すぎて怖い。逃げられない。
正直、看守のことなんて全然これっぽちも印象に残ってないんですけどっ。
「えらく警戒されちゃったな。お兄さん、君に何かしたかな?」
男は苦笑する。一転して柔らかい雰囲気になった男は、優しくみるくに笑いかける。くらりと滴るような色気のある微笑みだが、この男の笑みは自己の魅力を100%知り尽くした――計算されたものに違いない。
……歌舞伎町No.1ホストみたい。知らないけど。ウェ~イ、近い近い、顔が近~い! みるく、鼻血とか垂れてないよね!?
みるくは仰け反って内心焦りながら距離をとろうと試みる。みるくは若い。きっぱり「NO」と言える世代だ。
「何もされてません。きっと初対面です! だから、少し離れてください」
「ええー、ショックだな。俺は今朝、ちゃんと君と運命の出会いを果たしていたのにな」
あー、そっか。お姫さまはウチの王子さまに夢中だったもんな――と続けて、男はニヤリと笑う。ゆっくり腕の囲いを解いた男は、真っ赤になって黙ったみるくの頭をポンっと軽く叩いた。
「まあ、嘘だけど」
「嘘なの!?」
がーん、と衝撃を受けたみるくに男は苦笑する。
「最初に君が座り込んでいた時にはいたけどね。そのあと少し隊列から離れさせてもらったんだよ」
俺のこと忘れてしまう女の子なんて、この世にいるわけないから――と、100%の自信で言い切る男。
気障な仕草で右手を差し出してくる。みるくは呆れた眼差しを送り、仕方なく男に手を伸ばす。
「俺は、ゲイシャと言う。コーヒー王子の直属の親衛隊ブラックゴートの隊長だ」
長い付き合いになるから仲良くしとこうと言って、握手を促してくる。
「牛飼みるくです。短い付き合いでしょうが、どうぞよろしくお願いします」
みるくも笑顔で答える。ゲイシャは、やれやれといった仕草でエスコートを再開した。ゲイシャに大人しく付き従いながら、頭の中で男の情報を整理する。
『黒い山羊』
コーヒー王子が世襲制を廃止した軍部の中でも、選りすぐりの若者たちが集まり結成された特殊部隊。王子のためならば命を投げ打つ事もいとわない。
王子に絶対の忠誠を誓う彼らには、一つの特権が与えられている。
独自的制裁の許可。彼らの行う粛清には、王子の許可すら不要だ。
――つまり、みるくちゃんも王子にとって危険だと判断されれば、こっそり始末されちゃうってこと。だから……。
決して心を許さない。近づきすぎは危険だ。この男にも、王子にも。
みるくの命はゲイシャ、この男の裁量一つで決まる。
ゲイシャ:100g@4000? 高い? それくらい、俺のとこは普通なんだけどね
みるく:嘘でしょ……。松阪牛ぐらい高いんですけど
デビル:だから、ヤツらには気をつけろって言ったのに……。
昔、スタバで一杯2,000円で売ってましたが飲んだ方いますか? 美味しかったでしょうか?