三杯目★彡 無料? 有料? おかわりは計画的に~
「それより、さ――」
すっかり打ち解けたはずの隣人デビルが声を潜める。
「みるくちゃんはこの世界のことを知りたいんだろう? 教えられる範囲でおれが教えてあげてもいいんだけど……」
「本当? デビルお願いします! この世界の事、どうか教えてください」
みるくは思わず両手を合わせた。願ってもない申し出だ。いまの状態のみるくは、きっとこの世界のどんな子どもよりも知識や常識に欠けていることであろう。
――いいや、そもそもコーヒー王国とはなんだ?
熱狂的なコーヒーファンが住む国だろうか。ならば日本茶国とは日本茶が好きな人たちの国なのか? みるくはそんなの聞いたことがない。世界地図にも載ってない。
ましてや国が滅びるとはなんだ? 冗談にしても質が悪すぎるし、これはただの勘だがデビルは無意味な嘘は吐かない。
みるくは先ほど異世界から来たとは言ったが、自分でも言ってて半信半疑だ。いままで生きてきたなかで培われた常識、それが全力でバカみたいだと否定しにかかってくる。
……ほんらいなら、なにも知らないみるくを森から連れてきた王子にこそ果たすべき役割。しかし彼らがまっとうに説明責任を果たすとは思えない。
――すっかり、みるくは道中のことを根にもっていた。
みるくの嬉しそうな反応に何故かデビルは及び腰だ。言い出しっぺのはずの彼が言いずらそうに、うん、と口ごもる。
「え~と、でも、さ。今からおれが話すこと――情報だってさ、世の中タダじゃあない。それもさ、立派な売り物なんだ」
「……」
「おれとしては、みるくちゃんとおれの仲だし。別にタダでもいいんだけど。ちょっとさ、そういうのに口うるさいのが知り合いにいて……」
タダで情報を売ったら、デビルがその知り合いに怒られる。
ぼそぼそと言い訳のように言い募るデビルに代わり、少女がきっぱりした口調で話しだす。
「つまり」
「うん……」
「そのこころは――」
「……」
「デビルはこの世界のことを教える代わりにみるくにお金を払って欲しい!」
「う……、うん。まあ、そういうことだね」
――しぶしぶ、デビルは認めた。
しかし困った。みるくはこの世界のお金どころか、元の世界のお金すら持ち合わせていない。
ここに来た時だろうか、鞄はいつの間にか消えていた。財布も携帯電話も鞄の中だ。
みるくは、しゅんっと項垂れた。
デビルは、コーヒー泥棒(?)なる窃盗罪で牢屋に捕まっている。だから、デビルがお金を要求してくることを責めはしまい。盗むくらいに懐が厳しいのだろう。それは分かる。
なので、少年が意地悪で言ってるわけでないのも分かる。
――出世払いというのもどうだろうか? う~ん。
正直、信用度は低い。とてつもなく低い。ゼロに近い。何故なら牢獄に繋がれた状況下なのだ。それもお互いが、である。みるくの容疑(?)とていつ晴れるかも分からない。(デビルは疑いでなく、事実だったりするが)
ましてや、例えここから出られたとして、二人でこうして暢気に話せる保証もない。みるくが金を稼げる保証もない(重要)。
「もちろん! って言いたいところなんだけど……」
返答に困ったみるくだったが、そう簡単には諦めたくない。
それにデビルの声はまるで恥じいるように揺れている。デビルのためにもなんとか二人の妥協点……解決策を見つけ出してやりたくなる。
「分かってるって。みるくちゃん、お金とか持ってないんでしょ。だからさ、支払いは別でお願いしたいんだ」
しかし、みるくの言葉を遮ったのは当のデビルだった。デビルの力の入った言葉にみるくは首を傾ける。
「え、いいの? お支払いが現金以外なら、みるくに出来ることは、もちろん」
――なんでもする、と言い切っていいのか。
若干、不安に襲われる。それもこれも、なんだかデビルが先程かららしくないから。やけに静か。少年が静かだと、周りは得体の知れない怨念めいた唸り声しか聞こえなくなる。そんなものを聞くよりかは、少年の憎まれ口をきいていた方がずっと楽しい。
一体どんな要求がくるのか、と身構えたみるく。だが、小さく呟かれたそれに眼を見開く。
「――え。そんなことで、いいの?」
「うん。今度、会ったときでいいからさっ。おれは別に情報屋ってわけじゃない。特に対価をコレと決めてはいないんだ」
報酬内容はそのときの気分だ!! そう、やけくそ気味にうそぶくデビル。みるくは拍子抜けしたがデビルは存外真剣に言っている。
いやそれどころか、みるくに断られても仕方ないとさえ考えているようだ。なにか腑に落ちない感じもするが、もちろんみるくの答えはたった一つ。
「任せてよ。みるく、こうみえてもソレ、上手なんだよね!」
「~~ッ、しゃ!! じゃあ取引成立だね。おれに分かることなら何でも聞いてよ!」
ほらほらほら~、っと勢い切って迫るデビルに驚く。よほど嬉しかったとみえる。いや、実際には見えはしないが、ガッツポーズはしてるんだろうな、コレ。
さらには小躍りしだしそうっと思うと、もうダメだった。
みるくは、ぶっと噴き出してしまう。
「どうしたの? みるくちゃん」
きょとんっとした声に、さらにお腹を抱えて笑ってしまう。みるくの様子にようやく自分が笑われていたことに気づくデビル。
なかなか笑いが止められないみるくに、少し怒ってるのか恥じているのか、拗ねたような声が聞こえる。それがやはり幼くて――やっぱり弟みたい。可愛いなあ。とますます、みるくの琴線に触れるのにデビルはまったく気づかない。
「ちぇっ。みるくちゃんは、俺たちにとって、それがどれほどのことか、気づいてないからそうやって笑えるんだよ」
「ふふふっ、そうなんだ。ごめんね。気づかなくて」
「お金なんかよりも、よっぽど、価値があるのに分かってないな~」
「えへへ。そうなんだ~、それって褒められてるのかな。うれしーなあ」
「ちっ。そうなんです。ほら、笑ってないで、ちゃんと聞いて。おれ、一度しか話さないからね」
――むかしむかし、あるところに、ぎじんのおひめさまとおうじさまがいました。かれらは、ふたりぼっちなのがかなしくて、さみしさがきえるようねがいごとをしました。かみさまは、そんなふたりのねがいをかなえて、たくさんのこどもたちとみんながすめるくにをあたえました。しかし、ふたりはまださみしさがきえません。なぜならそれは、■■■■■■■■からです。また、ふたりはねがいごとを、してしまいました…………。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って」
突然始まった、日本昔話ならぬ異世界昔話にみるくは慌てる。すっかり臍を曲げてしまったデビルは、棒読みのまま昔語りをやめない。
「わわっ。待って、待って。ちょっと、ちゃんと聞くから、ね。お願い」
「めでたしめでたし。はい、おしま~い」
「わーっ! 待ってよ、待ってよ。も~! ごめんね、デビル。もう、笑わないし、謝るから~」
「はいはーい。今のは、赤ちゃんに聞かせるようの、この国の御伽話だよ。次のは、よちよち歩きしだしたら聞かせるようの昔話。そんでその次が、初めてのおねしょでママが話す童話。それから――」
「……すいません。時間がないので、実話のみでお願いします」
デビル先生のありがたいお話は、日暮れすぎに看守がみるくを迎えに来るまで続いたのだった。
デビル:だから、コーヒー王国と(むしゃあ)公国と、(ズズー)共和国があって。あと、最近、(くっちゃあ)自治区が(ゲフっ)公国から独立したんだけど――。
みるく:口のなかに、物をいれて話すなーー!!