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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第三章 すっきり淹れたら アメリカン!
24/26

23杯目☆彡 朝、美しい人

 コーヒーノキは日差しに弱い。


 直射日光を避けるため、ゆるやかな斜面で育てられることが多く、一緒にシェードツリー(日除けの木)を植えることもある。


 世界のコーヒー生産量の約6割を占めるアラビカ種。主にストレートで飲まれる豆で、病気に弱く栽培に手間がかかる。高温多湿も苦手で、霜や低温にも弱い。アラビカ種が栽培される場所の多くは、標高1000-2000mの涼しい高地。昼夜の寒暖差が大きいほど、高品質の豆ができる。



 なにが言いたいのかというと、〈なんて面倒くさい奴らなんだ〉という事ではない。否定もしないけれど今、みるくが言いたいのは――。


「朝さっむい!!」


 霧煙る朝、時計の針は五時をさす。赤い目をしたみるくがベットからのそりと起きあがった。


 コフィア城は平野にある。アラビカ種の育成条件には必ずしも適合していない。だが、コーヒー種族の好みの早朝の刺すような空気がそこにはあった。


 みるくは昨日、コーヒー王子から『目覚めの儀式』の役目を引き受け緊張感で眠れなかった。冷たい水で顔を洗い、頬を叩きなんとか眠気をふき飛ばす。前髪からつたう冷たい滴。それを払いのけ鏡の前で気合をいれる。


 儀式の時間には早すぎる。みるくはソワソワする気持ちを抑えようと、中庭におり立ち霧の中を歩いてみる。

 白く狭い視界のなか、黒い塊をみつけた。人影だ――それもシルエットから察するにドレス姿の女性らしい。



 みるくが謹慎を言い渡された理由一つ。それは大事な賓客が訪れたため。すでに、みるくの存在はその賓客とやらに知れ渡ったようだが、わざわざこちらから姿を晒すつもりはない。王子たちが怒るだろうことも予想にかたいが、異人が大嫌いの次期女王さま――普通に考えて会いたくはならない。


 みるくはとっさに薔薇園の花影に隠れた。これがもし王子の妹君、エメラルド姫だったのなら声をかけたであろう。


 雪のふらない王国の白い冬薔薇。お互いが傷つかないように気をつけながら、みるくはそっと茂みから顔を覗かせる。



 舞い降りたのは月の女神か、妖精の女王か。


 女の形はしているが人とは思えない美しさ。



 年齢はみるくと同じほどであろうか、まだ少女だ。

 だが、その立ち姿にさえ貫禄と誇りが滲みでている。


 陶器ような白い首筋には、この顔こそがふさわしい。そう思わせる繊細で上品な顔立ちをしている。紅茶色の深みある赤髪は上品にアップスタイルに纏められ、複雑な編み込みには一筋のほつれもなく、アクセントには一輪の青い薔薇。

 青色の豪奢なドレスに黒いマント。重厚な背中の(マント)には荘厳な銀糸の刺繍がほどこされている。



 みるくは直感した。この女性が紅茶レディだと。


 そして、この色を身に纏う女性が一体だれに思いを寄せているのか。そこまで分かってしまう。


 朝露に光る薔薇。その向こうの憂い顔の令嬢(レディ)。空を見上げる静かな姿は、かの有名な画家「ピエール=オーギュスト・ルノワール」の描いた絵画のよう。


 みるくはその場を動けず、白い吐息すら呑みこんでいた。


 令嬢の小さな吐息だけが彼女を人たらしめんとする。俯いた淑女はそのまま静かに中庭を去っていった。客室のあるエリアは彼女が消えた先にある。やはり王子の賓客は彼女で間違いない。


 みるくは薔薇の棘による小さな傷を作りながら茂みを這いだす。


 さきほどの女性が立っていた場所。そこに立って真似をするように澄み渡った青空を見上げる。すると意外なものが視界に入ってきた。


 それは窓を開けはなち、呆れた目をしてこちらをのぞく、麗しの王子さまの姿だった。



 王子さまは朝の空気を壊さぬかのように静かに、しかし跪きたくなるような圧倒的な王気(オーラ)をはなっていた。


 王子が片手をあげる。やがて男性にしては繊細で美しいその手は、親指のみを突き出す形に変化する。それをまるで指揮者のように優雅に動かした。後ろに引く。くいっ、くいっと。何度も、何度でも。


 みるくは実は万国共通(万世界共通?)だったらしいそのジェスチャーに深く感銘を受けながら、死刑執行を言い渡された囚人かのような厳粛な気持ちで王子の部屋に続く長い階段を歩むのだった。

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