21杯目☆彡 みるくの観察日記
「コーヒー王子……」
三日ぶりにその蒼い瞳に映り込む。みるくの中では、今朝の慌ただしく一方的な宣告をした男の事は、ノーカウントみたいなものだ。
鼓動が速まった気がしたが、きっとそれは気のせい。みるくは弾む胸の鼓動を抑えるように、そっと呟く。
みるくが硬直している間に二つの気配が背後で動く。
「「コーヒー王子」」
さっと机の上から降りたゲイシャと、恭しく腰を折るモカ。二人は王子に対しその忠誠をあらわすように、深く一礼をする。
みるくは瞬間、雰囲気に呑まれたかのように立ち竦んだが、慌てて王子に言葉の真意を問い質そうと口をひらく。だが、それを軽く手だけで制し、王子はその目を部下へと移す。
その些細な仕草、それで長い付き合いの彼らには十分だったのだろう。まずはゲイシャが前に出る。
「報告しろ」
「はっ! 王子、これよりは一週間の牛飼みるく――異人の行動のご報告をさせていただきます」
――以上をもって、わたくし黒い山羊の隊長『ゲイシャ』は、対象乙を王国に害を与える存在ではないとの所感をもって観察結果の結論とさせていただきます。
みるくはそこまで聞いて、はっと我に返った。今、この目の前でされていることはなんだったんだと。プライバシーとは? という所感を抱く、詳細な一人の少女の『おはようからお休みまでの七日分の観察記録』を読み上げられたみるくは、驚きを通り越して怒りで頬が染まった。
ご苦労――そう部下をしっかりと労う、上司の鏡のような顔をした男に勢いよく食って掛かる。
「ちょっと、も~! なによそれ!?」
蒼い瞳と水色の瞳、色彩は同じだが方向性が逆の性質を持つ二つの目がこちらを呆れたようにみる。
「何って。報告だけど?」
ゲイシャが俺の報告に何か不満でも? と言いたげにみるくをみる。そんな目をされる謂れはこれっぽちもない。
そして部下の不始末は上司が――とでもいうように黒い王子が慎重に聞いてくる。
「どうした? いまの話の中で不明な点、もしくは異なる点があれば遠慮するな。申せ」
許す、とでも言いたげな顔に、突っ込む勢いで指を突き付けてやる。
「不明な点っていうか、不満な点ていうか。むしろ異常な点しかなかったわよ!」
「? 報告内容、何が間違っていた?」
こてん、と可愛らしく首をかたむける王子に少しばかり気勢を削がれるが、これで騙されてはいけない。
「話の中身は全部合ってたわよ。(下着の色までね、あとでゲイシャ殺す!!)すべてね。むしろ、合ってることがダメなのよ。何でゲイシャにストーカーみたいなマネさせるのよ」
みるくの話を半分だけ聞いていた男は、さす俺! というように隣にいたモカに絡んでいる。モカは心底嫌そうな顔で、迷惑そうにみるくの顔をみてきた。……解せぬ。
「ストーカーではない。行動の観察だ。良かったな、みるく。ゲイシャはお前を善き異人だと言ったんだぞ」
ニコニコ嬉しそうな顔で結果報告をしてくる王子。ありがとう。けれど違う、そこではないのだ。
話のかみ合わないその様子に、時計をみて溜息一つ吐いたモカが助け舟をくり出してくる。
「みるくさん。この一週間、貴女は害のある人物なのかわたしたちに試されていたのです。貴女が『悪質な異人』ではないのかという確認作業ですよ」
モカの口調は柔らかくなっていた。王子の前だからか、それともみるくがある意味認められたからなのか。さん付けの上、『お前』から『貴女』と呼び名も変わる。
一気に格上げされたみるくは多少おっかなびっくり内務大臣さまに問い掛ける。
「なんでそんなことを?」
「それはもちろん、みるく……貴様が『目覚めの儀式』を行うに足りる人物かを見極めるためだ」
そうして知ったのは、この一週間の地獄のような苦しみ……失敗続きで泣きべそをかいた原因が、実はすべて人為的なものだったということだ。
「うそっ!」
「嘘じゃないって。宝物庫に閉じ込めたのも、俺が命じた部下の仕業だし。ちゃんと傍で様子を見てたけどな」
「なんでそんなこと……」
「だって悪い奴だったらよ、宝物庫なんて閉じ込めたら喜んで宝石とか金銀財宝とか盗みまくるだろ?」
――みるくが盗ったのは、結局趣味悪い人形だけだったけど、というゲイシャにアレは違うと誤解を解いておく。
呪いの椅子やら呪いのダイヤが置いてある部屋の物など、手にも取りたくないというのが真実であったのだけど。
「じゃあ、モカのお仕事の手伝いも?」
「あ、そうだ。モカ、お前もとっとと王子に報告しろよ!」
モカは自分の前に、ずずいっと乗り出す二つの顔を鬱陶しげに手で払いのける。
「みるくさんのお仕事は最初から違います。あんな計算問題、この王国でもわたししか解けはしませんよ」
フェルなんとかの定義らしく、なんと解いただけでお金が貰えるらしい。
「なにそれ、もっと真剣にやるんだった。じゃなく、じゃあ、みるくが無能ってわけではないんだね?」
「ええ、無能ではありませんが有能でもないです。――そう、わたしの方からは報告済みです。もう五日も前の話ですけどね」
――仕事の遅い、何処かの誰かとは違うんですよ。そう聞こえたのは気のせいではない。
ふっと灰色の目を細めて小馬鹿にしたようにゲイシャをみるモカ。
隣の火の粉のことはもう気にせず、みるくは再び聞く。
「じゃあ、壺を割ったのは? お花を引っこ抜いたのも? なあ~んだ、気にして損しちゃったよ」
ふう、っと額を手で拭うようにするみるくの横で、王子が壺、花と小さく呟く。ゲイシャはあ~あ、と言うように王子に忘れていた報告を付け足す。
「あ~、二日前に王子が気に入っていた作家の花瓶を割ってました。あと、先代が大切に育てていた月下美人、あれも全部引っこ抜いてました。いやあ、ほんとう恐ろしい異人ですわ」
しばらくみるくの顎が腫れあがることになり、エメラルドからよく効くシップを後日いただいた。
結論『正直で善人である。(ただし、特に優秀ではない)』 合格点は取れたようだ。
メイドA:(ああ、すいません。みるく様)
足を引っかけ、水をぶっかける。→怒らず、メイドの足を気遣う。
部下B:(クソっ! 俺はなんだってこんなか弱い少女に、こんなことを!!)
宝物庫のカギを閉め、物陰から観察。→怒らず、ただ出口付近で震えている。
ゲイシャ:なんだ、白か。
部下C:(すいません! すいません! すいません!)
上司の命令で下着報告。セクハラ&パワハラ
王子:みるく、コーヒー持ってきたぞ!(ニコニコ)
みるく:ありがとうございます!(感謝)
メイド・部下:……。
結論『王子とゲイシャの好感度がだいぶ下がった』




