20杯目☆彡 ミルク & シュガー
「……。わからないわ。なぜ、そこまでしてくれるの?」
みるくは頭を振った。
彼らの言葉には、嬉しいもの、納得できないもの、その両方が含まれていた。紅茶公国に突き出さずに『賢者の学校』に逃がしてくれるのは嬉しい。
だが、何故なんだろうか。
王子に背いてでも任務を遂行する決意があるゲイシャ。冷静に損得勘定をして、大臣として国益を最優先するモカ。みるくには話が合わないような気がしていた。
「宝人の持つ宝とはなにか――牛飼みるく。それがお前には分かるか?」
モカは椅子から立ち上がり、みるくに背を向ける。
「ここに真偽のつかない伝承がある。――曰く、宝人の宝とは王国に、いや、この世界にもともと存在したもの。かつての失われた宝、それを再び授けてくれる者が『宝人』。世界が戦争を始めたとき、国が滅び擬人も消える。そのとき、獲得した宝物も共に消える。それを擬人世界に再び持ってくるという伝説がある」
……モカは今、その伝説をどのような顔で語っているのだろうか?
ふと、みるくは、そんな他愛無いことが酷く気にかかった。
「彼らはその宝を自己の名前に隠しており、大切にもてなせば宝物を置いていってくれる……そう言われている。だが、大戦の後に彼らを見た者はいない。だから――まだ、あくまで伝説上の話となっている」
みるくは眼を見張る。
王子の顔が頭に過った。そうか、だから彼はあのとき――。
「大戦っていつのことなの?」
ゲイシャが軍帽をかぶり直して答える。
「そうだな。明確にいつ始まったかは定かではない。気づけば手当たり次第に周囲とドンパチやっていたからな。だが、少なくとも250年前には紅茶公国とはやりあっていた。紅茶公国だけでなく世界全体が戦火に包まれていた。終戦したのは今から58年前だ」
――日本茶国はずいぶん前に滅んだよ。……えーっと、あれは六十年前くらいか。あれれ? けっこう最近の話だね~
デビルが牢獄で話した時期と一致する。ならばこの世界の者たちは、そうやって二百年は戦い続けていたわけだ。終戦、先ほどの二人からは停戦と聞こえたが、その代償として少なくとも一つの国は滅んでいる。
「質問したいんだけれど」
みるくはモカを見つめる。
「なんだ?」
モカは真剣な表情で振り向く。
「この国にはなぜ、『ミルク』と『砂糖』がないの?」
「…………」
返事がない。二人とも動かない。
「三日前、王子に聞いたの。朝、目覚めの一杯を持ってきてくれたから、たまには『ブラックコーヒー以外が飲みたい』とね」
疲れ果てて目覚めた朝は、またしても寝坊の朝だった。それを聞いたらしいコーヒー王子が、手づからみるくにコーヒーを一杯淹れて持ってきてくれた。
寝間着姿のまま素直に受け取ったみるくは、自己の不甲斐なさと照れくささから『砂糖とミルクはないのか』ツンと澄まし顔で王子に尋ねる。
その瞬間に王子は、虚を突かれたように一瞬悲しげな表情をみせた。王子はこの国にはブラックコーヒーしかないと告げ、みるくが何か言う前にさっさと部屋を出て行ってしまう。
どうやらコーヒー王国にはブラックコーヒーしかないらしい。
残されたみるくは、ほろ苦い気持ちを抱えながら、涙が出るほど美味しいブラックコーヒーを飲みほした。
そのなんとも言えない後味の悪さはまだ鮮明に覚えている。
「そうか、だからなんですね」
みるくは納得して頷く。いくら失敗しようが放り出さない。王子やみんながこだわっていたのは。
「わたしの名前が『みるく』だからだったんですね。みなさんは、わたしを宝人だと思っていた」
チーズや山羊がいてもミルクはない。なぜなら、それこそが失われた宝だから。
不思議な世界だ。けれど、もとから異人と真人が同じ常識にとらわれているとは限らない。
みるくは溜息をつき、両者をみる。
「改めてですが、わたしはコーヒー王国の人たちが望む宝は持ってません。このままでは役にも立てそうにはない。帰る手段もないし、もし迷惑ならほかの手段を探しに城を出たほうが」
ミルクと砂糖は確かに持っていた。それは鞄の中に。
部活に使用するため「コーヒーミルク」と「砂糖」「ブレンドコーヒー」が自分の鞄の中に入っていたのを思い出す。ほんのわずかしかなかったそれは、もしかしたらこのまま見つからない方がいいのかもしれない。
「帰る手段はある」
思案するみるくは、そう続く言葉を遮られる。
ノックもせずに入ってきたのは、コーヒー王子だった。




