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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第二章 まだまだ苦い ブラックコーヒーでブレイクタイム
20/26

19杯目☆彡 真人の本音


「……それは、どうして」


 みるくは灰色の目をした男にたずねる。みるくの喘ぐかのような、か細い声にもモカは何ら動ず気配もなく、ただ無表情のままであった。


「効率は悪いが順序立てて説明してやろう。馬鹿者にはそのほうがよいのだろうしな」


 モカがそう言って、ちらりと隣の男――机の上で不機嫌そうなようすの特殊部隊の隊長をみる。ゲイシャは面白くなさそうであったが、文句もなく無言でモカを見下ろすだけだった。




牛飼(うしかい)みるく。第一に、お前の立場を再度説明してやろう。お前は『異界(いかい)』からこの『コーヒー王国』にきた『異人(いじん)』だ」


 その通りだ。確かめるようなモカの言葉にみるくは頷いてみせる。

 モカは教師のように即席の授業を始める。


「『コーヒー王国』の方針として『異人』来訪時には彼らの保護を優先する。基本、こちらに敵対意思が見えないかぎりは紳士的に対応する。……まあ、人道的に考えて当然のことだろう」


「……」


 みるくは薄暗い牢獄の冷たい床を思い出す。紳士的、人道的……。とりあえず話しを聞くだけ全て聞くべき、と判断したみるくは口を閉ざす。

 そんな()()()のようすにモカは目を細める。


「保護した『異人』の立場だが、これには二通りの場合がある。一つは異人が『宝物』を持つ場合。我々はその異人を『宝人(たからびと)』として歓迎をする。特権を与え自国民以上に大事にする。望めば王侯貴族のような地位も約束する。何不自由なく、どころか上にも下にも置かぬ歓待ぶりを約束しよう」


「その代わりに、宝人が持つ宝物を俺達に渡してもらう。俺達の管理下に入りこの国の(いちぶ)となってもらう」


 モカの言葉をあざ笑うように、ゲイシャは男が言わなかったことを付け加える。


「庇護の代償は必要だろう、子供であるまいに当然のことだ」


「そうそう。監視は必要だ。俺らは基本、まったくもって根っからの紳士だからな」


 モカは、ふざけた態度のゲイシャを見やり諦めたように首を振る。眼鏡を押し上げ脱線し始めた筋道の修正をほどこす。


「異人の立場の二つ目。『宝物』を持たない場合――」


 みるくはゴクリと唾を飲む。モカがもったいつけるようにひと呼吸おく。室内は静かに緊張感が高まっていく。


「……この場合はその『異人しだい』となる。その異人の本質が『善』であると判断できればこの国にいてもかまわない。保護の継続を行う。『宝人』ほどではないが、本人の行動いかんによっては特権や地位も与えないこともない」


「では……異人の本質が『悪』との判断ならどうするの?」


 みるくは素早くモカに問う。

 手を組み合わせ、モカは遠い目をした。


「その本質が、我が国に対し『悪』であるならば、我々はその異人を保護しない」


 ――国外追放、と言った王子の言葉が蘇ってくる。

 だが、その次の言葉は予想に反してもっと残酷なものだった。


「我々にとって悪質な異人など、そんなものは百害あって一利もない。その場合、残念なことだがすぐにこの真世界から去ってもらう。一秒でも早く、だ。……もし去らぬというのならば、実力行使を使わざるおえん」


「それは……」


 とっさに口を出したみるくだが次の句がつげない。

 この王国からの追放どころか、この世界から速やかに退去しろときた。出来ることならば、どんな異人だってすぐそうするだろう。この感じなら――それこそ何を置いても。


「でも、謁見の間では王子は国外追放とだけ言いました。他国には処刑もあるが、コーヒー王国では違うと」


 そもそもそれを言われたみるくは、あの謁見の時点では悪質な異人と認定されたということか。

 その問いに、震える()()()にわかりやすく回答したのは、モカではなかった。


「王子は俺達の中でも特に優しい紳士だからな。だから俺がいるんだろう? 賢いキミも本当はちゃんと気づけている、俺の役割ってやつに」


 ゲイシャが黒い軍帽の下、鋭い一瞥をくれる。

 黒い山羊の帽章は悪魔のような姿を模している。


「直接手を下すでもいいし、なんなら他国に売ってもいい。そう、キミも知ってる紅茶公国とかにな。恩も売れるし一石二鳥だろう。まあ、最終的にどんな過程を経てであれ、悪質な異人が死を賜わるのなら――俺達はそれで安心できる」



「――……」



 モカは肯定するように目を閉ざす。みるくはようやく王国とゲイシャ達の本音を知った。どうやらこれが彼らの本質。

 コーヒー王国の真人は異人のことを都合よく利用出来るならば捕らえ、邪魔ならば殺す。そういうことなのだ。


 デビルは牢獄でみるくに言った。コーヒー王国の異人に対する友好度は10点満点中4点だと。みるくにとっては今彼らから感じる友好度など1点もない。

 これで異人に対する友好度が1点しかないという紅茶公国ならば、入国して翌朝の日の出はきっと拝むことなどできはしない。


 みるくには理解できなかった。なぜ、この世界のなかでは圧倒的に有利な立場の彼らがそこまで異人を憎悪するのか。追放では済まさない、死ななければ安心できないなどと。



 それではまるで憎悪どころではない、深い執念――執着ともいえるおぞましさを感じる。



「お前は王子に謁見の間で認められた。それゆえ『宝人』ではないが、ある意味それに準じての対応をしてきた。護衛をつけ、牛飼みるくという異人を内外から守ってきた」


 モカの静かな声に同意するように頷いたのはゲイシャだ。


「城の内部の者も、例え王子の決めたことであろうと平気で背く奴はいるんだよ。この王国は世襲制でもなく、どっかの公国のように王族貴族主義でもない。むしろ力さえあれば、大抵なんとでもできる国だ。だから王子の命でも絶対とはならない。王子が絶対の存在であるならば、そもそも黒い山羊(ブラックゴート)のような親衛隊など必要ない。俺は王子の力の一部としてそれを反逆者(やつら)に見せ続ける必要がある」


「そんな……。貴方はそれでいいんですか? ゲイシャ、そんな役割で!」


 みるくは自己を卑しめるかのような声音のゲイシャに我慢できず問いかける。だが、軍帽の下、彼の顔は美しいままだった。その美しいまま言い放った言葉にみるくは今度こそ絶句する。


「いいんだよ、そんな役割で。勘違いしてほしくないが、俺は望んでこの役割を果たしている。だって、気持ち悪い奴らを自らの手で駆除できるんだ。これっていいことだろう? 黒い山羊の隊長でなくては、勝手に奴らを殺せないからな」



 

「そこまでだ、ゲイシャ。話がそれる。早くせねば時間になるぞ」


 狂気を感じさせるようなゲイシャを窘めるかのように、モカは一度手を叩いた。パンっと邪気を払うような音が辺りに響く。


「――話を続けるぞ。宝人に準じてお前を守ってはきたが、実際にはお前は宝人ではない。そこで問題になるのは、あの紅茶公国にお前が見つかったということだ。なぜかは詳しくは知らん。だが紅茶公国は異常なほどに異人嫌いで有名な国だ。100%、お前の引き渡しを要求してくるだろう」


 この場合、首だけでも満足するかもしれんが――と、モカは言う。


「ちょっと待ってよ、おかしくないの! なぜ、異人嫌いなのにわざわざ嫌いな異人を引き取ろうとするの?」


 みるくは慌てて言い募る。


「それはね、みるくちゃん。奴らは好きな奴ほどイジメたいっていう素敵な性癖の持ち主の国だからだよ」


 あ、間違えた。嫌いな奴ほどだっけ?――と、とぼけたような口ぶりのゲイシャ。下品な言葉に眉をしかめながらモカが続ける。


「真実はなんにせよ、奴らが異人の首をギロチンにかけるのを特に好むというのは事実だ。……一度見たことがあるが、このわたしですら異人に同情を禁じ得ないようなありさまだった。だが、問題はそれではなく紅茶公国の引き渡しを断った場合のことだ」


 青ざめた顔のみるくに言い聞かすように、モカがはっきりとした口調で断言する。


「言っておくが、我々が奴ら『紅茶公国』の戯言などいちいち付き合ってやる必要などはない。お前をどうするかなどと、そんなことは我が国の王子が決めること。奴らに命令される謂れなど一ミリもない」


「ああ、もともとコーヒー王国と紅茶公国は同盟国でもなんでもねー。ただ、二代前の王たちが取り決めた休戦協定にのっとっているだけだ。むしろ、今度こそ奴らのプライドをずたずたにへし折ってやるのも悪くねーな」


 ゲイシャが好戦的な笑みを浮かべる。肉食獣のようなそれは恐ろしくもあり、みるくにとっては頼もしい言葉でもある。だが続く言葉にみるくは顔を歪めることになる。


「ある一面、これより紅茶公国との戦争をはじめるのも悪くはない。戦力の差では圧倒的に我らが勝っている。この王国は軍人国家であり、技術的にも旧世代然とした紅茶公国などに後塵を拝することなどありえん」


「そうそう。紅茶公国は繁栄はしているが貴族国家だからな。今はまだ俺達の方が戦争という面では優れている。ある一部の者の能力を除いての話だが」


「だがな、それはあくまで一対一。他の国の干渉がない場合の話だ。そして他国の干渉がない(そんなこと)などありえん。さらに我が国の体力も昔に比べれば落ちている。貧困がはびこり、地下にはギャングだかチンピラだか得体の知れん者どもが巣くっている。結論としては、よほどのことがないかぎり戦争は回避すべきだ」


 モカはきっぱり告げ、ゲイシャは残念そうに肩をすくめる。


「お前がほんとうの宝人であるのならば迷う必要などもないのだが。リスクとリターンが釣り合わん以上はこの王国の大臣として、お前を差し出すよう王子に進言するほかないな」



「……やっぱり、そうなるの?」


 みるくはガックリ肩を落とす。なんなら、体ごと地面に倒れこみそうなほど全身に力が入らない。


 紅茶公国に行くことはイコール死ぬことだ。だが、みるくのことだけで国同士が戦争を始めるなどとは考えられない。ある意味、自分が死んでしまうことよりもそら恐ろしく感じる。

 いままで平和な世界で暮らしてきた女子高生に、死の実感などいきなり湧かないというのもある。


 ただ一つ、がっかりしていることがある。みるくはこの王国にも、紅茶公国にも嫌われていたということだ。ゲイシャもみるくのことなど王子の命令だから守ったにすぎない。これはゲイシャや部屋のメイドたち、その他王国の真人に対して好意を抱き始めていたみるくには、思いのほかショックな話だった。


「だからお前はすぐ城を出るべきだ。この城にいれば、いずれ紅茶公国に引き渡しを要求される。断れば戦争。もしくは、戦争ならずとも紅茶レディの手の者が暗殺を試みるかもしれん。他国に対して決して許されることではないが、実際、もしお前が暗殺されてしまえばあとは賠償金で済む話になってしまう」


「もともとは、みるくを牢獄にブチ込んだのもキミ自身を守るための一つの策だったんだよ。いまとなっては笑い話に聞こえるだろうが、あの中は城内でも安全といえる場であったんだ」


「だが、いまさら囚人が脱走した牢獄にお前を戻すこともできん。城内が無理ならば、今度は王国内で最も安全な場所にお前を移すしかあるまい。それが学園都市『ソロモン』にある『賢者の学校(ソロモン・スクール)』なのだ」


 こうしてやっと、みるくはモカの真意に触れることになった。


「そうだったんだ。でも、どうして学校の方がこの王城よりも安全といえるの?」


 みるくは当然のことながら不思議に思いモカに訊ねる。


「それは――」


「あー、それはね賢者の学校(ソロモン・スクール)の警備が手厚いからだよ。この城よりもね。なにより賢者の学校(ソロモン・スクール)には強力な能力者がいるんだ。その方のおかげで、あの学校の中には蟻一匹侵入することはできない。紅茶レディの従者など恐れる必要はまったくなくなる」


 ゲイシャがモカより早く理由を説明する。ゲイシャのようすからは、学校の警備やその能力者に対する信頼が見え隠れしている。


賢者の学校(ソロモン・スクール)は学生を育てるだけではない。あそこは王国唯一の研究所でもある。新しい品種の研究や改良などが行われている重要な施設だ。ある意味、王国の真の心臓部といっても過言ではない。そこにお前を入れてしまえば、もう外からは干渉できなくなる。あとは適当に、紅茶公国には人体実験してるとでも言っておけばいい。その権利が、異人を最初に見つけた我が国にあると言えば文句もいえんはずだ」


長くなったので、中途半端ですがきります!

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