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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第二章 まだまだ苦い ブラックコーヒーでブレイクタイム
18/26

17杯目☆彡 出て行け

 ゲイシャとみるくは連れ立って目的地へと急ぐ。

 モカの執務室はコーヒー王子の執務室の隣。つまり城の中腹に位置している。


 みるくは息を切らしながら、涼し気な顔のゲイシャを追う。


「ふう、はあ……。エレベーターが欲しいわ」

「エレベーター? なんだ、それ」


 ひたすら階段を昇りつつ、みるくは異界(いかい)の便利な設備を紹介する。

 ゲイシャは感心して頷き、それはうちの城にも欲しいなと呟く。


「設計図とかあればな……、こっちでも作れねえかな?」


 と、ゲイシャが横目で見てくるが、みるくは首を横に振った。

 残念だがご期待に沿えそうにはない。


「そうか。だが、一応モカに言っとけ。何か考えつくかもしれん」


 みるくは頷き、ゲイシャを見上げて質問する。


「モカってどんな真人(しんじん)なの?」


 みるくがモカという真人について知っているのは、内務大臣であること。お金好きであること。お金持ちであること。……嫌味な真人(ヤツ)だということ、だけだ。あと……、王国内で一番頭がいいのだったか。


「うん、そうだな。アイツはさっきも言ったとおりだが、王子が内政面で重用している右腕的存在だ。モカはこの王国の中でも最も歴史ある家系の一つでもある。奴に聞けばこの王国のことは、ほぼすべて分かるらしい」


「ゲイシャや王子よりも歴史ある家系なの?」


 ゲイシャは()()()の問いに頷いてみせる。


「俺も王子も歴史的に見れば、まだまだひよっこもいいところだ。なにしろ、初代モカは始祖『アラビカ』の次に誕生した真人だからな」


 みるくは驚きの目をゲイシャに向ける。


「あいつが何代目のモカかは知らんが……。まあ、つまるところコーヒー王国の歴史は、モカ一族の歴史でもあるってわけだ。さあ、到着だ。お先にどうぞ、プリンセス」




「入室許可はしてない。出て行け」


 恭しく開放された扉の向こう、聞こえてきた第一声がこれである。


「お久しぶりです、モカ内務大臣様。本日はお寒い一日ですが体調のほうは――すこぶる絶好調のようですね!」


 みるくは口元がひくつくのを抑えながら、執務机で分厚い資料を読んでいる大臣に微笑む。

 背筋を伸ばし、灰色の瞳を光らせ書類をチェックをするその姿は風邪すら逃げ出しそうなほどだ。 


「お忙しいところ申し訳ありません。ですが、少しだけお時間を頂きたいのです」

「いや、風邪だ。あいにくだが出直すがいい」


 モカは相変わらず資料に目を通している。羽ペンでサインをし、その資料を傍で控えていた男に渡す。

 資料を持った黒いスーツ姿が完全に消えたのを確認してから、ゲイシャは部屋の扉を閉めた。


「そうかそうか。じゃあ、俺達が元気になるような話をしてやろう」


 モカは眼鏡を中指でくいっと持ち上げ、そっけなく言う。


「風邪だ」

「大丈夫、治してやるよ」

「無理だ、構うな、うつるぞ。大事な大事な異人に何かあれば、貴様の首が飛ぶからな」

「大丈夫、大丈夫。みるくは風邪ひかないって、な? アレだから、な??」

「ええ! アレですから、ええ!!」


 そう笑顔で見下ろしてくるゲイシャの靴を、みるくもまた笑顔でぎゅっと踏みつけた。胡乱な目つきで無感情に茶番劇を見つめるモカ。背筋を伸ばしたまま鋭い声を発する。


「却下だ。そもそも内務大臣にアポも取らずに会いに来るとはどういう了見だ。そんなだから王子のお声もかからぬのだ」


 その言葉にズキリと()()()の胸が痛んだ。そう、あれからもう三日だ。


 ――やはり怒らせたのだろうか。


 実は、三日前――エメラルドを紹介された翌朝、()()()の不用意な発言によって王子は怒って部屋を出ていった。いや、あれは多分、傷付いた顔だった。


 それから今日、謹慎を告げられるまでの間、会ってはいなかった。避けられていたのだ。おかげでこの三日間、みるくはずっと正体不明の罪悪感のようなものを持て余していた。


 しかし、()()()よりもその言葉がぐっさり突き刺さっていた者がいた。


「ああっ。だから助けてくれよ~。このままじゃあ、俺様失業しちゃうっ。なぁ見捨てないでくれよ~、頼むよ内務大臣様!」


 そう()()()()()言って、ゲイシャはモカの執務机の上に座り、ドンっ! とその長い足でモカの背後の壁を蹴る。数枚の書類が花のように舞い散る。

 

 みるくは目の前の物騒な壁ドンを見つめた。

 何故どうしてすぐこうなる。コーヒーの血の気の多さに呆れてしまう。


 そういえば、コーヒーに含まれる『カフェイン』には興奮・覚醒作用があるんだった。でもおかしい。確かコーヒーのアロマにはリラックス効果もあるはずだ。

 この真人たちに圧倒的に足りてないのは、きっとカルシウムなんだろう。


 そんでもって、あとこの絵図(えず)ら。


 ――う~ん、金持ち外人とドS軍人。なんだか……危険な匂いがする画だ


 ダークチョコの肌色をしたアラビアンな恰好のモカと、軍服を禁欲的に着てるのに何故か退廃的な香りがするゲイシャ。ゲイシャがひゃっはーっとか言い出さない内に話をつけなくては。


 意を決し、みるくはモカへの相談を開始する。


「その、さっき、みるくが紅茶レディの手の者に見つかってしまったようです」

「そうか」

「……」

「……」

「……えっと。……それで……どうすれば、いい?」


 途方に暮れ頭を下げる女と、メンチを切りつつこちらを見下ろす男。


「……。30分だけだ。効率よく話せ」

 モカは諦めたように背もたれにかかった。





「出て行け」


 時間ギリギリまでかかった説明は、あっさりと一言で片付いた。ただしモカ限定。


「えっ!? そんな、ここまで話したのに。も~、じゃあ今度いつまた話を聞いてくれるんですか!」


 みるくは退出を求められ、焦る。

 そんなに邪魔か……まあ、邪魔だろうなと思う。思うが、なんとか助けてほしい。


 モカの机にうず高く積み上げられた札束、ではなく書類を見る。以前、ここで働いた(約1時間30分だけだが)からモカがめちゃくちゃ忙しいのは知っている。


 しかし、こちらも命がかかっている。朝の儀式でも何でもするから、紅茶公国に売り飛ばされるのだけは勘弁して欲しい。


 しかしモカは僅かに片方の眉を上げ、再度口を開く。


「何時、わたしがこの部屋を出ろと言った?」

「へっ?」


 キョトンとする()()()。ゲイシャは、まさか――と呟く。

 モカは二人の様子を感情のない目で眺め、三度(みたび)はっきりと解決法を口にする。


「わたしが出て行けと言ったのは、城の事だ。牛飼みるく――お前はこの城を出て行け」


 真っ直ぐに言われた言葉が、今度こそ深く胸に突き刺さる。

 みるくはとっさに机に手をついた。腰まで伸ばした茶色の髪がぱさりと揺れ落ちる。

 

 脳裏にこの国の王子と、姫、そしてデビルの顔が浮かんで消える。ぎゅっと拳を握りしめた。


「ソロモンへと向かえ」


 失意の中、上から降ってきた声にかすかに反応する。


「学園都市『ソロモン』に行け。そこでコーヒー王国最高教育機関『賢者の学校(ソロモン・スクール)』へ転入しろ」


 ゲイシャとモカ――水色と灰色の瞳がこちらを見ていた。


「お前が生き延びるには、それしかない」

ゲイシャ:なあなあ、モカ。

モカ:なんだ、鬱陶しい。

ゲイシャ:お前って『何代目』なんだ?

モカ:……。

ゲイシャ:なあなあ……。って、おい! 無視すんなよ!!

モカ:……四百年で九代。わたしがちょうど十代目だ。

ゲイシャ:……ふうん。


みるく:(四百年間で九人当主が変わったという事か。一人平均44年間?……ちょっと中途半端な年数かな)

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