14杯目☆彡 ズレる価値観
「――……はぁ」
「――……ふぅ」
コーヒー王国のプリンセスが去り、辺りの緊張感がなくなり空気が緩む。みるくとゲイシャは同時に溜息をつきお互いの顔を見る。
「困ったものだな」
「ええ、困ったものね。もうちょっと仲良くできないの? ゲイシャの国の姫でしょう」
「はあ? 何故、仲良くしなくちゃならないんだ」
ゲイシャはうんざりした顔で懐から煙草を取り出し、やる気なく火をつける。
「だって大事な人じゃ……王族は偉いんじゃないの?」
「王族が偉いわけあるか、媚びへつらう気はないっての……ああ、そうか。勘違いしているかもしれんが、王子や姫は世襲ではない。だから、ただの上司とその家族みたいなもんだ」
まあ、多少は古い血筋は畏敬の対象になりがちだがな――と言いながら、ゲイシャはこちらを見る。
「えっ、そうなの? じゃあ、どうやって決めるの王子って?」
「あ、そんなの、その時いる奴で、まー特に優秀でやる気ある奴にして貰うんだよ」
「ふうん。じゃあ、王子は王国で一番優秀なの?」
ゲイシャはぱちくりとした、ちょっと抜けた顔をして言う。
「いーんや。今、王国一優秀なのは君の目の前にいる伊達男に決まってるだろう?」
「そう? ここには、なんだかお間抜けな顔したサボり魔な男しかいないんだけど」
「あ~あ、男を見る目がないねえ」
ずいっと顔を近付けたゲイシャはニヤリと笑う。
「俺は本当に優秀な男だ。なんせ黒い山羊の隊長を若くして勤めてるし? 俺の豆は王国中で一番ホットと評判だしな。実際、戦闘で俺以上の奴など王国にはいないな。まあ、互角程度なら2人程いるが」
へー、とみるくは疑わしく思いながら相槌をする。さらにゲイシャは煙を吐き出しながら言う。
「俺は頭の方も優秀だが、そこは根暗なガリ勉に一番を譲ってやろう。可哀想だからな。みるくも会ったことあるだろう? 内務大臣のモカが頭脳ってのでは、一番だろうな」
うげっと、みるくはその内務大臣モカの顔を思い出す。出会って約5000秒で首にされたのも思い出す。そのうち、4000秒はねちねち嫌味を聞かされていたはず。あれ? ということは……。
「じゃあ王子って何がすごいの? 戦闘能力ならゲイシャで頭脳ならモカ……内務大臣様でしょ。王子は?」
「そりゃあ王子はやる気が一番すごい」
「そんな馬鹿な! 本当にやる気があれば王子になれるの? というか、あんな完璧王子みたいな顔してそんな適当に決まったわけ?」
みるくは思わず本音をぽろりと言ってしまう。ゲイシャは愉快そうに笑って頷く。
「そうだよ、意外と適当に決まったんだ。一応、俺達三人が次の王子候補だったが、まず俺がパスイチで降りた。だって、面倒くさそうなんだもん」
と、可愛く言う大男。
……なんだろう、ただしイケメンに限る! ってのはどこが限界点なんだろう。
「まあ、そうだろうね。ゲイシャが王子とかすごく適当な国になりそう……。部下が過労死しちゃう」
「だろ? で、次にモカが名より実を取った。要は会計全般……金周りを手中に収めてそれで大満足した」
守銭奴だからな、とゲイシャが頷きながら言う。みるくも同じく、うんうんと頷く。分かる。モカがみるくに対して言った嫌味のほとんどは「貴方と関わって私の効率が悪くなり、現在いくらいくらの損失が出てます」っていう事だった。
――金の亡者め、金で幸せは買えんぞ!!
と、言いたかったが 1000倍返しだ!!! って言い出しそうだから我慢した。賢いな、私、とみるくは胸の内で自画自賛した。
「あーでも、王子は優秀な奴だって」
「そうなの? 何だか今さらそう言われても……」
そんな取り繕うように言われても、みるくはちょっとがっかりしている自分に気づく。いや、何にがっかりするのか自分でもよく分かってないが。
「いやいや、本当に。確かに俺とモカの方が優秀な部分もある。だが王子はバランスよく満遍なく器用に優秀だな」
「それって器用貧乏ってやつよね」
みるくがズバリ指摘すると、ゲイシャもうんと頷く。
「そうとも言う。だが、俺はもし王子がモカだったら親衛隊隊長なんぞやってないし逆もしかりだ」
「ゲイシャが王子だったら、モカは内務大臣をしないという事?」
「いや、アイツは内務大臣はやるだろう。今より張り切ってな。そんで国の金で堂々と私腹を肥やすだろうな」
「あー……なるほどね」
それならば、王子の一番とは人徳である、と考えられる。じゃあ、なんで仲が悪いのだろうかとまた疑問に思う。
「それじゃあ、やっぱり仲良くすればいいじゃない。エメラルド姫と。少し、大人げないのでは? ゲイシャ」
「はあ、またそれかよ。すっかり仲良しこよしだな。ちょっと、騙されやすいのでは? みるくお姉様」
うんざりと顔にデカデカと出ているゲイシャが嫌そうに言う。
「いいか、俺はあの姫とは仲良くできない。たしかに俺はあの姫同様、王子のために動く。だが、俺はあれと違い俺の、俺なりの道義的な価値観に基づいている。盲目的な、善悪の分別がつかないような幼い姫のそれとは違う」
みるくはエメラルドが幼いと言われカチンと来る。彼女は幼くはない、涙を流す姿が思い出される。みるくは姫を大人の女性だと思っている。
「エメラルド姫は幼くはないよ。確かに体は小さいけれど、内面はしっかりしてるし、善悪が分かってないなんて言い過ぎよ」
「はあ。じゃあ、なおさら悪いだろ。そうだな、エメラルド姫は君が思っている以上にしたたかな女だ。彼女の政治基盤はしっかりしてるし、内務大臣とも遣り合うような女政治家でもある。だが、歪んでる。外見と一緒でアンバランスなんだよ」
「そんなこと!!」
「いや、そうなんだ。エメラルド姫は王子以外、眼中にない」
きっぱり言い切るゲイシャに、みるくは怯む。しかし、すぐ反論に移る。
「それはそんなに悪いこと? 命の恩人なんでしょ? それにゲイシャも同じじゃない。王子以外にはあんまり関心がなさそうだと、みるくは思ってたけど?」
ゲイシャは心外そうに首を振る。
「一緒にするな、同じではない。――確かに姫が王子を命の恩人として慕うこと自体は悪いことではない。だが姫はそれが全てだ。さっき聞いただろう? 王を守るため民がいると。王子のためなら民を全員窯にくべてもかまわないと本気で思ってるような奴だぞ。王子一人を善悪を超越した所に置いたんだ」
みるくはぽかんと口を開ける。確かにその「王を守るためにいる民」という言葉はみるくも引っかかっていたが、いささか飛躍しすぎてる。民を全員窯にくべるなんてそんなの――。
「そんなこと、思ってるわけないじゃない。エメラルド姫がそんなの思うはずがない」
「何故だ。何故分かる。それはみるくの、異人の価値観じゃないのか?」
「何故って――そんなの当たり前じゃない。普通そんなこと思わないよ。いくら王子が大事でも。真人だとか関係ない!……だいたいゲイシャこそ、なんで? なんで決めつけるの。姫がそう言ったの?」
ちっ。ゲイシャが苛立たし気に舌打ちする。
「別にそう言ったわけじゃない」
「ほらね、やっぱりただの決めつけじゃない!」
みるくはゲイシャを睨むが、睨みつけた先には少し疲れた表情があった。
「そんなの、見れば分かる」
「は?」
「顔に描いてある」
「へ? それは――」
真面目に言ってるの? と眦を釣り上げたみるくだが、目の前の存外、真面目な顔に驚く。水色の瞳がこちらを射抜く。
「じゃあ聞くが、君には――みるくにはエメラルド姫はどう見える?」
「え? キラキラして見える」
思わず素直に答えたみるく。
ガクリっとゲイシャの肩が可愛らしいテーブルからずり落ちる。みるくの返答にぐったりと脱力してしまった男に、みるくは頬を赤くしながら言い募る。
「何よ、悪い? だって、やたらめったら貴方たちがキラキラキラキラ発光してるのが悪いんじゃない!」
みるくは居たたまれなさから、逆ギレしてしまう。
しかしゲイシャは怒らない。怒らず堪えている。
「――そうですか。すいません。ははっ」
堪えきれず煙草を持ちながら笑ったゲイシャの顔は、屈託のない少年のようだった。みるくの頬はますます熱を持つ。
……ナニコレ、すごく恥ずかしい!
「それに! みるくはコーヒー豆を見る目はしっかりしてるって言われてるのよ」
「へえ、誰に言われたんだ?」
「えっと、近所の喫茶店のマスターよ。いっつもみるくが選ぶ豆は、仕入れたばかりのいい豆だってね」
「ほう、なるほどね。それじゃ、豆は何を基準に選んでるんだ?」
「え、えっと勘かな……」
「……」
「見れば分かるのよ! ピンとくるのっ『キミに決めた!』てね!」
その場に、しらっとした生温い空気が流れる。
「――……はぁ」
「――……ふぅ」
みるくは疲れていた。主にエメラルドの重い話とゲイシャとの仲の悪さに。
ゲイシャは疲れていた。朝から走り廻り犯罪者と鬼ごっこをしていたのだ。
ちらりと隣にいる人物に眼をやり、頬杖をつく。
「「……」」 ((暢気なもんだな……))
気の合う二人だった。
ゲイシャ:……覗き見されてるな。やっぱり計算してたな、クソっ。
みるく:えっ、ストーカー? やだ、大変だわ。(私が)
ゲイシャ:いや、違う。ストーカーだったら大変だろ。(俺が)




