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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第二章 まだまだ苦い ブラックコーヒーでブレイクタイム
13/26

12杯目★彡 もっとはやく  ゲイシャ VS エメラルド

「それは――いつです? いつ、姫は、大きくなるのです? 教えてください、みるくお姉様」


 エメラルドの真っ直ぐこちらを見る視線。そこには純粋な問い掛けがあった。


 答えなくてはならない。それは義務だ。みるくの義務だ……そう、答えなくてはとみるくは思った。思ったのだが――。しかしこの瞬間、不幸なことに()()()はその大切な解答を持ってはいなかった。


 そのことを()()()は今後何年も悔いることになる。




「……すいません、変なことを言ってしまいました。姫、どうかしていたのです。みるくお姉様に言っても仕方のないことなのに」


 困らせるつもりはなかったのです――と、エメラルドは首を傾ける。その瞳は赤く煌めいていた。悲しみとも親愛ともつかない、複雑な感情がそこにはあるような気がした。


 そして、彼女はその視線をガゼボに向ける。 


「姫はこう見えても成人しております。コーヒー種族の者は品種や個体によって寿命もバラバラです。300年……生きる者もいれば、同じ品種なのにたった5、6年ほどで寿命が尽きる者もいる。成長スピードも個々で違うのです」


 絶句する()()()(よそ)にエメラルドは淡々と続ける。


「そして外見の年齢も……コーヒー種族の者は皆、赤ん坊のときに己の証たるコーヒーの種を持って産まれます。その種を家に植め、子供と共に大切に育てます。そして、そのコーヒーの木に実が……赤い実がなったとき、子供は成人するのです。見た目がどうあれ実がなってしまえばそれ以上の成長はない」


「そんな……」


 みるくは言葉もなくエメラルドを見つめる。


「みるくお姉様は変に思われますよね? 実際、こういう風になってしまったのはごく最近なのです。昔はコーヒーの木と共に体も育ち、コーヒーの木が枯れるのと共に老いていく。それが自然の摂理、理だったのです」

「みるくは……私は」

「姫は新しい品種なのです。『エメラルドマウンテン』はこの国に姫の他、数名しかいません。もしかしたら幼い体は品種の特性なのかも知れませんが、33年待っていたのに……昨年、赤い実がなってしまったのは悲しかった。もっと……」


 はやく――、そこでエメラルドは口を噤む。


 みるくの胸に様々な想いが過るが今、理解できることは一つ。エメラルドは傷ついている。彼女は今この瞬間にも深く傷ついている。彼女はもっと成長したかったのだ。彼女の内面と見合うような年齢、姿になりたかったのだろう。


 なのに幼い姿のまま、誕生日に兄からこの真新しいガゼボを貰った時、それはどんなに辛かったのだろう。悲しかったのだろう。悔しかったのだろうか。


 何を言っても傷つけるのは分かっていた。謝るのもきっと傷つける。けれども。


「ごめんなさい。エメラルド姫は……とても辛い思いをしていたんだね」


 みるくはそっとエメラルドを抱きしめる。ビクリと震えたその小さな体は、それでもそのまま動かなかった。


「でも貴女は大人だよ。みるくなんかより、ずっとずっと綺麗で賢い大人の女性だよ」


 体ではなく心が。恐らくはずっと一人悲しみに耐え続けてきたエメラルドは、もう子供じゃない。


 みるくは自身の胸元にあるエメラルド色の髪を見詰める。


「みるくお姉様には分かりません」

「うん――そうだね」


 残念ながらその通りだ。エメラルドが一体この先、どれほどの時間をその幼い姿のまま過ごすのかは分からないが、きっと何年経とうとも、みるくは気持ちを分かってあげられない。何故ならみるくは成長していくからだ。


 あっという間に成長し、老いて、そして置いていく。


「まあ、仕方ありません。これが運命ということなのです」


「もっと、みるくに力があれば……何か出来ることがあれば良かったのに」

 ――貴女を助ける、『宝物を持つ異人』だったら良かったのに。


 例えば、もっとコーヒー栽培の知識があれば、彼女の木に何か原因がないかを見てあげられる。例えば、医者だったら彼女自身を診てあげられる。例えば、頭が良ければ、特技があれば、特別な人間であれば。


「異人は皆、特別です。だってこの国には、異人はみるくお姉様しかいないのですもの」

「何もできないのに?」

「ふふ、今では我々真人も何もできない者が多いのです」


 ――以前、ゲイシャに聞いた特別な才能を持つ者の話かな。


 真人たちの中には生まれつき特殊な才能を持つ者がいる。彼らは魔法のような特技を持っているらしい。みるく自身は、まだそんなものを見たことはない。


「でも、みるくからすれば、エメラルドたちだってみんな特別。特別、綺麗に見える」 


 いつだって()()()の眼には、キラキラして映る。


「まあ、みるくお姉様。やっぱり()()()()なのです」

「ええっ。否定したいけど否定しきれない! も~、体……この言い方なんかやらしいわね。顔……も微妙。えっと、真人の顔と体と心が全部好きよ」


 食べちゃいたい、なんてね――と、みるくが笑えるのはここまでだった。


「へえ~、そりゃあ熱烈ですねぇ? 姫様を喰う、そりゃ危険だなあ~」


 コーヒーに含まれるカフェインって、うっかり取り過ぎると死んじゃいますよ――と、背後から不穏な囁きが聞こえてくる。

 グギギギギ、みるくはブリキのおもちゃのようにぎこちなく振り返る。


「――君がまさかそっち方面だったなんて。てっきり兄狙いだと思ってたけれど。考えてみりゃ、どっちも玉の輿だ」


 笑顔のゲイシャが立っていた。いつの間に。こういう時だけ俊敏だ。


「誤解です。大変な誤解が酷い!!」


 持っていた大きな紙袋に意味ありげに手を入れるゲイシャに思わず縋りつく。

 すると、おっとり声のエメラルドがゲイシャに尋ねる。 


「まあ、ゲイシャ。お仕事終わりまして? 貴公にしては思いのほか速かったのです」

「ええ、これはこれはエメラルド姫様。お褒めに頂き光栄に存じます。いつ見ても、優雅な風情の姫様に気にかけて頂けるなど大変恐縮であります」


 両者にっこり笑っている。なんだろう、正体不明の違和感が漂う。

 そしてゲイシャが紙袋から出したのは、大きめのストールだった。みるくの肩に掛けてくれる。


「まあ、姫はいつも下々の者のこと気にかけております(貴方のこともしっかり見張ってるわ、おバカさん)」

「なるほど。この風情あるご昼食はお忙しい姫様の一時の憩い。それに気づかず立ち入るなど大変な無粋をお許しください(この寒空で外でランチとか。アホか。いっつもサロンでダベってるだけだろ)」


 ゴシゴシ、ゴシゴシ。みるくは目を擦った。何か先程から見たくも聞きたくもない副音声が聞こえてくるような気がする。気のせいだ。だって二人共、こーんなになごやか。


「あらまあ、真人(ひと)一倍、身の周りのこと()()には気を付ける貴公が無粋などと。ほほ、貴公のお衣装はたしか国家予算並みだとか。質素倹約とは無縁のご様子、サロンでも大評判です(サロンだって政治なのです。チャラチャラチャラチャラ、男の癖に贅沢三昧着飾る貴方にとやかく言われたくないです。悪趣味野郎)」


「おやおや、これはこれは我が家の懐事情を知っていらっしゃるとは、さすが我が国の姫! 聡明なお方だ。ええ、ええ!! 我がゲイシャは王国で()()()中の豆ですが国家予算とまではいきません。なんせ人気のあまり品切れ中でして(他家の金周りの噂など淑女失格ですねえ。あとエメマン最近、安定供給できてて羨ましい。あ~羨ましい)」


 バチバチバチ!! 一瞬にして穏やかなガゼボは火花飛び散る王国の火薬庫に様変わりした。みるくは両肩を下げ溜息をついた。


 こういう事は、先に教えておいて欲しい。


「貴方たち。……とっても仲、悪いんですね」

「まあまあまあ、みるくお姉様。誤解ですわ。それは誤解。姫は大好きですよ。ええ、もちろん」

「ハハハハハハ、そうです。誤解です。仕事に忠実な俺が主君の妹を嫌うなどと。何それ? 異人ジョークですか。ナイスー」

「もう……そういうのいいですから」


 午後の時間、もうすっかりコーヒーは冷めてしまっていた。


姫:「そして外見の年齢も……コーヒー種族の者は皆、赤ん坊のときに己の証たる『コーヒーの苗』を持って産まれます。その『苗』を家に植え、子供と共に大切に育てます。そして、そのコーヒーの木に実が……」

みるく:(……えっ、『苗』? 赤ちゃん『苗』持って産まれんの? それってお母さん大変じゃない? 巧く産まなきゃそりゃ枯れるよ『苗』)

姫:あっ、間違いました。種です、種! 赤ちゃんギューッと種持って産まれます!

みるく:発芽から豆の収穫には最低、3-5年かかって……

姫:ファンタジーですから! もう、みるくお姉様は黙って下さいます!(顎、ガッ)

みるく:ふがふがが!(すいません!)


ゲイシャ:やっぱ兄妹だな……。


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