11杯目★彡 エメラルド姫とみるくお姉様② 可愛さ / 美しさ
「ありがとうございます、エメラルド姫」
みるくはエメラルドの美しい色彩を見ながら言った。
「まあ、突然どうなさったの? みるくお姉様にお礼を言われることなんて、姫してません」
大きな目をパチパチさせてエメラルドは言った。本気で分からないようだ。
エメラルドは随分強引にみるくを部屋から連れ出した。それで、こうして何故か寒空の下サンドウィッチを二人でパクついている。
多少寒さが身に染みるが、部屋でうじうじ考えていたのより断然いい。例え一時でも、みるくは晴れやかな心地になった。その感謝を伝えたかったのだ。
「ふふふ、姫のワガママです。姫、女子会とやらをしてみたかったの。みるくお姉様は謹慎中ですが、あとで姫がちゃんとお兄様に怒られておくから心配はご無用です」
コロコロと笑うエメラルドを怒れる者がこの真世界に存在のか? と、みるくは考える。いや、少なくとも我が故郷にはいない。
――ブラックお兄様も『こいつ~☆』とデコピン刑くらいで済ますんだよ、きっと。……その場面、ちょっとビデオで録画できないかな? ぐふふ……。後でゲイシャに聞いてみよう!
みるくは美形兄妹の戯れを勝手に妄想し、怪しい笑いをもらす。そして王子の態度の差に不満が出る(妄想だけど)。
きしくもそれは、以前王子もみるくに言った事だった……。
食後のコーヒーを飲みつつ、みるくは目の前の美少女を改めて上から下までじーーっくり、鑑賞する。そして首をひねる。
「う~ん。こうして見てもまだ信じられない。エメラルド姫の正体が……まさか『コーヒー』だなんて」
かつて、みるくは疑問に思った。
『コーヒー王国』とは何か? その住人とは何か?
その答え……実はとっくにデビルから聞いていた。
驚くべきものだが、同時に妙に納得も出来る。
この世界の住人は皆『何かの飲料を正体に持つ』
コーヒー種族……彼らは熱狂的なコーヒーファンでも何でもない。
コーヒーそのものが人の形をとっている。
擬人化したコーヒーたちなのだ。
コーヒー王国の次代の王『コーヒー王子』――
彼の妹であり姫『エメラルドマウンテン』――
彼女の正体はその名の通り、かの有名な「エメマン」そのものであったのだ。
『エメラルドマウンテン』
日本では某缶コーヒーでお馴染み、通称「エメマン」
コロンビアのコーヒー豆の中で極わずか……上位数%のみがその名を許される超高級豆。世界で一番「エメラルド」を生産している国コロンビア。そのコロンビアの誇りとも言える名を冠したまさに「コロンビアの宝石」
そして「マウンテン」とはアンデス山脈のことを指す。
アンデス山脈とは、南アフリカ大陸の上から下まで計7か国にも渡って連なる世界最長の山脈の名だ。日本では日曜夜8時の人気番組で、某女性芸人が登ったことで知られる「アコンカグア」――これもまたアンデス山脈の一部である。
元来、コーヒー粉というのはアカネ科コーヒーノキになる実「コーヒーチェリー」に様々に手を加え粉状にした物をさす。
現在、主に流通するコーヒー粉の品種は大きく分けて2つ。アラビカ種ORロブスタ(カネフォラ)種。
一般的にアラビア種のほうが味、香り等優れているとされ「レギュラーコーヒー」「スペシャルティ」と呼ばれ都内珈琲店で一杯数百円、お高いもので数千円で提供されている。
逆にロブスタ種は素朴な味わいだが、害虫に強く大量生産に適しており、お湯に溶かして飲む「インスタントコーヒー」や「缶コーヒー」の原材料としてよく使われている。
両品種の違いは多々あるが、その一つに生産地の標高差が挙げられる。ロブスタは標高が300mほどの低地でも生育可能ではあるが、アラビカ種は標高が1000mを越えるものがほとんどだ。
そして、同じ名のコーヒーであっても細かく等級というものが存在する。一般的にアラビカ種は標高が高ければ高いほど等級も上位になる。豆の大きさなどもあるが、標高の高さは高級品の条件の一つである。
そして「エメラルドマウンテン」は当然、優れたアラビカ種であり標高も1600m以上でも栽培されている。
標高1600m……これは熊本県にある阿蘇山の一番高い地点に匹敵する。また富士山は標高3776mであり、2合目が1700m。
「つまり――今、富士山2合目でチューリップ植えられてるけど、コロンビアではそこでコーヒー植えてるってことかぁ……」
みるくが言うとすぐさまエメラルドが反論する。
「いえ、標高だけではなく気温が大切です。年間を通して22度前後の温暖で降雨量が多い地域でなければなりません」
「そっか。『コーヒーベルト』と呼ばれる、赤道をはさんだ北緯25度と南緯25度の間の熱帯地方で栽培されるのはそのためなのね!」
みるくは思った。図書館でコーヒー大図鑑借りて読んでて良かった。今も手元に欲しいくらいだ。
そして当たり前のことであるが、エメラルドの持つコーヒー栽培の知識は豊富だった。
――それにしても、ここまで考えても、やっぱり
「不思議だなぁ……。要するにコーヒーの妖精さんみたいなものなのかな?」
「まあ、『親指姫』の次は妖精だと言うの? 残念だけど姫たちは妖精なんかではなく『真なる人』……真人です」
エメラルドは胸に手を当て、みるくに向かって誇らしげに宣言する。
みるくはその姿に妙に感銘を受けた。
「確かに……エメラルド姫やコーヒー王子たち『真人』のほうが、異人よりもずっと美しい――」
美しい容姿、均整の取れた肢体、いい香りの体臭……ビジュアル面は圧倒的に真人の勝利だ。
では、内面はどうだろうか? まだそれほどよくは知らないが、感触としては決して悪くはない。もちろん悪いやつもいるのだろうが。
彼らはどこか根っこの部分に、とても純粋なものを持っている。
――それでは異人は、いや人間はどうだろう? 人間の根っこには、はたして何があるのか。それは美しいと――そう言えるものなのか?
思案するみるくを、エメラルドはじーっと何か言いたげに見ている。みるくは不思議に思い尋ねた。
「どうしたんですか? はっ! もしかして、パンくずでも顔についてます?」
慌てて頬をこする。しかし、エメラルドは首を横に振った。
「みるくお姉様は異人だけれども、とてもお美しいです。姫は羨ましい……」
「は……はあ?」
みるくは顎が外れるかと思った。最近、王子になにかと触られてるので緩んでるのかもしれない。
……ではなく。
「な、なにを言ってるんですか。はっ! お金? お金ですか? も~! 持ってないですよ、みるく全然!!」
みるくは混乱する。海外旅行に行く際は、必ず現地の詐欺集団に気を付けねばならない。ミサンガとか握手とか。異世界旅行もそういう商売があるのかも知れない。褒めて請求とか。
「お金は姫、持ってます」
「ですよね〜。羨ましい。――なら、どうしたんですか、そんなこと言って。おかしいですよ。だって、100人中99.9人がみるくよりエメラルド姫が可愛いって言いますよ!!」
私も言います、間違いない!!――と勢いよく断言するみるくに、エメラルドは悲し気に俯いた。
「でも、姫よりもみるくお姉様の方がお美しいです。100真人中40真人くらいはそう言います」
「ええ、それ褒められてる? いや、それが本当ならば、その40真人は確実に眼科行きですよ」
「でも、きっとその40真人のなかには…………お兄様も」
その小さな呟きは、みるくの耳には届かなかった。みるくはしょげてしまった可愛いお姫様をなんとか元気にしようと考える。
そして閃く。みるくは小さな少女を諭すように言う。
「みるくが美しいかはおいといて、エメラルド姫もこれから大きくなれば、絶対、綺麗になりますよ」
「それは」
「だから大丈夫。コーヒー王子も綺麗系だし、妹のエメラルド姫もきっと……」
「それは――です」
「えっ?」
みるくを見上げる赤い瞳。その色は熟した果実のように熟れていた。
「それは――いつです? いつ、姫は、大きくなるのです? 教えてください、みるくお姉様」
みるくは何も答えられなかった。
エメラルド、彼女はその時確かに……。
――大人の女性の顔をしていた。
みるくちゃん:ねえ、デビル。デビルやコーヒーの住人たちは、何を食べて生きてるの?
デビル:えっ?
みるくちゃん:やっぱり、土と水と光合成かしら……。たい肥とかって考えると、ええと……その……。うん! 気持ち悪い!
デビル:普通に肉とか魚でおk!
富士山2合目はルートによって標高が違うみたいです。1200-1700くらい?




