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コーヒー王子とみるく姫  作者: 端山 冷
第一章 ほろにが ブラックコーヒーはいかが?
1/26

一杯目☆彡 コーヒー王子とみるくちゃん


 冬の日、ふわふわとした雪が青空に()けてみえた。



 わたしはいつものように、つやつやしたローファーをタイルに落とす。

 ――トンっ

 軽く弾んだそれをほうる。そこからシューズラックの奥を(のぞ)きこんだ。


 奥の方から取り出したのは去年買ったショートブーツ。

 うっすら白く積もる綿ぼこり。ふーっと息をかけてやる。

 舞いあがった白いものを軽く払い、ブーツを上下にふる。

 わたしはそっと足を差し入れた。


 鏡に映る白いコート姿の少女の髪を撫でつけた。

 折り重なるスカートの影、ゆらゆら揺らし立ち上がる。


 背後から聞こえる声。わたしには聞こえない。

 気づかないふりをして走りだす。

 履かずにとり残された黒。夜にはきっと片付いている。 



 肩にふわりと落ちては溶ける。丸いわた飴のような雪をみる。

 ぱらり。首を横にふっては髪が肩に広がりおちる。


 どうしよう傘がない。

 わたしは迷うように足を止めうしろを振り返る。


 ワンっ!


 そのときに一吠(ひとほ)え聞こえた。


 首を元の位置に戻す。すると、前方曲がり角から元気な大きな犬と上品なご婦人が見えてきた。


 ご近所の見知った彼らだ。


 まずは年老いた彼女に丁寧に挨拶をする。

 それから尻尾をゆらして見あげてくる彼の頭を()でてやる。

 優しくそっと、つもった雪を払うかのように。


 わたしたちはひと言、ふた言、言葉を交わして手を振りあう。


 白い歩道のなか、いつもより左右に大きくゆれる尾を見送る。

 元気な彼らと同様に、わたしは傘を持たずに先へと進む。




 日曜の朝日。あたりは静か。車も人も見あたらない。

 うっすらつもる雪がきらめき、いつもの道を綺麗に(いろど)る。


 ゆったり過ごしたお正月。その気配はもう見当たらない。

 もっと大事なモノが待っている。

 女の子ならきっと気合が入る、特別甘い行事(イベント)

 あと一月……。正確には残り四十日。


 そこまでにマスターできるのは基本のケーキ?

 それとも可愛いマカロン?


 あの人はきっと甘いものを嫌いじゃないはず。

 あとはわたしの勇気しだい。さり気なく渡す? みんなで一緒に?

 どうだろうか、いいアイデアだけれども。


 頭をふって、雪をとばす。あせらなくても大丈夫。

 来年もあるから、今年は渡すことだけを目標としようか。


 ――本命も義理も、友達も男の子も


 どれも大切なものに変わらない。手抜きはしない、楽しみだな。



 そんな風にわたしはふわふわ甘く空想を楽しんでたの。

 あの白い歩道をまっすぐ進むまでは。


 青信号の横断歩道。思わず一歩走りだす。

 華奢(きゃしゃ)な背中が小さく見えた。


 

 ――学校に着く前に会える!



 早めに家を出てきて大正解。

 白い息が弾みぐっと足を踏み出す。


 そうして――


 だんだん近づく背中に声を送る。


「先輩――」


 点滅する信号の向こう、ふわり揺れる青みがかった黒い髪。


 胸がときめいたのはわずかに一瞬。

 



 ――景色は変わり、瞬く間に鉄塊(てっかい)が迫って来ていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 俺は誰かに呼ばれた気がした。



 それは子犬のような無邪気なあの後輩に似ていた。


 ひと呼吸、迷ってから俺は立ち止まる。

 そして、いつものように彼女に見せる笑顔を浮かべる――


 と、そのまえに



 あたり一帯を(おお)う轟音

 不快な音の嵐に粉雪をすべて吹き飛ばす勢いの衝撃波





 我に返ると目に飛び込んだのは大きく曲がったブレーキ痕。

 そして……死体のように静かな大型トラックのお腹。

 ちかちかと赤いテールランプが警告する。気をつけなければこうなると。


牛飼(うしかい)……?」


 嘘のような現実は、勝手に俺の喉奥から後輩の名をこぼれさせる。


 鞄は手から離れて中身が割れ落ち壊れる音がする。


 そのすべてをかき消すように、甲高い悲鳴と犬の泣き声が世界を(おお)う。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ――――――――――――――――――!!

 ―――――――――――――バサッ!!

 ――――バサッ! バササッ!


 耳に届いたのは想像以上に軽やかな音だった。

 まるで鳥が飛び立つかのような。


 キキ――ッ!! とか、バキッー! ボキィッ! とかいう不吉な音はしてこない。


 本能のまま、とっさに突き出していた両腕をおろす。

 慎重に、恐る恐る、腕の合間からそーっと覗いた目に飛び込むのは大自然。



 ――そう、大自然だった。

「……へっ?」


 三メートルを優に超えるだろう巨大な木々がそびえ立つ森のなか。辺りから聞こえてくるのは、鳥や虫や花たち、生きる物がはなつ気配だけ。


 立ちすくむ少女――牛飼(うしかい)みるくが長年(ながねん)住んでいた街は大都会とは言わない。だが、こんな、こけに(おお)われた緑の山中で決してなかったはずだ。


 すとん、っと座り込んで肌に感じるのは柔らかい緑のじゅうたん。本来あるはずのうっすら白く輝く、あの固い地面は溶け去ってしまったよう。



 みるくは呆然として自身の体をみおろす。

 

 乱れたスカートからは黒いストッキングが覗き、太陽の日射しでてり輝く太ももは健康的。震える両手で触った顔には、目も鼻も口もちゃんと配置についているはずだ。


「……ふふっ、……ふふふふっ、……あはははは!」


 なぜか急激に込みあげてきたのは笑いの発作。馬鹿みたいに口から勝手にこぼれていく。楽しそうなその響きに両目からはポロポロ涙がとまらない。


 突然訪れた生命の危機。ほんとうは感じるはずの恐怖がなかなかやってこない。でも、きっと鈍感な心より体のほうが素直なんだ。恐怖に震える身体を(なだ)めるかのようにして、そっと抱きしめた。




 深い森のなか、冷たく清々しい空気を深く肺に押し込むと、だんだん心まで落ち着いてくる。


 うしろから地面に倒れこみ、ぼーっと空を見上げると、木々の影から水色の空が目に映る。その淡い色彩は今までにないくらいの輝きをはなったので、みるくはうっかり状況も忘れて目を奪われ感動にふるえた。


「……」


 小鳥のさえずりが聴こえている。


「……」


 みるくは深く息を吸い込む。


「……わたしの名前は牛飼みるく、十六歳。両親と三人暮らしの高校生。学校は家から近い国公立。高校一年生で成績は中くらい。みるくの趣味は、映画鑑賞と読書と喫茶店巡りと園芸と、え~と、あとなんだっけ?」


 みるくは空を見上げてしゃべってみる。当然のことながら周囲からの反応はない。しかし、みるくは一向に構うことなくしゃべり続ける。


「みるくはね、楽しいことが好きよ。そうだよね、みんな同じだよね。そうだな、いまは部活が一番かな。とにかく興味のあることはなんだってやってみるのよ。だって死ぬ前に後悔したくないし。もしかしたら、明日、事故で死んじゃう可能性だって……」


 みるくは、いったん話すのをやめる。さいど鳥のさえずりに耳を澄ましてからポツリとつぶやく。


「ここって……天国かな?」


 幸いなことに地獄にはみえない。

 もう一度瞬きをすれば家のベットにいないだろうか。


「あ~あ。ちゃんと玄関の靴、片付けとけば良かった……」


 家に帰ればちゃんと靴を仕舞うつもりだった。ついでにブーツの汚れもきれいに()き取る予定だった。


 あとは母に謝って、父には美味しい夕ご飯をご馳走するはずだった。

 それがなんでこうなったのか。


 ――牛飼(うしかい)みるく16歳。家の近所の高校に通うごくごく普通の高校一年生。まだ十六年しか生きてないのに。ああ、神様! 天国にはちょっと早すぎでしょ……




「よいしょっと」


 数分間の短い時間でしっかり我が身の不幸を(なげ)いたあと、ふんっとお腹に力を入れて身を起こす。

 

 体も頭も、ついでに心だって傷ひとつ無くピッカピカだ。

 ここが夢(希望)なのか死後(絶望)なのかは知らない。

 けれども、こうやって何もしないでいるのは性に合わない。

 とにかく、この森を出てはやく元の世界に戻ろう。


 どうする、どうやるかなんてのは知るものか。でもここにいて、こけむしていてもしかたない。



「そうよ! なんたって今日は大事な日なんだから。ちゃんと美味しくコーヒーを()れて、先輩に飲んでもらうんだから」


 そのために昨晩お仕事帰りでお疲れ気味の父に、カフェインたっぷり()れたてコーヒーあげたのだ。あ、愛情も入れたよね。

 昼間に練習したかいあって、「とっても美味しい」という父の花丸をいただいた。


 今日の部活に備えてきたのだ。

 ここで諦めては父も残念がるに違いない。……だって珍しく寝坊してきた父に、怒りを(たた)えた母は食後正座の刑を言い渡していたのをそうっと見送ったのだ。


 よし、先輩に褒めてもらうまではまだ死ねるものか! と両手を握り、野望に燃えている()()()の耳にかすかな物音が届いた。

 何処かで聞いたようなその音は、こちらにだんだん近づいてくる。



 ――パカラッ、パカラッ

 ――パカラッ、パカラッ



 耳を澄ませて確信する。

 間違いない。これは映画やドラマでしか聞くことがない、馬が走ってくるときの疾駆音(しっくおん)。じょじょに(いなな)きの声も加わってきた。


 ここで()()()は今後どうすべきか逡巡(しゅんじゅん)していた。聞こえてくる音の大きさから、かなりの数の馬たちがこちらにやってくるようだ。

 

 みるくが見ている映画やドラマならば、ふつう人と馬はセットで出てくる。

 しかしこんな大自然のまっただなか。もしかしたら野生の馬の群れ、そういうこともあるのかもしれない。その場合はうっかり蹴り飛ばされないように、速やかにこの場から退避すべきだ。



「ここら一帯をくまなく調べよ。ネズミ一匹見逃すな」

「はっ!!」


 みるくの迷う足をその場におしとどめたのは、はっきりと聞こえた人の声だった。命じる男の気高さと一糸乱れぬ統率のとれた部下たちの動きが伝わってくる。


 みるくは何かを探すそのようすに、まさか自分を迎えにきてくれたのではないかと夢想(むそう)する。いまどき馬に乗って人(?)を探す集団なんてものには、これまでの人生どの場面でも関わった覚えはまったくないけれども。


 しかしながら()()()は少々楽観的な思考の持ち主で、深く考えもせずに彼らとコンタクトを取ることに決めた。


「ねえ、誰か! 助けて。ここに来て、ここにいるわ」


 大きく声を上げると騒めきと共に、彼らが近づく気配がする。


「ここにいるわ――」


 鬱蒼(うっそう)とした森のなか、颯爽(さっそう)と馬で駆けてきたのは王子さま。

 

 ……王子さま!?


 大和撫子同様、それはすでに絶滅したUMA(ユーマ)(未確認生物)のはず。だが目の前にはその王子さまが、とってもキラキラしながら現れていた。



 ……誓って言うがそう断じたのは、決して()()()が夢見る少女だったからではない。その人物が(まと)っていた衣服が、王子さまにしか許されないような代物(しろもの)だったからだ。

 

 白いドレスシャツに黒いベスト

 黒のパンツに身をつつみ

 黒い外套をマントのように身に(まと)った

 馬上から見下ろす瞳は冷たいアイスブルー


 ――白馬に乗った、黒王子。


 胸中によぎったのはこの感想。


 さらさらと、効果音がつきそうな濡鴉(ぬれがらす)の髪の隙間から(のぞ)く蒼い宝石(ピアス)

 頭から爪先まで完璧に洗練された美しさをはなっている。


 ――うん、なにこの人。とってもお高そうだわ……


 ちょっとばかし体を引く。率直な感想として()()()はそう思う。

 口に手を当てまるで有閑(ゆうかん)マダムのような仕草で(おのの)くみるくの前に、(いなな)く馬を操り止まった推定超高級な男性。



 開口一番、男は高圧的に言い放つ。


「私はこのコーヒー王国の王子だ。貴様が不法侵入した異界(いかい)の者か。異人(いじん)よ、なんの目的でこの王国に来たのか答えよ」


 みるくは(うなず)く。やはり王子様で正解だ、予想はあっていたようだ。いやいやしかし、少しばかり問題が発生している。


 みるくは眼の前の男の人に言われたことがちゃんと理解できなかった。英語の授業のように右耳から入り左耳から去ってゆく。ええと……WHY、ぱーどぅん?



 ――コーヒー王国? 異人? 目的? 



 とりあえず、目下みるくの目的といえば、おうちに帰るというささやかなものだ。しかし、王族などという高貴なお方に一般庶民の小さな願いなどご理解いただけるのだろうか? 


 突然の圧倒的なロイヤルの威風(いふう)にさらされた小市民(みるく)。彼女がそうやって混乱している隙に、あっという間に周囲を馬に乗った兵士たちが固めていた。ここからの逃亡はもう無理そうだ。 


「あの、怪しい者ではなくて……、いや、ないのですが、ここは一体……」


 冷や汗を垂らして挙動不審な仕草を繰り返す少女を前に、涼やかな目をすっと細めたのはコーヒー王子。王子はさっと信頼する部下の一人に目配せをする。


「――――!」


 部下が頷き、周囲を警戒するため森の中に消えていく。それを見届け薄く王子は笑う。



<今はまだ、この存在(カード)を他国に知られるわけにはいかない>



「申し開きは城で聴こう。暴れるなよ、女」


 王子はそう言って()()()の腹に自らの手を差し入れる。

 そこは軽々と馬上に引き上げられた()()()が、慌てて身じろぎしようとした。だが、腹を蹴られた馬の疾走はすでに始まっていた。


「えええっ、ええええっ~。ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。も~! なんなのよーー!!」


「暴れるなと言ったぞ、鈍間(のろま)が。舌を噛むぞ」


 暴言をしれっと吐かれ、みるくは睨みつけてやろうと王子の端正な横顔を見上げる。しかし、そこにあったのは思いのほか厳しい男の表情だった。


 みるくはそれを目にしてからやっと、自らに迫る非常事態を感じていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 訳も分からず連行されていく異人(みるく)を木陰より見送る気配がひとつ。


 先程まで騒々しかった場にひっそり佇むは仮面の少女。


 ――――!!!

 

 バッ!

 

 王子の親衛隊の一人が異様な気配を感じて振り返る。


 しかし男のその瞳では、決してあるはず者の姿は映らなかった。


 異世界で擬人イケメンと楽しく生活したい。という、作者の思いから書いた作品です。感想や評価、ブックマークがいただけるような作品を目指し頑張ります。お付き合いのほど、よろしくお願いします。

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