帝国編 第1話 出発地点。
雷の衝撃と同時に流れ込んできた知識は簡易的なものがほとんどだった。唯一しっかりとした知識が魔王補佐の存在についてだけ、と言えばわかりやすいかもしれない。
俺は自分の現状を把握しようと自分の体を確認する。押さえつけていた俺が思うのもなんだが、まるで別の体を使っているように感じる。
俺は意識的に、降っている雨を機にせずに空を見上げる。
「白、最初に聞きたいことがある。」
俺がそう言うと、その白い何かは瞬時に地面に頭をつけて平伏する。小さい狐のような容姿をしているので見た事のない姿になっている。
「私のわかる事ならば何なりと、魔王様。」
その言葉を聞いた俺は白の方へと視線を向け、願望を口にする。
「死者の復活は可能か?」
もしもシュリを蘇らせられるのなら、すぐにでも全世界の邪魔者を殺してシュリを復活させればいいだけの話なのだから。
しかし返ってきた言葉は、回答を濁らすような形のものだった。
「残念ながら、わかりかねます。私の知識には基本魔法以外の情報は無いのです。」
まずこいつの『知識』とはどうやって得たものなのか疑問を感じないわけではないが、そんな事よりまず確認したい事を口に出す。
「存在する可能性は?」
それを聞いた龍は、数秒間考え込んだ後に答えた。
「もしそのような技術が実在する場合、禁術にされているかと思われます。魔法に力を入れている国や組織には、もしかすればあるかもしれません。」
俺は一拍を置いた後、一言だけ返す。
「そうか」
言い方は遠回しだったが、可能性がゼロではないというだけでも十分な収穫だ。殺すついでに探せばいい。
「お前について話せ」
すると白い狐のようなものはこの質問が来るのを予期していたのか、地面に平伏した状態でスラスラと語り始めた。
「私はラキネという名の龍です。」
その白い龍らしいラキネは丁寧な口調で言葉を続けた。適当に俺は脳内でまとめる。
魔王は一千年前にいた魔族の王の力を行使できる存在。
魔王が死ぬと同時にその所有物は全て消滅する。
ラキネは龍魔人という魔族の種あり、魔王誕生の際に一定の知識と力を与えられ生まれた謎の龍。
魔王になると様々な力や潜在能力が覚醒する。
魔王になる前の魔力と魔王の魔力と二つ存在する。
魔王の魔力を使うことによって、二つの特別な能力を行使できる。
この二つの能力というのは、先まで使っていた黒いスライムのような【闇】を行使する能力と【創造】する能力である。
どちらも魔王の魔力を消費するものであって、この魔力は時間と共に増えるらしく、他の方法では増えることは無いという。
そしてこの【創造】が作れるものは『絶対に壊さない城』らしい魔王城と、生命と肉体と能力を同時に創り出す【生命創造】の二つのみで、この【創造】には、魔王城は1回と生命創造は12回のみと回数が制限されているらしい。
その他にも潜在能力の向上や、新たな固有能力の解放など恩恵のようなものがあるらしいが、それは感覚的に理解できたので略す。
この事についてラキネが話そうとしたが、こいつを信用する気は無いので、あえてこちらからは何かを語る事はしなかった。
その事についてラキネも薄々気づいたようで、質問をするような事もしなかった。
この説明を聞いている限りだと力を与えられたような感覚になるが、この能力に裏があろうと長い間押さえつける事はできたのだから、それに対応するだけの力をつければ良いだけの話だろう。
自身の状況をできる限り理解できた俺は、これからの動き方について思案する。それから数分後、俺は目的地を決め口に出す。
「確か、この奥は帝国だったな?」
その言葉にラキネは、その質問に対して不安を抱いる様子で恐る恐る進言した。
「確かにそうですが、魔王城を建てるならば反対方向にある魔界の門に向かうべきかと愚行します」
どうやら魔王に対して魔物は反抗する事ができないらしく、思い返せば森でシュリを探す時に魔物が来なかったのもそのせいなのだろう。
しかし俺は人間と同じようにこの力にも信用を置いていない。何より千年前に魔王がいた場所に行くなど、何かしらあるかもしれない。
俺はラキネには一応勘づかれないように、まるで建てる場所を決めているような言い方をする。
「別の場所に建てる予定だ。」
ラキネは俺の言葉を聞いて、体を小刻みに震わしながらも、二度目の反論をする。
「発言をお許し下さい。現在の魔王様での旅は、危険ではないかと。」
魔界にどうしても行かせたい理由は、忠誠なのか裏があるのか。感情を読み取れる能力を持っていないヲルは、今すぐ答えは見つからないと思い適当に返す。
「問題ない、行くぞ。」
魔王様の意思は固いと感じたのか、ラキネはこれ以上突っ込む事はせず、ぷかぷかと浮きながら俺の後ろに着いてユーラリア帝国に向かった。
それから無言で帝国へ向けて森の中を進んでいること数分後、ラキネは口を開く。
「あの、魔王様。お、お名前を教えていただけませんか。」
なにか、恐怖をしているようか雰囲気で聞くラキネ。俺にとって名前とはシュリ以外に呼ばれてもどうでもよかったので、深く考えずに答える。
そういえばシュリのためとはいえ、あのルーティとかいう女に自分の名前を普通に呼ばれていたと思うと吐き気がする。
「ヲル」
そこら辺の知識は無いが、何かしらの場面で名前が使われる場合もあるので、上の名前はあえて言わないでおく。何よりシュリと同じ名前を他人に呼ばれたくは無い。
「ありがとうございます。ヲル様と、そうお呼びしても……よろしいでしょうか。」
魔族も余計な感情を持っているんだな。
キラキラと輝かせた紅の瞳で上目遣いをしながら聞いてきたラキネは、まるで人間の子どものようであった。
それは、生まれたての生命が持つ無自覚な光。それはヲルに少しだけ、シュリを思い出させるものであった。
そしてこう言うものの扱いは慣れている。
「ヲルと呼べ」
これからもこいつを使うのなら、本当の忠誠を誓わせるために洗脳というのもひとつ手かもしれない。
◼️◼️◼️
森を歩き始めて二日、もう半日で帝国に着く程度の距離まで近づく事ができた。その速度は、整備された道を進むよりも五日以上には短縮ができただろう。
魔物が襲ってこない山というのは静かなものだ。
──カンッカンッ
まるで誰かに突っ込まれたのかと言われんばかりのタイミングで、森の奥で帝国側の森から金属音がする。
その音が冒険者と魔物の戦いというのを理解するのに時間はかからなかった。
「どうされますか、ヲル様。」
そこには茶髪で青年くらいの年をした男女が二人、狼の魔物と戦っていた。
男性は剣を片手に防戦一方、女性に関しては意識を手放し地面に倒れ込んでいる。
ヲルはそれを見た瞬間、不敵な笑みを浮かべながら右手に闇を展開してラキネにこう返した。
「ラキネ、実験だ。」