平民編 第5話 今日から俺は、魔王となる。
【注意】
Prologueから読んでない方がいらっしゃれば、今後の内容が所々わからなくなるかと思いますので、是非最初からお読み下さい。
「ルーティ。」
僕の目に飛び込んできたのは白いドレスに身を包んだルーティの姿だった。
その瞬間、自分の頭に昨日の騎士が言っていた言葉がよぎる。
「この事は、明日の昼に陛下から国民へ報告する。」
そしてその言葉を僕へ伝えたのはルーティの側近の騎士なので、昨日はそこまで考えが回らなかったが普通に考えてルーティがその事を知っているのは当然だろう。
その瞬間、僕は先日に見た夢の最後の言葉を思い出す。
「まさかお前も……」
気づいていたのか?
それと気になるのはルーティの横にいる白い装備を着た金髪の男。整った顔立ちをしているが、どこか気持ち悪い感覚に襲われる。
そんな事を考えていると、クレセリア内で国王の次に権力を持っているとされている教会の神父が歩いてくるのが見えた。
国王以上に滅多に民衆の前には出て来ない人物なので、城の下にいる民衆が戸惑いの声を出している。
「静かに」
声量を拡張させる魔道具を使っているのか、威厳ある神父の声が王都全体に響き渡る。
そしてその言葉を聞いた民衆は雑談を即座にやめ、ルーティと神父、そして金髪の男の方向を見る。
「まず先日行われた勇者様のパーティー試験で選ばれた内のひとり、シュリ=オルロドルは勇者の指示を無視した為に死にました。」
そんな神父の言葉に対して、周りにいる民衆の反応はシュリに対する憤怒だった。
わかってはいたが、女神ヘレルを信仰する宗教国家の狂信者どもは本当に脳みそを持っているのか。
偶像に縋っている猿どもに吐き気を覚えながらも、ヲルは歯をくいしばりながら、あのルーティとかいうクソ女の元へ走った。
僕は数万はいる民集を掻き分けながらに進んでいく。しかし密集している人間に押し倒されて人の渦に飲まれていき、遂には神父達の声が聞ける状況ではなくなってしまう。
「く、そ…ッ」
僕は残り少ない体力を使って無理矢理立ち上がり、なんとか神父の声が聞こえた。
「ここに、聖女ルーティと勇者アスラが夫婦である事を誓いますか?」
「はい!」
ルーティは笑顔でそう答えると彼女の唇と勇者の唇が重なり合い、数十万の民衆から祝福の声がクレセリア王国を包んだ。
そしてそんな中僕は、怒りから目を見開いて全身がピクピクと震える。
『どこまで僕を馬鹿にするつもりだ』
僕が魔王で君が聖女だという事に気づいていたのは僕だけだと思っていた。
魔王にも人間にも興味が無かったヲルは、平穏なままシュリと暮らせられればそれで良いと考えた。だからこそ村の時にルーティを殺さず、小さい頃から底にあった魔王の力もシュリと過ごすための道具としか考えていなかった。
────何の為に好きでもない人間と関わってたと思ってる。
人間の下らない世界観のせいで、俺の唯一の希望は弄ばれた。シュリのいない世界に価値はないし、この光が無いのなら俺はさっさと死ぬつもりで今までこの世界を生きてきた。だが、こんな下等生物の私利私欲のために俺のシュリが壊されたのだけは許せなかった。論外だ。
今まで抑えてきたものを解放するのは、黒パンを切る事よりも簡単な事だった。
ぶち殺す
ヲルは周囲を確認すると一番近くにいた聖騎士の剣を抜き取り、底に追いやっていた黒い魔力を纏わせた剣で周囲の人間を殺した。
当たり前だが人を殺しても何も感じない。なんなら自分がこいつらと同じ人間である事に吐き気さえ覚えた。こんなやつらとシュリが同じ人間だったのにも吐き気がした。
シュリ。もし死後の世界があるのなら、お兄ちゃんがそっちに行くまで────
「少し待ってろ」
次の瞬間、白く太い雷が俺を目掛けて落ちてくる。その雷は数十秒間、同じ出力のままヲルに降り注いだ。
それから雷が消えると雷を食らった狂信者どもは全員跡形もなく消え、そのかわり異様な雰囲気をしたヲルが一人立っていた。
白と黒に入り乱れた髪に筋肉質な肉体、そして漆黒の闇がヲルの体を覆っていた。
「……。」
俺は雷が止むと自身の頭上に視線を送る。晴天だった天候は一瞬で灰色の雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうになっていた。
しかしヲルにとってはそんな天候の変化よりも、明らかな体の違和感に思考を巡らして自分の体を見た。
ほとんどなかった体力が回復しているどころか、今まで奥底にあった力が自身の体に満ち溢れていた。そして雷に打たれるまで知らなかった魔王の知識が頭の中にあるのがわかる。異常な感覚だが、流れ込んできた大量の知識のおかげである程度理解できた。
その間に費やした時間は三秒。
戦闘において決して短くないその時間に殺されなかったのは、騎士や教会員達の冷静さが無かったことと、流れ込んだ知識通りならば魔王が誕生する際に発生する魔力で一時的に魔法が使えないお陰だろう。
「まおぉぉおぉおおおおおお!」
雷が落ち終えてから数秒たった後、城に立っていた勇者は聖剣を抜きながら全速力で俺の元へ走ってくる。
「お前に興味は無い」
俺が今すぐ殺してやりたいのはルーティ、お前だ。
そう言って俺は感覚で背中にある黒いスライムなるものを展開して勇者に向けて放つ。しかし黒いスライムは次々と勇者を襲うものの、それに対して勇者は聖剣を使ってうまく対応していた。
しかしこいつも誕生したての勇者なのは本当のようで、剣の扱いにまだ慣れていないのか勇者は俺の攻撃を捌ききれずに少しづつ食らっていく。
だが誕生したてなのは俺も同じで、黒い闇に集中しすぎていた俺は近くにいた普通の聖騎士に気づかず剣を背中に刺されてしまう。
俺は瞬時に黒いスライムなるものを騎士に向けて放って、その騎士の上半身を消し飛ばす。
しかしその一瞬の隙をついた勇者が、俺に剣が届く距離まで近づいてきていた。
「おらぁっ!」
その勇者の攻撃は後ろに飛ぶことによって紙一重で回避する事ができたが、続いて後ろにいた聖騎士の剣が俺の胸に刺さる。
これも瞬時に対応はできたが、このまま狂信者が集まって来たら間違いなく殺す前に殺されてしまうだろう。
引くべきなのか俺が悩んでいると、背後から背中を押すように聞いた事のない声が聞こえる。
「魔王様、ここは一旦引きましょう。」
そう意見したのは、白い毛を全身に覆った狐のようなものだった。声はまるで女の子のようなものだが、どこか高貴で強力な何かを感じさせるものがある。
その白いのがどういう存在かは雷の時に得た知識から理解していたので、その言葉を素直に受け取りすぐに引く決断をした。
俺は背中に刺さっていた二本の剣を抜き、地面へと放り投げる。
それから傷穴を黒いスライムで修復、瞬時に感覚で黒いスライムを背中に円の形で展開すると重力を無視した空中浮遊ができた。
俺は飛べない勇者に向けて黒いスライム状のもので攻撃をしながら、奥にある城にいたルーティに視線を持っていく。
その表情はとても冷静なもので、俺はその不快な表情を脳に刻んで森へ引いた。
◼️◼️◼️
魔王が誕生した。
この事実は上位者である存在の一部には、その時に起こった魔力の振動から理解する事が出来た。
そしてその魔力の振動は、人間界や亜人界など数多の空間に轟くものだ。
それはもちろん、空間の壁で保護されている妖精界も例外ではなかった。
「妖精王様」
暗闇でしっかりと認識することは出来ない。
だが声と微妙に見える容姿から人間に似た男と思われる彼は、暗闇の空間に座る方へ向けて呼びかける。
そして返ってきた言葉は、彼が予測していたものと同じであった。
「予定よりも遅すぎる。だけど奴が生まれたのだな。」
「忘れるわけがございません。この魔力はまさしく。」
怒りの感情からか、それとも恐怖の感情からなのか。その声は震えていた。
それを聞いた妖精王は閉じていた瞼を持ち上げ、瞳を緑色に輝かせながら静かに、そして強い意志を感じさせる声で指示を出す。
「行動を開始しろ。直ちに魔王を探し出せ。」
平民編はこれにて終了です。
次編の前に閑話と解説を挟みますが、本編との直接的な関わりはありません。
閑話に関してはルーティと出会う前、村に住んでいた時期のヲルとシュリを描いたものになっていますヽ(´ー`)
/常夏瑪瑙