魔法学院編 第14話 変化の起点。
その日は雲ひとつない晴天であった。
「暑苦しくて仕方ねぇな」
ファルはそんな愚痴を零しながら、小さい頃まで暮らしていたユーラリア帝国へと歩みを進める。
彼はユーラリア帝国にあるスラム街にて出生された。母を早くに亡くし、唯一生きていた身内は息子と妹を殴る自分勝手な父親だけ。
そんな辛い世界にも、生きようと思える理由がスラムにはあった。
それが、ドルスという存在だった。
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『今日から俺は、魔王となる。』
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「出てこい」
裏門の影に隠れていたファルに向けるように、透明感のある声が耳へと入ってくる。
「気配を消すのは得意だったんだが……流石は魔王って事か」
そこには、魔力さえ無ければ別人にも見える容姿をしたラム────魔王の姿があった。
ファルを見た魔王はまず、首を少し傾けて口を開く。
「復讐か?」
そこから出てきた言葉は、彼の予測を確信に変えるものだった。帝国で見つけたドルスの生首は……
「……やっぱり、てめぇか。」
ファルの瞳に自然と殺意が込められる。それに対し魔王は、心底呆れたように口を開く。
「殺したい程憎んでいたんだろ?」
どうやらこいつは、ドルスと俺の関係を知っているらしい。ドルスが語ったのか能力かは知らないが、最低でも幼少期の情報は持っていやがる。
そんな魔王の放った無神経な言葉に、ファルは湧いてくる苛立ちのまま言葉を放った。
そしてその言葉と魔王の呟いた一言が、一致する。
「「だからだよ」」
魔王から放たれたあり得ない言葉に、俺は苛立ちを忘れて呆然としてしまう。そんな彼の様子を見た魔王は、薄く笑みを浮かべながらこう続けた。
「ありきたりだな」
その言葉にファルは、先程よりも大きな苛立ちを抱き声を荒げる。
「ブッ殺してやる」
その言葉と同時にファルは高速で高位魔法の詠唱を始めた。それに合わせて、両腕の周りに半透明な魔法式が展開されていく。
これはファルを含め学院内ですらラニルや学院長などの五人にしか扱えない魔法だ。そして機関に属した人間が外に出る為の条件となった魔法であり、ドルスにとどめを刺す時に使おうと思っていた魔法でもある。
「死ねえええええ」
【久遠の光】
特異属性である光魔法の最上位魔法であり、学院長が手掛けたアリアネーゼの誇る数少ない高位魔法のひとつだった。
両腕に展開された魔法陣は完成するとピタリと止まり、俺の腕を媒介に白き光線を放たれる────はずだった。
しかし結果は放たれることはなく、手の周りに構築した魔法陣は段々と溶けていく。
それは魔法の構築を誤ったり、必要な魔力が足りていない時に起こる、いわば失敗した時の現象だった。
「どういう事だ」
意味がわからないという俺の言葉に対して、帰ってきたものは魔王の声ではなかった。
「却下します」
その言葉と同時に、骨が砕ける音と共にファルの腹部へと激痛が走る。
背後から放たれたらしい打撃は、ファルの体を数メートル先まで吹き飛ばし、かなりの重傷を負わせた。
『魔王……あいつの仲間は、亜人一人だけじゃなかったのか』
俺はなんとかその激痛に耐えながら、殴られた方向にへと視線を持っていく。
するとそこには、魔王の髪色にも似た白く美しい髪を伸ばした女がいた。
いや、魔王の仲間という事はこいつも魔族なんだろう。久しぶりの戦闘で興奮しているのか、余計な考えが頭を過ぎる。
俺は殴られた箇所を右手で押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
足はフラフラで、視界も先程の衝撃で焦点が合わない。しかし俺は心にある憤怒のまま、魔王の方へと向かった。
しかしヲル達はファルの存在など虫けらのように忘れ、無防備に会話を始めた。
「作戦は中止だ。捨て駒以外は戻すように指示をしておけ。」
その言葉に、白く美しい髪を伸ばした女────ラキネは疑問の表情を浮かべる。
「……恐れながら、今ある兵力ならば問題なく征服できるかと。」
「いや、ここは支配しない方が使える。特にあの学院長……アノールクリアは実に優秀な人間だ。」
ヲル様にここまで言わさせる人間に興味を抱きつつも、ラキネは端的に自信の心情を言葉で表した。
「それ程にでございますか。」
そんな配下の放った言葉に対してヲルは、満面の笑みで口を開いた。
「あぁ。これを逃す手はない。」
その言葉でラキネの疑問は解けたのか、すぐに別の質問へと移った。
「それでは、あそこの人間はどう致しますか。」
その言葉に促され、ラキネとヲルが死にかけのファルの姿を視界に収めた。
常人が受ければ軽く死んでしまいそうなプレッシャーの中、しかしファルは死の恐怖を抱く事なく魔王に向かう足を止めることはしない。
その様子を、そんな彼の瞳を見た魔王は、ファルがギリギリ聞こえない程度の声でラキネに答える。
「これは残しておいた方が役に立ちそうだ。意識だけ奪っておけ。それからフテューレとセキルアの作戦はそのままで進めろ。」
それに対してラキネは「了解致しました」と頭を下げ、言われたがままにその人間の意識を奪った。
それから戦闘配備についていた配下達へと中止の旨を話し、ヲルに付き添う形で魔法学院アリアネーゼを後にした。
この出来事により学院内の実力者や生徒である国民の多くを失ったアリアネーゼは、軍事力や責任問題と共に他国や他種族との均衡が崩れる事となる。
言い換えれば、世界が変わる起点となった場面であった。
◾️◾️◾️
「師匠、なんか凄いことになったっすねー!」
魔法学院の城壁の上で、オールバックの男は自然な笑みを浮かべながら口を開く。
彼はヲルと同じクラスに所属し、亜人と対戦して圧勝した男セクシアンであった。
そんな彼の軽い言葉に対して、師匠と呼ばれた金髪のポニーテールは自らが仕える若き王の姿を思い出しながら淡々と言葉を返す。
「流石は聖王様の予知、しっかりと当たるわね」
そう言って無表情な顔に薄く笑みを浮かべた彼女も、隣にいる男と同様にヲルのクラスに所属していた女リースであった。
そして彼女こそ、ヲルの魔眼を弾いた唯一の人物でもある。
「えーでも、“アリアネーゼと魔王が戦争をする”って聖王様は言ってたけど、なんか反乱程度のレベルじゃないすか?」
彼はそんな彼女の表情を見て、少しむすっとした表情で言い返す。
「セクシアン、外では敬称をつけなさい。」
今度はその言葉に彼女は不満感を抱いたのか、視線を戦場となっているアリアネーゼからその男に変えて言った。
しかしこれに関してはセクシアンの言った通り、戦争と表現するにはかなり過剰である。そうなると、やはり聖王様の予知は完全な状態ではないのだろう。
「だけどまぁ、それに関しては一理ある。」
彼女が珍しく賞賛の言葉を放つと、彼は素直に喜びの感情をあらわにした。
「でしょでしょー?自慢の弟子って言っていいんすよ!」
「どこにそんな図太い神経があるのかわからない」
そう言ってすぐに、彼女はアリアネーゼへと視線を戻してこれからの行動についてを口にした。
「なんかもう鎮圧されそうだし、私達は帰るわよ。」
唐突な師匠の指示に、セクシアンは自身の意見を口にした。
「え、それなら片方でも残った方がよくないすか?俺でもある程度ならやれます。」
弟子の放った言葉に対し、彼女は先生が生徒に教えるかのように戻る理由を語った。
「入学式と称したあの日から、学院長は私達の存在を注視してた。」
その理由を聴いた彼は『自分は全然気づかなかった』という無念と共に、師匠の凄さを再確認した。
「特殊能力っすかね。」
師匠と弟子。そんな美しい師弟関係を心に描きながら、セクシアンも彼なりの考察を口にする。
しかしその言葉が、セクシアンの望んだ『いい感じ雰囲気』を壊す結果となった。
「あぁ、気付いてなかったんだ。」
「どどど、どういう事っすか!!」
本当にわかっていなかったような弟子の様子を見て、彼女は心底呆れたような雰囲気で「はぁ」とため息を漏らしながら教えた。
「クートルアンという生徒を通して……いや、自身の魔力を持たない死体を通して、あの男は私達を監視していたのよ。他にも使い道があるんだろうけど、あんな不安定な魔力を凡人が持てるわけがないから。」
「で、でも、あいつは普通に話しをしていましたよ!死臭もしなかった。」
理解できていない様子の弟子に向けて、彼女は端的で最大のヒントを、自身の考察が間違ってくれと願いながら教える。
「……聖図書室禁庫ナンバー02、死者の書。』
そのヒントにセクシアンはハッとした様子で、冷や汗を浮かべながら理解した事を口にする。
「……まさか、アリアネーゼが永遠の真理を。」
やっと理解した弟子を背中に、彼女は自身が仕える王の住む聖王国へ歩みを進める。
「どちらにせよ、私達二人で決められるものじゃない。学院側の隠し玉も少なくないだろうし、何より元のターゲットだった魔王は間違いなく力をつけているわ。」
その言葉にセクシアンは理解する。
俺の師匠は成人程度の容姿に見えるが、実際は軽く自分の倍は生きている歴戦の聖騎士だ。間違いなく聖王国の中でも五本の指には入る強者である。しかしそれでも、師匠が魔王を殺す事はできなかった。
魔王がわからなかったのではない。逆に魔王の存在は、師匠の特殊能力のお陰で入学した最初の授業の日には把握できていた。
しかし、それでも殺せなかった。歴戦の聖騎士で、二つ名を持った師匠ですら殺せなかったのだ。
正確には均衡を崩さない為にアリアネーゼでの争いはできないので、『暗殺』をすることしかできなかったのが言い訳ではあるが、事実殺せなかった事に変わりはない。
理由は端的に、魔王が師匠に対して一定の距離を取り続けたからである。それもまるで、師匠の攻撃範囲を知っているかのような動き方で、だ。
確かに、あの魔王は強い。実力は未知数だが、師匠の存在を片時も失わなかっただけでも俺より強い事は確かだ。
努力では踏み込めない世界を見ると、わかっていても自身の無力さに微かな不安が宿る。
返事もせずそんな事を考えていると、歩き出していた師匠は歩みを止めて俺の方へと振り帰った。
「セクシアン、どうしたの?」
その凛とした表情で放たれた言葉に、彼は再び自然な笑みを浮かべて答える。
「いや〜、やっぱり聖守の士と呼ばれたリースサマが師匠なのが嬉しくって!」
その言葉に対して、師匠であるリースは照れた様子を隠すように聖王国の方向に向き直し、無理矢理に話題を逸らした。
「遅いと騎士長が煩いから、さっさと行くわよ」
「うっす」
しかし返事をした直後のセクシアンの表情に、自然に見える笑みは浮かんでいなかった。
待ってくださった方、ありがとうございます。
そして悲報になるかわかりませんが、この作品は活動休止という形にします。
これまで評価やブクマ登録して下さった方に対して、応えられなかったのがただ単に悔しいです。かけてきた時間もそこそこあるので、あぁ無駄になったんだなぁ…と。笑笑
もしかしたら更新するかもしれませんが、当分は無いと思いますので他の作品を楽しんでください!!
もし投稿を再開していたのを見たら、今度は自分の気に入ったモノになってると思いますので少し見てやって下さい。それでは皆さんもお元気で!!
◯追記
現在忙しい状況が続いているので、作品の更新が停止しています。今後につきましては、2022年以内に活動報告にて何かしら話したいと思います。またね
/常夏瑪瑙
宣伝兼更新告知:@tokonatu_01